第10話 同業のエルフ

 ミジルが銃のトリガーに指をかけたと同時に、オレは叫んだ。

 


「《カッ○○○ドルの名において命ず!》」


 

「すぐ終わるってば! 頭がおかしいんじゃないのかな」


 ミジルがオレへの愚痴を口にしたとき――鍵がミジルのポケットから浮き上がったじゃないか。


 突然のことに、倉庫内の全員がざわつき出した。逃げ出さなくていいのか? お前たちは、籠の中の鳥だということだぞ。

 


「施っっっっ錠!」



 オレの言葉で《拘束の使途》たちが一斉に動く。容姿は半透明な幼い子どもに羽根を生やしていて、生気のない表情を浮かべているんだ。


 手が触れれば最後、身動きを封じられ床に落ちる運命だ。バタバタ、と倉庫内に倒れる音が響く。


 オレを肩に抱えていた奴も倒れてしまって、オレも一緒に床の上に転がる。奴が下敷きになってくれたことで、一切の衝撃はなかった。


 オレが起き上がると鍵が飛んで戻って来ていて、目の前で浮いている。


「開錠!」


 鍵が言葉に反応して、オレの腕の縄に突き刺さり解いた。キツく縛られた手首を指先でなぞって、倉庫内を見渡す。


 力も入らず身動きが叶わないギャング集団たち、必死にもがいて、開かない口の中で呻いている。自由になったオレは彼女の元に急いだ。


「っつ!」


 口も開けられないミジルが、怒りの表情でオレを見上げる。悪いのはお前だろうと、オレは相手にしない。


「大丈夫かな? どこか怪我とかないかな?」


 灰色のロングヘアを襟首でお団子にする彼女の前に腰を落として、目線を合わせて聞いてみるが、オレに怯えて答えてくれないな。


 ギャング相手に、何か怖い思いをしてしまったのか。


「貴女も鍵師、なんだよね? オレもなんだよ」


 こくり、頷くと緑色の垂れ目から、大粒の涙が溢れ出た。


「あたしはエッカ=カップッパ。エルフの鍵師ですぅうう~~」

「エルフの鍵師とは、珍しいね。王族直属か何かじゃないと森から人外地への出向許可も出ないんじゃないのか?」

「王族直属の、その……鍵師を任せられている家系です」


 ぐすん、と鼻先を啜って豊満な胸の布に顔を寄せて目許を拭って、肩に鼻をこすりつける。


 王族直属の鍵師って本当? と出そうな言葉を飲み込んだ。


「エッカさん。貴女はどうして倉庫に連れ込まれたんですか?」

「連れ込まれたというか、その、あの」

「まさか、貴女」


 言い淀んで視線を泳がせるエッカに、オレもまさかと目を細めた。


「開けられない金庫、って依頼文句なんかで、こんな場所にまで来たってこと、ですか? 相手がギャングだって知っていてっ」

 

「開けられない金庫です、よ? 鍵師としての血が、滾りませんか? 燃えるでしょう!」


 こういう仕事馬鹿はいるんだよ。だが生憎とオレはそういう生き物じゃない。エッカも興奮のあまり鼻息が荒い、本気度も違う。


「滾りませんよっ。危険な依頼なんか受けて、死んだりしたらどうするつもりなんですか!」

「う。そ、それは」

「今も、銃口を向けられていてオレがいなきゃ今頃、虹を渡っていますよ!」


 虹? とエッカが首を傾げた。ああ、これは言い方がダメだったか。


「死んでましたよ、ってことです! 滾るのも分かりますが! きちんとですねっ」


 熱弁を奮ってエッカを見れば、彼女の視線の先には金庫があった。


 まさか、こんな状況下で金庫を開けたいとか言わないだろうな。おいおい、早くこんな場所から逃げた方がいいに、決まっているじゃないか。


 仕事熱心なのはいいが、ここの金庫では滾らないでくれ。冗談じゃないぞ。オレは目立たずに生きて活きたいんだ。


 仕事でも、名前と功績が広まって、腕を買われても、意思は変わらない。



「エッカさん、行きましょう!」



 腕を掴んで出口に向かいたいのに、エッカの身体は鉛のように動かない。立ち上がりを拒絶されている。



「どうして! 貴方には中身なんか関係ないじゃないですか!」


 

 エッカが「鍵師の腕が鳴るじゃないですかっ」と金庫に触れた。


 眉間にしわを寄せて呟く様子に「ミジルから中身を、聞いたんですか?」とオレは尋ねたが、エッカは顔を横に振る。


 何も知らされていないってのに、目の前に開かない金庫があるから、純粋に開けたいだけだというのか。


 オレは金庫の中身が知りたくなった。



(中身は、なんなんだ?)



