第11話 金庫の中身とエルフの魔法
拘束を解いた【カッコー】のギャング集団たちが熱い眼差しで、オレを見守っている。
若手から離れた位置で、ミジルは不機嫌そうに立っていた。
「エルフの王族直属の
エッカが猫のようにまとわりついて来る。
エルフの身長は百八十センチ以上が平均値だ。見た感じだが、Fカップはある豊満な肉が頭の上で揺れて、しまいには乗せられる恰好ってのはどうなんだよ。
とても重くて腰にきそうだ。勘弁してくれよ。そもそも、エルフは貧乳で、平胸が多いって聞いたんだんだが、ガセだったんだろう。
噂話しで聞いた通り、自信過剰で負けず嫌いという点だけは、今の感じから間違いなさそうだ。
「正気ですかぁあ?」
「やるしかないんですよ」
「でもぉう~~
煽ってくる態度の彼女にオレは「そうですね」と素っ気なく伝えた。
依頼の契約を受けた以上は、金庫を開けて終わらせるしかない。中身がどうなっていようが、オレには関係がない。
(でも、周りにいる若手の連中にとっては、中身が大事なんだよなぁ)
何が出ても――逆恨みをしないでくれよ。
「《カッ○○○ドルの名において命ず!》」
金庫の守護神に【開錠】を命じた。
鍵を差し込んだまま、オレの身体は金庫と向かい合って、意思疎通が始まる。心の交流だ。
「《初めまして、オレは窪谷鍵師だ》」
『お
オレの声に応えた金庫の守護神。顔には文字が書かれた布が垂れている。真っ黒い兎の容姿で、手にする白い羽衣が大きく靡いて揺れ動く。
「《っで、溺愛? ちょっと、意味が分からないんですけど……そんなことはどうでもいいんだ》」
金庫の上、腕と長い足を組んで遊ばせている。今までのように気性が荒い性格ではないようだ、話しが通じることは助かるな。
「《中身は――……》」
『この金庫は【カッコー】の設立者にして、鍛冶師の男だ。唯一無二の芸術品だというのに、忌々しい人間めがっ!』
守護神が放った怒りの風圧は冷たい。一瞬、膨大な数の髑髏が、オレを伺っている光景が見えた。
開けられませんでしたとなれば、エッカのドヤ顔や煽りの態度が増してしまうことは癪だ。
今までは関わりたくないなと距離を置いていたが、こうして初めて会った同じ鍵師の前では、腕は確かです、って見せたくなるのは仕方ないのかもしれない。
(ああ、もうオレは鍵師なのか)
彼女の声が耳にリフレインする。
***
『鍵師の腕が鳴るじゃないですか』
***
恐怖を、ぐっと唇を噛み締めて耐えた。
『お前さんは遅すぎたんだよっ、鍵師ちゃあぁアアぁん!』
大きく開けた口から、真っ赤な炎がオレに吹きかかる。全く、熱くないぞ。炎に囲まれて中に浮かぶ映像は、見たこともない記憶の数々だ。
脳の中へ津波のように記憶が流し込まれた。顔からは、血ではない夥しい液体が垂れていく。
「《中身の
ぐい、っと指先の背で顔を拭えば、黒い血液が付着する。
「《貴方の協力も必要だ》」
真っ直ぐにオレは守護神に協力を仰いだ。
『もうひと声が足りないな』
もうひと声、の言葉に反応をすることが出来た。
「《
守護神の顔の布がひらりと捲れ上がる。目に映った大きな唇が吊り上がっていた。交渉が成立したことに間違いないようだ。
『鍵師、二言はないな』
問い掛けにオレが顔を縦に振ったことで、「開っっっっ錠!」と言えば重い音が倉庫内に轟いた。
「な、んだってェええ!」
「なんでよぉう!」
ミジルとエッカの声が同調して、周りの若手たちも歓喜に雄叫びを上げる。
二人揃って、金庫が大きく口を開けたことに、信じられない、って表情を浮かべていた。
野次馬たちの声を他所に、オレの視界に中身の男の背中が映し出される。
後ろ向きで金庫の大きさに凝縮した格好だ。服もきちんと来ている。
どれくらい経過しているのか、トムの変わり果てた姿の襟首を掴んで、オレは強い力で外に取り出した。
どうせ死んでいると思っていたのに――まさかだった。
「ぁ、……うぅ……っは――……」
「死んでないのかっ!」
鍛冶師が創った芸術的な金庫と守護神が言った。
構造的には分からないが、中に生き物が間違ってにしろ、悪意で入れられてしまった場合をも、鍛冶師は想定していたのだろう。
金庫の中に長い間、閉じ込められていたトムは、まさに作った職人の知恵によって、生かされていたのか。
だが、ついには息が絶えてしまったのか、呻き声が聞こえなくなった。
「《〇ッ○ヌ○ドルの名において命ず!》」
オレは、冷たくなっていくトムの身体を掴んで、仰向けにする。どこかにある怪我を探したが。
(傷口がどこにもないじゃないか!)
