第二章 ギャングの金庫依頼編
第9話 深夜の訪問者からの厄介事
乗り物の動きに合わせて、身体が左右に揺れ動く。オレは寝込みを襲われたようだ。さらに視野を奪われた格好でいる。
こんな目に遭うって、オレが一体、何をしたって言うんだよ。
(また、頭に被りものかよ)
アンブリア=ジーノの一件のときのような【訪問呪縛結界門】じゃない。一般的な乗り物の中に乗せられている状態だ。
頭の中で増す「なんなんだ?」と疑問符が溢れる状況。そこに塞がれていない耳から伝わる会話でも理解出来るまでには冷静だなって、自分でも驚きだ。
「もっと速度上げられないのか!」
「これ以上は警察の世話になっちまうつぅの!」
「鍵師の家がアジトから遠いせいでっ、こんなっ! くそ野郎がっ」
苛立った複数人の声が聞こえる。どうしてそんなに慌てているのか、が分からない。
(多分、
連れて行く場所は、オレの家からかなり距離があるみたいだな。苛立つほどの事態が彼たちにはあるんだろう。
(複数人でオレを囲っている状況なんだろうな)
それがオレに関係あるのか。そんなものなんかある
口を塞がれていないから話すことは可能だった。しかし、何をされるか分からない以上、感情的に喚き散らすような真似はしない方が、身の為だと分かっている。
オレは相手の出方を待つしかないだろう。
「それで。お前がクボヤ鍵師か?」
若い男が声を弾ませて確認してきた。オレに答える義理はないが、反射的に応えてしまう。
「そうですけど」
「お前には開けられない金庫はない、っていうのは本当なのかな?」
金庫を開けさせることが目的のようだ。そりゃあそうか、
「驚いたな。オレに
「お前、いい度胸だよなぁ。見えていないはずだってのに、どこかおかしいんじゃないのかな」
相手の呆れた口調に、オレだって言い返させてもらう。ここまでされて、どこに連れて行かれるかすらも教えてもらっていないんだぞ。
オレには蛮行に付き合ってやる
仕事を選ぶ権利は、オレにだってあるんだ。依頼契約だって交わしていないからな。
「目に見えないからじゃないですかねっ」
「頭に被せた袋は、倉庫に着いたら外す。だからそれまで、外す気はないからな」
大きく揺れる乗り物に、オレの身体も大きく揺れた。
どれくらい乗せられているのか、あとどれくらいで仕事場に着くのかを、きちんと教えてくれよ。
「あンたはどうしてこんな目に遭ってるか、知りたくはないのか?」
「聞いたら、……教えてくれるんですかね?」
先方から「知りたくはないのか?」の言葉にオレも耳を疑う。まさかと聞き返せば、軽い口調で言い返された。
「いいよ、構わないさ」
「どうして、オレなんですか? 他にも鍵師は沢山いるじゃないですか」
「それはだな。酒場で、お前の腕がすごいって、俺ンとこの子分が耳にしたから、こうして迎えに来たんだよ」
子どものような話し方をする彼の言葉に、オレも耳を疑った。酒場、嫌な出会い場の名前が出て来たな。嫌な予感がし過ぎるんだが。
「さか、ば……で、ですか?」
「そうだ。子分が聞いたら傭兵の男は『僕の父は政府専属のクボヤ鍵師だぞ!』って熱弁を振るっていたようなんだけどさ」
絶句するほかない。もうね、また重い面倒な仕事を招いたのは、息子タイラーなのかと怒りをぶつける先がどこにもない。
「
依然と視えない誘拐犯たち。聞いてもいいって話しだったし、ここは素直に尋ねるとしよう。
「貴方たちは何者なんですか」
オレの質問に、耳が痛くなる言葉が吐かれたんだ。
「巷のギャング集団――【カッコー】の名前を聞いたことはないかな?」
【カッコー】という、ギャングたちを耳にしたことは確かに在る。今の
今までいた配下である若手は見限って、他のギャング集団に鞍替えをしているらしい。
子分の数も全盛期の半分以下。というところまで巷の噂だ。
(
オレが言い返えさないことに「聞いたことないか、って聞いているんだけどさぁ!」とオレの頬が強く拳で殴られた。
突然の衝撃に、オレの身体が車内の床の上に転がってしまう。
海老ぞりになってしまったオレの襟首を掴んで、持ち上げられたかと思えば、また座席の上に置かれた。元の座る恰好に戻っている状態だと分かる。
「答えようとしていたのに、急に殴るなんてどうなんですかね!」
「じゃあ、何? 知ってること、言ってみなよ! ほらっ、早く!」
口の中に堪った血を、ぺっ、とオレは吐き捨てた。
「若頭のミジル=レイアルト、オワコン集団のお飾り権力者っ」
「嫌な言い方するなぁ。ムカつく」
「ボスのトムみたいなカリスマ性もない、って話しなんかも巷で流れていますけど!」
謂い合うオレたちを他所に「
「着いたん、……ですか」
「うん、着いた! クボヤ鍵師、行こうじゃないか!」
縛られたオレの腕を、強い力で掴むと引っ張って歩かされた。足元や何も見えないオレのもたつく様子に、誰かがオレを肩に担いだ。
ガガガ、と大きな重い音を立てて倉庫の扉が開けられる。
ここで被せられた袋が、オレの頭からひらり、と落ちた。鼻につくような悪臭のせいで、目に痛みが走る。
倉庫内は薄明りが申し訳ない程度に点けられている。その為、広範囲は見渡せない。
「この、臭いはなんなんだ?」
「ああ、開けられなかった鍵師には死んでもらったから、その臭いじゃないかな? じゃあ、行こうか!」
「なっ」と驚くオレを無視してミジルが歩いて行く。
低い身長と狭い肩幅。新品同様のスーツを着込んで、上から灰色のロングコートを羽織っている。
「あのエルフ女が金庫を開けられていないようなら、もう用済みだなっ」
ミジルがオレの方に顔を向ける。
細く吊り上がった目に丸い眼鏡が乗る低い鼻先、丸い顔の輪郭に厚みと艶のある唇から黄ばんだ歯が見える。赤い前髪はリーゼントで襟足が長い。
「凄腕のクボヤ鍵師が来てくれたんだしっ!」
「来たくて来た訳じゃないですけどね!」
「ほら! 金庫だ!」
ミジルが指を差された場所に、エルフの少女が尻をついて座っていた。
金庫らしいものは見当たらない。彼女の身体が金庫を覆い隠しているからだ。
「金庫、ですか」
「ちょっと待ってろ」とミジルがエルフへと傍に行く。何かを言い合ったかと思えば、彼女のこめかみにミジルが拳銃が突きつけていた。その光景にオレも息を飲み込む。
このままじゃ、あの同業であるエルフは間違いなく殺されるだろう。そうなっては夢見も悪いったらない。
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