 倉庫内、床に無数に転がった何かの塊と液体の量、かなり多くの鍵師たちが犠牲になったんだろうな。


 悪ふざけで許されない真似を、噂の【老いた頭】が命じたのか?



(いや、待てよ)



 どうして若頭のミジルが舵をとって、オレを迎えに来たんだ? 本来ならギャングのトムがオレを呼びに来るのが普通じゃないのか?


 いや、来られない理由があって、ギャング集団の身内中でも【自惚れ屋】と嘲笑されている男を遣わすだろうか。



(おかしいじゃないか。頭のトムはどこにいる?)



 地面にひれ伏しているギャングたちの顔を見渡す。数は二十人ぐらいか、それに若頭ミジルだ。


 全員が十代後半から三十路後半。初老のしょの字もない。つまりは若頭お抱えの若手集団だけで形成されている。


【カッコー】の中でも若手と古株の二分化されていて睨み合っている、って噂で耳にするくらいに仲が悪い。



(嫌な予感が、するな)



 そんなことがあるだろうか。この金庫はずっと、こんな場所にあったのか?

 

「エッカさん、貴女は金庫を開けることを依頼されて、どれくらい時間がかかってますか?」


「っぐ! っそ、それわぁ~~……半日です! わぁああ!」


 エッカが両手で顔を覆い隠して泣き声を上げた。ヤバいな、冷や汗が出始めたぞ。



「一部、開錠! 全員の唇だ!」



 中身はなんなんだ? オレは全員の唇拘束を解いた。想像が嘘で在って欲しいと思った。



「ボスが! 中にっ!」

「親父を! 親父がぁアア!」

「だのぶがヴぁあぁあおぅうう!」



 解くと一斉に、全員が話し出して埒が明かなくなったが「黙れよ! 全員だ!」とミジルが低い命令口調で言い放ったことで、全員が口を閉ざして、ようやく静まり返った。


「クボヤ鍵師。よくもやってくれたじゃないか」

「嫌味は結構。中身の正体を知りたいんですよ、教えて頂けますよね」

「金庫の中身? それならお前が開ければ解決するじゃないか、聞く必要なんかないだろう! 馬鹿な奴だなぁ!」

 

 一理はあるが「私は貴方と鍵師規定の依頼契約を交わしていません」と告げた。


 国に業務成績報告も上げなきゃならない規則がある。守らなければ鍵師の資格はく奪もあり得るんだ。


 依頼者になれば仕事はしますよ、って簡単な話しだ。つまり開けて欲しくば依頼をしろってことですよ。



「わかぁああ! ぼぼぼぼぼすっ、おやじがぁああ!」

「みじるしゃあぁアアンん!」

「契約をしてくれよおおぅうう!」



 若手も老いた頭側だったようだな。全員なら――じゃないか。



「ボスは大人気のようですねぇ」



 金庫の中身は【生身の老いた人間】に間違いない。オレはミジルの前に腰を落として、奴を見下ろしてやる。そして、改めて尋ねた。



「依頼契約をするか、しないか。どうするんですか?」



 ミジルのにやけていたあの顔が、怒りで身体を打ち震せて、耳まで真っ赤に染まる。血走った眼がオレを睨みつけていた。


 全員の身体を拘束していなければ、オレの身体はハチの巣だったろうな。


 やっておいてよかった、大正解だ。



「ああ、分かったよ。クボヤ鍵師ぃ、依頼をしようじゃないかっ!」



 欲しかった依頼の言葉に、拘束状態を維持したまま行い、金庫と対峙をする。


(鍵師の腕が鳴る、まぁ、確かにそうか)


 エッカの言葉に納得してしまった。いつも金庫の前でオレは、どんな顔をしていたんだろうか。


 ダメだ、今は金庫を開けることに集中しょう。

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