第三章 王族直属、自称弟子への金庫依頼編
第16話 エルフの森に行く
エッカがエルフの森へ帰ることになった。
「師匠はエルフの森に行ったことがありますか?」
「ある訳ないじゃないか」
エルフ王族からの要請を受けた、ミリアルデイア政府とアンブリア=ジーノが動き、エッカに用件を伝えたこともあって決めたようだ。
「感謝してくださいよぉう! エルフの王族直属の鍵師である、わたしのおかげなんですからね!」
エッカが戻る条件に
「感謝以前の問題だ。請け負った仕事がエルフの森にあるにも関わらず、オレの家でのうのうと、……あり得ないだろうっ!」
「忘れてたんですぅ」
「王族からの金庫の仕事を忘れるんじゃないよ!」
ミリアルデイア政府とアンブリア=ジーノが、エルフ相手に交渉しくれたおかげで、エッカが望んだ通り、オレたちも行ける運びになった。
エルフの生活や王との謁見をしたあとの報告、さらには、土産話しを持って帰って来い、なんて言われる始末だよ。
土産話しなんて上品な言い回しは好きじゃないんだ。
いっそ、清々しいくらいに「エルフ界の情報を持ち帰れ」ぐらいに面と面向かって命令されれば、やったかもしれない。
でも、子どもがいる以上、頼まれたってする訳がない。
「こうして子どもたちとも行けるからね」
エルフの領域に他種族は、原則として足を踏み入れることは許可がない限り不可能だ、と巷の噂を耳にしたことがある。
だからこそ、未曽有とも言われるエルフの森に足を踏み入れることになるオレたちの肩に、ミリアルデイア政府からの期待が圧し掛かるのが、堪らなく重い上に厄介だ。
「父! エルフを上客にしてみせるぞ!」
「とおさん。あたしもエルフの伝統的な踊りに興味があるのよね、習えないかしらね」
子どもたちがひと仕事を終えて帰っていた最中に、入国許可の報せが舞い込んだことも、丁度いいタイミングだった。
だから、子どもたちが行けることに喜んでいるなら、オレもとことん付き合うしかないだろう。
「エルフにとって久しぶりの異国人なので、物凄く議会が白熱されたようです。だから、連絡が遅くなってしまったみたいなんですよぉ」
「エルフの方々はどんな性格なんだ?」
「自信過剰の塊に尽きますね!」
エッカの言葉にオレは彼女を見た。彼女が見せる「王族直属の鍵師」の肩書き説明するときのドヤ顔。
それに加えて、話し方も自信過剰で鼻持ちならないってことか。
閉鎖された世界の中に囚われた、可哀想な小鳥たちが憐れでならないよ。
そりゃあ、オレたち親子は、日本でいうところの黒船来航みたいなもんだしね。
鎖国を選んだエルフたちにとって、恐怖の対象になるってものだよ、当然のことだ。
エルフの魔法がどんなに強固なものであったとしても、オレたちは未曽有の悪魔に見えるんじゃないのか。
後は野となれ山となれ、でしかないな。家族で楽しめればいいというスタンスで行くしかないんだよなぁ。
「鎖国している側は大変なんだな」
「自己防衛は本能ですよぉ」
旅行する格好でオレたちは家の前に出たんだが、さて、ここからどうエルフの森とやらに行くつもりなんだ。
オレの家はぽつんと一軒家状態だ。周りに住宅がないのを見越して、神たちに頼んで建築してもらった経緯がある。
隣人は野生動物で、オレにはストレスのない環境だ。
隣家も隣人の姿形もない、見渡す限り雑木林で、エッカがどんな方法の移動手段をとるんだろうな。
オレは愉しみと不安が入り混じる感情で、彼女が動くから目が離せない。
「どうやって行くんだ?」
「簡単に行けますよ、ご安心ください!」
笑って豊満な胸の谷間から鍵を取り出すと、エッカの身体がオレの家の扉に向き合ったんだ。
「ちょっと、家の扉に何をしょうっての」
彼女が何をするのか分からないオレとは違って、子どもたちは、彼女が何をしようとしているのかが分かっていて冷静だ。
「父、何もされないから見ているといいよ」
「とおさん。すぐに分かるわよ」
驚きが隠せないオレを宥める子どもたちからの言葉に「お前たちが言うならそうだな」と二人の成長を目の当たりにして、視界が大きく揺れた。
オレが子どもたちの成長に感動をしているのに、空気が読めないエッカが、無邪気に声を張り上げる。
「さぁ、行きましょう! エルフの森に!」
鍵を差し込んで扉を勢いよく開ける。中からの風圧に驚いた。オレから見える内部は薄暗い空間が広がっていて、扉から漏れ入る灯りでベッドが見えている。
ここは寝室じゃないのか。いや、それ以前に、この場所は不味いだろう。どう考えても、オレみたいな客人を招くことをしてはいけないんじゃないのか。
「相変わらずの腕前のようだな、エッカ」
「お久しぶりですぅ!」
オレの目に映っている人物がエルフ王なのか。
ベッドから起き上がると天井の灯りが点いた。おかげでエルフ王の存在感が浮かび上がったんだ。
薄い水色の前髪はぱっつん、肩につく髪の線の細さに見惚けてしまう。
顔色を覗けば切れ長で瞑っているかのように細い。オレたちを見ていることが分かるが、表情が読み取れない。
ベッドから下りた身体には、海外もののドラマで見るような布パジャマ姿がエッカの前に立った。
すごいな、子どもたちよりも大きいじゃないか。エルフ王が見下ろして、オレたちのことをエッカに尋ねた。
「後ろの連中が客人か?」
「はい! 師匠と子どもたちの方です!」
生きた心地がしないのは、オレだけなんだろうか。
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