第17話 エルフの森と外界の時差
エルフ王が起きたことで灯りが点いた。
見えるようになった寝室内は、大きな天蓋付きのベッドが横並びにある様子は、まるで高級ホテルだ。
寝室内の中央、一人掛け用の椅子にオレは座る。子どもたちは横で床に直座りをして、エッカとエルフ王も一人掛け用の椅子に座った。
不貞腐れた表情のエッカが、エルフ王に話し始めたことで、オレと子どもたちも見守る恰好になっちゃうよなぁ。
「言いに来なくたっていいじゃないですかぁ」
「主が帰って来ないからではないか。王族直属の鍵師という自覚が足りぬな」
「忘れてなんかいませんよぉ。別口の仕事依頼で行っていただけですもぉん」
自分から首を突っ込んだことは仕事依頼じゃないんだぞ、とオレは言葉を飲み込む。
言ったところで、何も変わらないことは分かっている。
エッカには王族直属の鍵師という自覚が大きくあるからこそ、エルフの森を越えて、外界にまで、鍵師の腕試しに行ったんだからな。
結果的に、腕は最低ランクだと、オレに見せてくれた。彼女に魔法というものを使って見せて貰えたことは、いい体験だったですけどね。
まぁ、開けるという行為自体が向かないことは、エルフ王の寝室に通路を繋げた時点で、お察しだな。
「まぁ、よい。別口の仕事依頼を終えたまま、その人間を師匠と呼び、家に居座っているようだな」
「はい! 師匠から鍵師の技を盗むために居候をさせてもらってたんですぅ」
「それで? こちらにはいつ帰ろうと思っておったのだ? 仕事依頼の件は覚えていたのだろう?」
真っ当で普通の質問でも、エッカは応えられないだろうな、と聞かれている方を見た。
むぐぐ、と一生懸命言い返しの言葉を捻っていることが、態度から分かってしまう。
「開けるのは、いつでもいいような話しの依頼でしたしぃ」
「ならば、早く済ませてしまえばよかろう、王族直属の鍵師という自覚を持つのだ……ふぁぁああ~~」
「……はぃ」
しゅん、と項垂れたが、すぐにエッカは拳を握って立ち上がった。
「じゃあ! 師匠、行きましょう!」
「行くって、その仕事依頼者のところにかい? 今から?」
「はいっ」
オレはどうしたものかとエルフ王を見れば、顔が背もたれに乗っかって、天井を見つめる格好だ。オレは何事かと驚いた。
ここでタイラーが「エルフ王。もしかして、今は夜なんですか?」と尋ねた。
まさか、そんなと。思っても見なかったことに息を飲んだよ。日本と海外にだって、時差ってものが存在したんだからな。
外界とエルフ界の隔てたものが時差なんだって、今、タイラーが尋ねるまで普通に思い込んでしまっていたな。
「ああ、夜だ」
低い口調で、天井を真っ直ぐとした恰好で答えた。オレがエッカを睨んだことで、彼女は視線を反らして吹けない口笛を吹く真似をしている。
わざとだとしたら性質が悪いで済む話しじゃないぞ。
「エッカさん?」
「時差を忘れていただけですぅ」
白々しい嘘をよくも吐くなとオレは疑うと、メアリー・アンが苦笑交じりの顔をオレに向けた。
「とおさん、恐らくですけど。時差感覚がズレてしまって、エッカちゃんが時差ボケしているんだと思いますよ」
しかし、どうしたものだろうか。どう考えても、依頼者だって寝ているんじゃないのか?
寝ているお宅に突撃して、金庫を開けるのは犯罪だとオレは思う訳だよ。どう考えても出直しをした方がいいんじゃないのか。
「エッカさん。一旦、帰ってから、また出直しましょう」
「まぁ。師匠がそう言うのでしたらぁ」
「じゃあ――」
一旦、帰ることにしたオレにエルフ王が片手を宙に上げて、横にいるオレの顔を見た。
「隣の妃のベッドで休むのだ、主たち家族で十分に寝られるサイズだ」
「いや、でもっ、しかし! 王の寝室で寝られる訳がっ!」
奥にあるベッドを覗けば、確かに妃はいないようだ。しかし、本当にいいのか、とオレはどうしたものかと悩んでいた。
というのに、子どもたちはすでにベッドの上でくつろいでいる。これはもう泊まるしかない流れなのか。
まぁ、帰ってから来るのも大変だろうし、次にエッカの鍵がどこを開けるか分かったものじゃないもんな。
「少しは悩みなさいよ」
椅子から立ち上がって、子どもたちが上がったベッドの前。腕組みをするオレの横にエルフ王が立った。
頭が遙かに高くて木のような存在感。圧倒されてしまうが嫌な気分はしない。エルフ王がベッドを指差し、薄い唇が笑みを浮かべた。
「いいから、ベッドで寝ておくのだ。朝になれば起こす」
エルフ王の表情が眠気で歪む様子から、本当に眠いのに感情的ではなく、理論的に話す姿勢は称賛に値するだろう。
寛大なエルフ王に、オレはぐっと見据えて、今じゃないなくてもいいとは思ったが、自己紹介をしたくなったんだよ。
「いまさらなんですが。初めましてエルフ王、オレは窪谷ショータ。外界で子どもたちと鍵師を生業にしている人間です」
「儂はブブルブ王だ。エッカがご迷惑をかけているようで、すまないな」
深々と頭を下げるブブルブに「っちょ!」と狼狽えてしまったな。
「分かりました、……泊まりますから、横で寝させてもらいますからっ、顔を上げて下さい!」
オレからの返事に尖がった耳が小刻みにピクピクと動いた。ゆっくりとした動作で顔が持ち上げられる。
ブブルブが大欠伸する様子に、オレも眠くなってきてしまった。朝が早かったからだとは思うけどね。
「父。布団がふわふわだ! 来なよっ」
「とおさん、こうして一緒に寝るのは久しぶりですね」
浮かれる子どもたちの言葉に、オレもベッドに乗り上がって「失礼します」と枕まで四足歩行をした。そんなオレの背中にエッカの能天気な声がかけられた。
「わたしは自分の家で寝ますから! 失礼しまぁ~~っす!」
「はぁ?」
ガチャン! と扉が閉められると、寝室からエッカの姿形がなくなった。
オレはエッカを見ようと戻ろうとしたが、子どもたちに止められて、タオルケットの中に引き摺り込まれた。
ブブルブが手を叩き弾いたことで消灯して、寝室は真っ暗になった。
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