第15話 自称弟子鍵師への仕事要請

 あの一件から、数日が経った。


(知っている天井だ)


 寝起きに天井を確認することが日課になった。


 今日も依頼者に拉致されない、平穏な一日を願って起き上がる。ルームシューズを履いてベッドから下りた。


 オレは背伸びをして大欠伸をする。小鳥が歌う中、大きな雑音にオレは額を抑え込んでしまう。


(ああ、……もぅ)


 エッカが【自称弟子】を名乗って居座り始めた。王族直属の鍵師という自信プライドをオレが折ってしまった日からだ。


 たまに帰って来る子どもたちからは、ドン引きで冷ややかな視線で見られた。ロリや巨乳好きだとか、誤解もいいところで甚だしい。


「異世界人の女に興味ないだけですからぁ」


 頭を掻いて面倒事は嫌だなと、リビングに行けば想像以上だった。


「こりゃあ。どういうことだぁ?」


 一気に頭が覚醒したオレの驚きの声に、全員が振り返った。大型の異種属たちが白い警備服に袖を通しているが、元、【カッコー】のギャング集団の手下たちに間違いない。


 なら、トムもいるはずだが――いないようだ。


「トムさんっ、どこですか! これは一体、何の嫌がらせなんです!」


 オレの声を聞いたエッカが、手下たちを掻き分けて、ぬっと現れた。


「師匠、お客様がお見えです!」


 見下ろされることには慣れたが、毎回、豊満な胸が顔に押し付けられて、心臓に悪いんだ。


 どうしたらいいのか、と手が震えていてしまう。ここでエッカの胸が離れてくれたことで、新鮮な空気を吸い込める。この事案が恒例になりつつある。


「客っていうのは――」


「あたくしよ、クボヤ鍵師。お久しぶりです」

 

 電話をした後、ミリアルデイア政府とアンブリア=ジーノの動きは迅速だ。


 まずは大型車両トラックの荷台から降りると、不審な団体が身動きせずに立ち尽くしていた。


 明らかに、オレたちを待ち伏せしていた光景を、今も覚えている。夜中ではなく、朝だったこともあって異様な光景でもあった。


 周りに隣家がなくて本当によかったって、あのときほど思ったことはないよ。


「ええ、お久しぶりです」

「少し、やつれたかしら?」

「いえ、変わりないですよ」


 目を擦るオレに「師匠! お客様の前でだらしないですよぉ!」とエッカが頬を大きく脹らませた。


 そうは言われても、オレが招いた覚えのない客人だ。どうして、こんな朝早くからなんで来ているんだよ。


 少しは、こっちの迷惑を少しは考えてくれないかな。


「クボヤ鍵師ぃ、酒はないのかなぁ」


 トムの声が聞こえた方を向けば、上半身はタンクトップで上着の警部服を肩に羽織っている。


 髪からは水滴が落ち、制服を濡らしていくのが見える。肌も茹っていて、真っ赤になっている様子にオレも呆然だ。その後の言葉にも絶句してしまう。

 

「朝風呂のあとは、酒しかないよなぁ」

「まったく、トム隊長ったら」

「閣下。浴室に異常はなく、お湯も入れ直して適温です。どうぞ、入浴されて下さい」


 胸に拳を置き深くお辞儀をするトムにアンブリアも「そう、分かったわ」とエッカが案内をして浴室に連れて行く。


 オレの理解力が追いつかない、どういう状況なのかが分からない。ただ、トムを見る限り、不満そうな態度じゃない。


「上手くやっているみたいですね」

「そりゃあ、食い扶持を失くすようなヘマはしないよぉ」

「前のギャング時代と今の警護の仕事で、何か変わりましたか?」


 トムは手下たちに外で待機するように命じたことで、全員が外に出て行く。そして、いつものリビングに戻った。


 十畳程度でキッチンとテーブル。食事用のテーブルに一人掛け用の椅子が四脚。そして、三人が座れるソファー、一台。その横に暖炉だ。


「馬鹿だなぁ、仕事内容から違うってんだよぉ」


 ごろんと濡れた髪のまま、ソファーに寝そべった。足を組み顔は天井を見つめている。


 椅子を彼に向けて、オレも座ることが出来た。顔が天井から、横のオレに向けられた目が細める。


「契約書のコピーを送ってやったじゃないかぁ、見てないってのかなぁ」

「破格の条件でしたね」

「上出来だよぉ」


 苦笑に顔が歪んだことに「紹介した甲斐がありました」とオレも笑い返した。


「それで今日は朝から、何か用事だったんですか?」


 ここまで総出で来た以上は、何かがあるだろうと、オレはトムに聞けば、がばりとソファーから起き上がった。


「お前の弟子だよぉ」

「エッカさんが、どうかしたんですか?」

「エルフの王族直属鍵師って肩書きは本物だってことさぁ」


 腕を組んでオレは首を傾げた、それとこの状況はどう繋がるのかと、線と点が噛み合わず唸ってしまった。


 答えの出せないオレに彼も「酒は?」と要求したが、そんなもの、この家の冷蔵庫の中にはない。


 オレとエッカは飲まない。


 呑む派である子どもたちは、帰って来たときに買って来るだけで、行く前日に飲み干してから行くから、何も残っていない。


 オレは顔を横に振ってないことを報せれば、トムは憮然と表情を曇らせた。


「エルフの王族からさぁ、要請があったみたいなんだよぉ」


 要請という言葉に、彼女も鍵師だと思い出した。


「仕事ですか?」


「そいつぁ、閣下に聞いてくれよぉ」


 どんな金庫なのかと、オレの心が弾んで顔が緩んだのがバレたようだ。


 彼からも「師匠なんだぁ、一緒に行けばいいじゃなぁい」と背中が押される。

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