第14話 大いなる決断
連れてこられたときに乗せられたのかもしれない、
トムと向き合っていて、彼が目を逸らすと語り始めた。
「僕はさぁ、こういう生き方しか知らないんだよ。だから、
トムにオレは迷いを見た。
「いまさら、真っ当な生き方なんか出来るかってんだ!」
「政府専属の要人護衛になりませんか、今まで通り武器も所持が出来て、今と大差ないでしょう。
オレの言葉に「はぁ?」と聞き返してくる。
「政府専属の護衛だってェ、僕たちが一番嫌いな人種じゃないかぁ」
「敵対し合う間柄だという認識はありますが、なった後の生活が一変する未来を想像して下さい」
「変わるのは職業ってだけで、他は変わらずに僕がぁ、頭な訳だ」
相手はギャング稼業に誇りを持っている。生粋の悪、大きな組織の頂点に立つ。
やんごとなき存在――
「やりようによっては世界に幅広く伝達されるのはないでしょうか。名前や顔、名声や名誉も得られます」
不服だと思えば、周りの手下に合図を送るだけで済む。オレたちは殺されかねないし、危険な橋を渡っている状況だ。
(オレだけで済む問題じゃない。エッカさんだって
全員の命運が肩に乗っかる。ごくり、と生唾を飲み込んだ。提案は悪くないはずでしょう。
「どぉして、僕たちなんかに気を掛けてくれちゃってくれてる訳なのかぁ?」
老いてから減ったとはいえ、トムは残った手下を守らなきゃいけないんだ。突くならそこしかない。
「押しつけもいいところじゃないかぁ」
確かにオレの言葉は押しつけがましいこと甚だしいだろう。でも、ここで相手に怯んだり、負けてはいけないってもんだ。押し切るしかない。
「ええ、押しつけですよ」
「
にたりとほくそ笑む表情に、オレの背筋に冷たいものが伝う。でも、ここで怯むぐらいなら提案しちゃいないんですよね。
「護衛になることは嫌ですか、何もかも見通せますよ。厭らしいものさえ」
「よく吠えやがるなぁ」
腰を持ち上げるトムに「鍵師の方に手出しするなんてっ、恩を仇で返す気! 死にぞこないの分際で何様なのよ!」とエッカが声を荒げた。
「ギャングの親玉っさぁア! メス豚野郎ォっ!」
エッカの杖と身体が光っているのがキレイだ、と見惚けてしまったが、可愛い顔が怒りに大きく歪んでいる。
「要人の護衛は悪い話じゃないでしょう」
真っ直ぐに強い口調でオレが話すと、座っていた場所に腰をどかりと降ろし、トムは前のめりにオレを睨んでいる。
「どうして、僕たちなんかに押しつけようとすんだよぉ、憐みかってんだ」
「悪者でも、英雄にだって、貴方はなれますよ」
「へぇえ」
「ただ、今のような悪行行為は一切、出来なくなりますよ」
謂い合う様子を、周りがはらはらと見ているのが分かる。でもエッカは不機嫌に頬を大きく膨らせて、杖をトムに向けて威嚇を続けていた。
「いけすかねぇなぁ」
「まだ言うのぉう!」
トムの言葉にエッカも吠えた。次にない、とばかりの表情はどうかと思いますけどね。貴女は鍵師でしょうが。
「決めるのは貴方だ」
トムも悩んでいるらしく唸っている、どうしたものかと考えているのが分かる。顔に出てくれて分かり易くていいが、腹を括られるかが問題だ。
「ギャングよか収入が安定するのは魅力的だな、悪さの引退が条件だとしてもだ」
「はい」
「ふぅん、要人の護衛ねぇ」
どんだけ迷ってもいい。今までの生き方や経験から誰も信じられないっていうのなら、それだって仕方がないが賢い生き方じゃないだろう。
「手下たちの要望の口添えなんかは出来るってのぉ」
「しましょう」
「へぇ、そこまでしてくれるってのかぁい」
