第18話 みんなで行こう!
とてもいい夢を見ていた気がするが――何も覚えていない。
「ん」
目が醒めたオレに、可愛い満面の笑顔を浮かべる子どもたちが目に映った。寝ぐせもそのままで、酷いってもんじゃないぞ。
あとで髪の毛を解いてあげて、それから――いかん、もう子どもたちは、成人した大人だったな。
まだ寝ぼけているようだ。もともと、寝起きは自分で言うのもなんだが悪い方だ。
あともう少し寝たかったが貸して貰ったベッドだ、起きないといけないよな。
「父。おはよう」
「とおさん、おはようございます」
「おはよう」
オレが上半身を持ち上げれば、寝室内にエルフの侍女や執事がいて、全員が仏頂面だ。
ようやく、眠気が醒めた頭でベッドを囲い込んでいることに気がついた。
複数人が窓際にもいるため、窓からの明かりも遮られていて少し暗いなっている。オレがドン引きしていると、タイラーが説明をしてくれた。
「この人たちがさ。父や僕たちの入国にあたって、色々と弄らせろだってさ」
「タイラー、省いちゃいけないわ。とおさんが怖がるでしょう! 脳筋も大概にしなさいよね、……えぇと。あたしたちは外国人だから、まぁ、郷に入っては郷に従えですわ」
エルフ族の歴史は、巷では薄っぺらくしか聞かない。
いや、流されてもいいように、情報操作されて抑え込まれているのかもしれない。
ただ、迫害された流浪の移民だということは、どんな話しにも共通している。
(エッカを連れ戻す為とはいえ、オレたちをよくも受け入れることを許可したもんだな。怖いだろうに)
とはいえ、どんなことをされるんだ? もう、何が何やらだな。
「お前たちは終わったのかい?」
「ああ。だから、父の寝顔を見ていたんだ」
「二時間前くらいに終わりましたよ」
二時間前だって? おい、待ってくれ。そりゃあ、彼らも、いい加減に起きろ、ってなるに決まっているだろう。
ああ、なんか皆さん、待ってもらちゃって申し訳ありません!
なんて言えばいいのか困っていると「ゆっくりと寝られたようだな、クボヤショータ」とエルフ王ブブルブが、優しい口調でオレに語りかけた。
どこからかと見れば、横にあるベッドの端に腰かけてオレを苦笑した顔で見ている。
「ええと。何かをされるんですよね?」
「そうだな。怯えることはない、何、簡単なことだ」
「簡単、ですか」
オレはブブルブの言葉に身構えてしまう。エルフ基準の簡単、そんな情報がオレにはない。それで、やっぱりだめでした、とかになった場合。
某国のように追放だけならいいが、人体実験だとか、牢獄に入れられるなんて、異世界の刑罰のいろはを知ってしまった。
基準が悪い方向にしかいかないんだよな。オレの想像を察したのか、タイラーが教えてくれた。
「父。ただ、裸になって洗礼を受けるだけだよ」
「裸?」
「とおさん。ほら、エルフ族の服は可愛い上に動きやすいですよ」
「はだかぁ?」
ちょっと、待ってくれないか? 裸ってのは産まれたままの恰好ってことだよな? この大衆の面前で、裸になれってことなのか。
百歩譲ったとしても、恥ずかしいに決まっているでしょうが! 頭が痛くなってきたな。
しかし、ここに来た以上は、覚悟を決めなきゃいけないのか。
子どもたちが洗礼を受けたってなれば、親のオレだって、真っ裸になって洗礼を受けなきゃいけないだろうな。
「皆の者、退室をしなさい。子どもたちもだ」
ブブルブの言葉に、全員が文句を口にして出て行く。子どもたちもオレに頑張れ、と拳を握って笑顔を浮かべた。
「父、がんばれよ!」
「とおさん、またすぐに」
そして、全員が出て行き二人きりになった。ようやく、ブブルブもベッドの端から腰を浮かせて立ち上がる。
顔を横に音を鳴らして、手を組んで準備運動の仕草をして準備万端といったところ、やる気十分といった具合が見ていても分かる。
執務もあるだろうに、オレたちなんかのために。いや、エルフ族たち、エルフの森を守るためにエルフの王として――仕事を全うしているんだ。
「クボヤショータ、服を脱ぐのだ」
ぐぐぐ、とオレが上半身の服を脱いだ。あとは下半身の衣類を脱ぐだけか、とベッドから降りてからズボンとパンツも一気に下ろした。
「下はいいのだが、……まぁ、洗礼をするとしょう」
「上だけでいいなら、そう言ってくださいよ! 恥ずかしいんですからねっ」
「全裸とは言っていないのだが」
ズボンを持ち上げてオレはブブルブを睨んだ。確かに、裸を言い始めたのは子どもたちだ、ブブルブじゃない。怒りの矛先にするのは間違っているよな。
「すいません」
「よい。では洗礼をしよう」
ブブルブが両手を上げると寝室の中の空間が変わった。真っ白い湖の上に立っている。
(ここは、あの
辺りを見渡すオレに「集中をしなさい。跪き顔を伏せるのだ」とブブルブの言葉にオレは従った。
『ダメじゃないか。私以外にそんな真似をしたりなんかしたら』
あの女神の声にオレの身体が硬直する。まさか、ここは最初に来た場所なのか。じゃあ、ひょっとしたら、元の世界に帰られるんじゃないのか。
いや、駄目だ。子どもたちが洗礼を終わるのを待っている。ここで抜ける訳にはいかない。なんてこった、だ。
「おや。神ではないか」
