第8話 依頼の後、娘に語って

「いいぞといったら、頭に被せた袋を取るんだ」と言われ「いいぞ」の声で、オレは頭に被せられていた袋を外した。


 広がる視野の場所はオレと子どもたちの家だった。オレと息子も、怪我もなく無事に帰って来たことが嬉しかった。だからこそ――


「死ぬかと思ったじゃないかぁああ! ああいう依頼は、もう受けないでくれェ~~タイラー~~!」


 オレが床に萎れているとタイラーがひょい、とソファーの上に置いてくれた。床よりはいい、痛くはない。


「でもさぁ~~、オレのおかげで報酬が倍になったし、生涯税金免除されて、政府専属の肩書きも貰えちゃったんだぜぇ! 感謝されてもいいと思うんだけどなぁ」


「そういう問題じゃないっ!」


 拗ねたタイラーの言葉に、オレも疲れ果てた口調で言い返した。


「ああいう相手からの依頼はこりごりだよ」


 タイラーが傍から離れて行く。オレが放心状態で項垂れていれば、玄関先から出入りの鐘の音が耳に入った。


 施錠していたドアが開けられたことが分かった、そして、誰が来たかは見なくても分かる。こんな真似ができるのは身内だ。もう一人の子ども、最愛なる娘。


「メアリー・アン。おかえり」


「とおさん。顔色悪いじゃない、どうかしたの?」


 メアリー・アンがオレの顔を見るなり、眉間にしわを寄せて首を傾げた。


「タイラーからの依頼が重くてさ」


馬鹿兄貴タイラーが帰って来ているのね!」


 オレの言葉にメアリー・アンの表情が怒りに満ちる。そこに酒瓶とグラスを持ったタイラーが戻って来た。ぐりん、と首がタイラーの方へと向けられる。


「どういう状況なの? 教えてくれる?」


「あっれえ。お帰り、メアリー・アン」


 感情が昂っているメアリー・アンに、いい仕事をしたとばかりにタイラーは満面の笑顔を浮かべて手を挙げる。


 これは兄妹喧嘩になりかねないと、オレはメアリー・アンを呼び止めた。



「メアリー・アン。父さんが話すよ、座ってくれ」


 

 アンブリア=ジーノからの最愛の人ビッチィ=モリアーティ。彼の遺した金庫を開ける依頼は、重い空気と重圧の中で開錠作業中は地獄だった。


 長年開けられなかった金庫を開けた鍵師オレの話しは、あっという間に広まったらしい。


 後日、配達されて来た政府からの手紙には、クボヤ鍵師は政府専属のお抱え鍵師であり、肩書きは――二つ名【《開錠の魔術祖》】と記載されていた。


 政府専属になっても、仕事の依頼が前と同様に閑古鳥なのは、アンブリアが「面白そうなお仕事か確認させて頂きますわね」で止められていたということを、かなり経ってから噂で聞くこととなる。

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