時間との闘いに狼狽えてしまう。そんなオレを目掛けて銃撃された。弾は金庫に当たり、どこかに曲がって飛んだ。
「なっ!」
撃った犯人が、周りからの若頭の大合唱で分かった。撃った相手に、エッカが声を荒げて責める。
「どうして、撃つんですか!」
「煩い! 煩いんだよぉう!」
言い合いをしながら、ミジルは銃に弾を押し込むと、
果敢にもエッカは鍵を杖の姿を変えて、オレを守る盾になった。
「煩いのはあなたですぅう!」
オレの前でエッカは防御魔法を使う。彼女の横顔は凛々しい。思わず、見惚けてしまった。
さっきまで、ドヤ顔や憎まれ口を叩いていた同一人物なのかと疑いたくなるくらいだ。
(どうしたらいいんだよ。これ)
彼女の防御魔法が、どのくらい持つのかは分からない。
オレはトムを生き返えさせるという、神業を行わなければならないが、それは無理というものだ。
オレは人間風情でしかない。
(守護神が言った、あの言葉を使わない手はないだろう!)
「《〇ッ○ヌ○ドルに命ず!》」
上手くいくかは相手のオレへの……、いや、どうでもいい。
「《知恵と力をオレに与えてくれたのなら、貴女を少しだけ好きになるだろう! 何もなければ愛に応える真似は生涯ないと思え!》」
悍ましい建前の言葉だと、オレは失笑をしてしまった。こんな軽い言葉にホイホイ来る女神など、どこに――
『なんだ、こんなことも出来ないのか』
まさかだった。
『力をやったというのに』
嘘だろう、と唾を飲み込んで言い返した。
「《力は有難く使わせてもらっていますし、この通り地味に活きていますよ》」
十四歳だったオレが見た、容姿のままだ。褐色の肌に黒く長い髪をなびかせる、細く吊り上がった金色の目は獲物を映す。
シャープなスーツ姿はオレの記憶から抜粋したものなんだろう。
一番最初に出会ったときのこいつは妖怪バックベアード、今の人間に近い見慣れた容姿は怖くもなんともない。嫌味も本人に言える。
「《カッ○○ードル》」
オレの丸まった肩の上に座られた。
『カップ=ヌゥダールだ、いい加減にしろよ』
望んでいないのに対峙をしている。
元凶の女神と会うのは、あのとき以来かもしれない。久しぶりで、何を言えばいいか分からない。頭がやることで、パンクしそうだ。
『久しいな、クボヤショータ』
「《今は、挨拶なんかどうでもいいでしょう。そんなことよりも、どうしたら、生き返えさせることが、出来るんでしょうか》」
聞きたかった言葉じゃなかったからか、ムスっと女神は不機嫌な表情に変わる。足の踵が脇に刺さるのはわざとだろうな。
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