手馴れた路で、楽して今まで通り悪いことを死ぬまでやれることは、幸せかもしれないかもしれないが。
(死ぬまでやりたいのか、……ギャングという職業に未来はないだろうに)
人生の折り返し地点が今だとしたら、乗り換えるのもありじゃないのか。心機一転という言葉が相応しいだろう。
「あちらさんと対話が決裂したらどうなるか、分かって言っちゃってくれてるのかよ」
トムの言葉に「すべて円満にいきますよ」とオレも真っ直ぐに彼に笑顔を向けた。何も心配は要らないと伝えたんだ。
それにトムもにやり、と黄ばんだ歯が見えた。
「押し売りを買ってやろうじゃねえかぁ、乗ってやるよぉ、根負けだぁ」
駆け引きが成立した。オレも相手の気が変わらない内に行動を起こさなければならないな。
「じゃあ、すいませんが公衆電話がある場所に行ってもらってもいいでしょうか」
「電話をかけたいってんならあるぜぇ」
「いや、それからはかけられないので、すいません」
オレの言葉に「はぁア?」と納得のいかない言葉を漏らす。
そこに運転手からの連絡が、伝達ゲームのように彼の耳に囁かれると、朝方の寂れたガソリンスタンドに車が停まった。
「給油もしたいって話しさぁ、ここなら電話も出来るだろぉ。一緒に監視の手下を行かせるがいいよなぁ」
「鍵師の方をまだ疑っているの! なんて憎たらしいったらないわね!」
「エッカさん、いいんだ」
横のコンビニ前にはお目当ての公衆電話もある。
そこにギャング集団の濃いメンツたちが一緒だと流石に目を引くよな。だが後には引けない、さっさと用事を早く済ませてしませようじゃないか。
荷台からオレが下りようとしたら、後ろから手下のイタチ男がオレを小脇に抱え込んで地面に降り立った。
オレも小脇から下ろされ足も地面につき、目的地である公衆電話に急いだ。
後ろには二メートルはりそうな大型のイタチ男が監視でついて来た。目に見えて堅気には見えない恰好なのは勘弁して欲しかったな。
「早くしな」
「そうですね」
「ほら、電話の金だ」
オレが受話器を耳にすると、イタチ男は通話賃を投入口に入れてくれた。アンブリア=ジーノから送られて来た手紙に書かれていた番号を思い出して押した。
(えーと、しゃーぷの、ふんふんふふん、っと)
呼び出し音が鼓膜に響き鳴る。デタラメではない番号で間違っていないことに、オレは安心する。あとは繋がってくれさえすればいいだけだ。
《ハイ、こちらミリアルデイア政府局。公認IDを押して下さい》
公認ID? たしか、これだったはずだ。
《クボヤ鍵師、アンブリア=ジーノ閣下にお繋ぎします、しばらくお待ち下さい》
何も言わなくても相手は保留音を鳴らした。オレはただ、相手を待つだけだ。横の手下は状況が分からずに苛立った様子で地面を足で鳴らしている。
目的の人物は激務だろうし、出るのは遅いかな、と踏んでいたが、保留音が終わるのは突然だった。
《お久しぶりです、クボヤ鍵師。何か面倒事かしら?》
懐かしい依頼人の声が鼓膜に甘く響いた。この人にもオレは拉致をされたんだ、頭に何かを被せられて。
行きよりは帰りの待遇はよかったが、やり方はかなり卑怯だと思ったな。
しかし、全部は息子タイラーが悪い流れだった。オレを想ってのことで、不甲斐ない親であるオレの責任だ。
いや、そんな以前の思い出に浸っても仕方がない。今は今でヤバい局面に変わりはない。
「雇用の件でお話しがあるんですが、今、よろしかったでしょうか」
《ええ。あなたの頼みですもの、お聞きしましょう》
強い言葉にオレも「あのですね」と彼女に話した。
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