第13話 被害者と救援者

 倉庫内が突然、闇に覆われたことで全員がザワついた。


「親父! 親父ぃいい!」

「こんな、真っ暗なことがっ!」

「み、見えないっ、何も!」


 オレだって暗闇は嫌だ。



鍵師ニンゲンのかたぁ~~?」



 エッカから不安な声が聞こえる。心細いんだろう。オレには周りが見渡せる、誰がどこにいるのかが見えていた。


「大丈夫、すぐ、終わらせますから」


「……でしたら、早く終わらせてくださいっ!」


 震える言葉に「うん、そうだね」とオレも応えた。早く終わらせて、帰りたいよ。ミジルを視界で確認する。



「《では、お好きにとは言いませんが、身体をおつか――》」



 言葉が言い終える前に、黒い血がオレの身体の中に入って来た。オレは身体から押し出されて、宙の上から見下ろす恰好になる。


 身体は金庫の守護神に明け渡した格好ということだ。


(神憑き、か)


 闇に目の慣れたミジルが、オレを見据えて名前を叫ぶ。



「何をしやがったんだよっ、クボヤ鍵師ぃい!」



 施錠されて使えなくなった銃を放り捨て、ナイフを手あたり次第、オレがいるだろう方向に飛ばす。


 自身に放たれる攻撃ナイフに守護神は神通力を使い、鋭利な刃を折り曲げ、地面に落としたことで金属音が鳴り響いた。



「『おさん、相手は違うんだが?』」


「クボヤ鍵師、……じゃないだとっ! だったら、誰なんだよっ、お前はさぁああっ!」



 ミジルは恐怖から、声の方向にナイフをさらに放つ。



(無意味な攻撃だと分かっているだろうに、馬鹿じゃないのかっ)



 守護神はオレの心配を汲み取ったのか、二人だけを囲う膜を張った。分かりやすくいうなら、守護結界だ。


 他者が立ち入り不可という強力な神通力。ミジルに対する怒りと殺意が、守護神の理性たがを外している。


 絶対に許さないマン、といえば伝わるだろうか。

 


「『お前さんが殺した人間を救わせた代償、並びに、お前さんが汚した金庫の代償を支払わせるぜ』」



 手を前に差し出すと、黒い血がミジルの身体に飛びかかり、動きを奪い去った。


 ミジルの声が響く闇に覆われた倉庫内。蚊帳の外である全員が耳を澄まして伺うことしか出来ないでいる。



「こ、殺せよっ……殺せよ! さっさと! ころ――……」


「『何故、楽に死ねると思っているんだ』」


「俺をお前は殺したいんじゃないのか!」



 何も見えない倉庫内でミジルの問いかけが轟き、オレも可哀想とさえ思った。だが、慈悲はないと分かっている。



「『お前さんを甚振いたぶってからが――お愉しみというものだろう』」



 彼に同情は出来ない。


 私利私欲によって他者を憎み、命を奪うこともいとわない蛮行は、どんなことよりも一線を越えてしまっている。


 救いを求めることは、誰の目から見ても無理だ。最初に殺害未遂を犯した罪と、次いで、金庫を汚して守護神を怒らせてしまった罰は重い。



「『ほら、逝くぞ』」



「ちきしょおうぅうう!」

 


 黒い中から無数の髑髏が現れるとミジルに襲い掛かり咀嚼音が鳴り響く。そして、明るくなった倉庫内には彼の血だまりだけが残った。


 オレの身体に入ったままの守護神に、トムが金庫の上から降り立ち尋ねる。



「僕も、逝くべきなんじゃねぇのかなぁ?」


 

 守護神は顔を横に振って言い返した。


 

「『お前さんは生きろ。……金庫を大事にしてくれ』」


「ああ、分かったよ。大事にしようじゃないか」



 宙に浮いていたオレが身体の中に吸い込まれて、眼を開けると戻っていた。


「ん? あらま」

「お、終わったってことぉ?」

「ええ、終わったようですね」


 へた、とエッカの腰が地面に落ちてしまう。


 ぐーぱーと手を開け閉めして確認をしていると、トムがオレに向かって歩いて来た。

 


「お前はよぉう、一体、誰なんだよっ!」



 頭一つ分、身長が低い【カッコー】の頭がオレを睨み上げて詰め寄る様子に周りの若手たちが報せる。


「親父、そいつは若頭が頼んだ鍵師だ」

「開錠依頼書もある、これだ!」

「何もかも、その鍵師のおかげなんだぜ!」


 口々に伝えられるオレの功績に、くすぐったくも感じてしまう。



「そうよ! この鍵師ニンゲンは王族直属のあたしが開錠出来なかったのに、金庫を開けて中から出して貰えた上に、生き返ったのだから感謝すべきじゃないの!」



 オレの横でエッカが腰に手を置いて、頬を大きく脹らませて怒鳴りつけていた。


 身長が高い彼女を見上げた彼の顔が、首の痛みに顔を大きく歪める。舌打ちして若手たちへと向かい、開錠依頼書を受け取り読んでいく。


「暗殺無料? 護衛無料だってェ? ……クボヤ鍵師ちゃんは、こんなことが望みだったのかい?」


 オレの名前を口にする。依頼者の署名を見たようだ。


「いいや。オレは貴方から金庫を開けた代金が欲しいだけだ」


 ミジルと結んだ契約依頼書をトムがビリビリに破くと、花吹雪のように上に放つ。


「ちっちぇなぁ」


 紙の花吹雪が舞う中、トムは代金を支払ってくれた。

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