『久しいな、エルフの王。あの子に洗礼は無用だ、するな』
「まさか、この人間は――」
顔を上げると寝室に戻っていた。あの女神もいなくなっている。思わずオレの口から「ぁ」とがっかりした言葉も漏れてしまう。残念だと、思ってしまったんだよ。
「主にはすでに神の加護があったのだな」
「望んではいないんですが、……はい」
「クボヤショータ、この服を着るのだ」
ベッドにかけられていた布を手渡されて、オレも袖を通したが「でかいな」の一言に尽きた。
このサイズなら子どもたちにはいいだろうが、人間で小さい方のオレには大きすぎるってもんだよ。
これを着るなら着て来た服の方がましだが、メアリー・アンがいうように郷に入っては郷に従えは正しいんだよな。
「ちょっと、サイズを変えてもいいでしょうか?」
「いいぞ、こちらの侍女にさせてもよい」
「いいえ、少し、時間を下さい」
オレは女神の名前を唱えて、服を手直して来る神に頼んだ。
「《裁縫の神よ。オレの体躯に合わせて着たまま手直しは出来ますかね?》」
『当然じゃ。やりましょうとも』
メジャーに針やハサミを手にする初老姿の裁縫の神。この神には昔から子どもたちの服の着付けや特注の服を頼んだ顔馴染だ。
ただ、ちょっと難点なところは凝り性な性格が上げられる。あーでもない、こーでもないとエルフの服を作り替えていく工程をブブルブも椅子に腰据えて見入っていた。
『ふぅ。この仕上がりでいいですかな』
ノースリーブになった腕。袖口だったものは肩の飾りに変わった。スカート丈は切られて、股に沿ってズボンに縫われた。
切られた布はズボンの横のポケットに生まれ変わる。動きやすい恰好にオレは大満足だ。
「《ありがとう。毎回、センスのある仕事には感服しますよ》」
『では、またのご贔屓よろしく存じます』
いなくなった裁縫の神に「もう、終わったか?」とブブルブが椅子から立ち上がってオレの服装を見るなり、おお、となった。
「では朝ごはんにするとしよう。クボヤショータ」
「クボヤでも、ショータでも、どちらでもいいですよ」
「では、ショータ。皆を呼ぼう」
ブブルブが手を鳴らすと退室して行った全員が戻って来る。エルフの服を作り替えたオレに、子どもたちも似合うと褒めてくれた。
◆
ブブルブの住んでいた王宮はまさに中枢。寝室から廊下に出ればエルフの森を見渡せた。子どもたちは大はしゃぎしている。
オレもブブルブの背中について行きながら、あちこちと見ながら歩いた、すると住民であるエルフたちの好奇な視線とかち合ってしまう。
彼らにどんな顔をしていいのか分からないから、会釈をして逃げるしかないよな。子どもたちも手を振っている。
オレたちにエルフたちは何を思うだろうか、いや、考える真似はよしておこう。それよりはまず、聞くことがあるしな。
「ここに人間は立ち入ったことがないというのは」
「事実だ」
「よく、オレたち家族を許可しましたね」
肩を並べてオレも、ブブルブに歩きながら話した。表情は遙か頭上、空からの光りもあってよく見えないんだよな。
同じ身長に近い子どもたちが、羨ましいったらないよ。
「主の口が堅いことを聞いたのでな」
「それだけで、ですか?」
「うむ。口先が緩くては困るからな」
連れて行かれた先は、王宮の最上階を越えた立ち入り禁止場所、とブブルブが教えてくれた。最高の待遇じゃないか。
着いた場所は、樹の上に満開な花が敷き詰められた床、さらにテーブルと長いベンチがあった。
料理も、きちんと運ばれて並べて置かれていた。風に運ばれる胃も喜ぶ香しい匂いに、子どもたちがベンチの方に走って行った。
その気持ち、オレも分かるぞ。オレの胃も目覚めた、こうれはもう超特急だ。
こうしちゃいられない、子どもたちに食べ尽くされちまう! ベンチに座ろう。
食べる子どもたちを見て、さぁ、食べようと手を合わせたときだ。
そこに「あー~~よかった、いましたぁ」と朝からマイペースで能天気な声が、背後から聞こえた。
「おはようございます! 師匠っ」
「おはよう、エッカさん」
見ないで応えたオレの背後から頭の上に、豊満な胸が乗っかった。
「エッカさん。ご飯食べましょうよ」
「はい!」
エルフの食事はオレの口には合った。久しぶりに満足のいく食事が出来たときに――ブブルブがオレに聞いて来た。
「ショータは、どういう経緯でこちらに来たのだ」
突然、核心をついた質問に、うぐっと咽喉が鳴って思わずブブルブの顔を無言で見入ってしまった。
それにエッカは「何を言っているんですかぁ」とけたけたと大笑いをした。
貴女の中で、それはないと思っているようですけど、貴女の国の王様は鼻が利くようですよ。
「お話しても信じられないと思いますが、お聞きになりますか?」
「ああ。境遇は近いであろうからな、聞いてみたいものだ」
細い瞳がオレを見ていて、話そうかと思ったが、オレの腕をエッカが掴んで歩き出した。
「師匠! そんなことよりも仕事に行きましょう」
「え?」
引きずられるオレも抵抗はしたが、相手はエルフの女、力も異次元の馬鹿力で敵うはずがない。
子どもたちも顔を見合わせて、オレに向かって歩いて来た。
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