第7話 終わりよければ、すべてよし…?

「《今後、君を傷つけさせないと誓うよ》」

 

 オレは胸元に拳を置いて目を瞑る。数秒の後、オレは横に座ったままのアンブリアへと顔を向けた瞬間、身体が大きくバランスを崩して床に転がった。視界が天井を映している。


 これは、どういうことなんだ? 誰かが、オレの身体を押し倒したぞ。手加減もない程に、すごい力だったな。


 まぁ、誰がしたかは分かっている。


「ちょっと、アンブリアさん。あんた――」


「っき、金庫! ぁああぁああ! きき、金庫っ!」とアンブリアが甲高い声をひと際大きく上げて、少女のように飛び跳ねている。


 もう、オレの声なんか聞こえる訳がないよな。


「はぁ」

 

「父! 父っ」


 寝そべったままでいるオレに、タイラーが尻尾を振って駆け寄って来た。オレの顔をドヤ顔で見下ろして来る、可愛い息子タイラー。


 ああ、よかった。大切なものをオレは守れたんだ。こんなに嬉しいことはない。


「……クボヤ鍵師」


「はい?」

 

 アンブリアが顔を紅潮させたまま「一緒に中身を見て貰えませんこと?」とオレに言う。確かに、中にも何かの魔法があるかもしれないし、鍵穴も隠されているかもしれない。


 ああ、まだ、仕事は終わっていないんだ。オレは身体を持ち上げた。金庫に視線を向け「はい」と伝える。


「では、一緒に中身を確認を致しましょう」


 全員が見守る中。重い金庫の扉が開かれた。中には三段階の引き出しがあり鍵はないようだ。


 それに攻撃魔法のようなものもなかった。彼女が何も気にする素振りもなく、指先で上段を引き出す。


 中が引っ掛かっていてこないことに、彼女も引き出しの中に指を押し込めて、徐々に手を差し込んで一気に引っ張った。


 手を放すと勢いよく中身が盛り上がった。見えたものをタイラーが口にする。


「ばっちくなってる手紙と地図? だけか」


「ちょっと、失礼」とオレも手紙を手に取った。あて名は巷の噂で聞いたことのある名前だ。ただ、この人物の名前をアンブリアには言えない。オレは中に手紙を戻した。


「奥様への恋文ですわね」


 冷淡な口調で彼女は言う。絶対零度だ。女の敵は女とは、こういうことなのか。


 さらに中から、彼女が取り出した紙を広げれば、地図だった。


「この地図は、何を差しているのかしら? クボヤ鍵師。お分かりになります?」


「ちょっと待ってください」


 引き出しの中から黄ばみがある地図の紙が一枚、オレは彼女から受け取り、手にして広げれば、いろんな国の文字や赤い印が沢山、書き記してあった。


 質問の答えを、地図の神へと取り継いでしまった。


「《地図の神。何かわかるかい?》」


『ビッチィ=モリアーティという人間の【呪い】を埋めた箇所を記した宝の地図じゃ。血に染まった彼の金貨は、世界の情勢を変えるじゃろう、燃やしてやろうか?』

 

 決して陽の目を浴びてはならない埋蔵金という報せに、むりぃ、とオレは確認してしまったことに、後悔をしてしまった。燃やせば、世界は平和のままでいられるのか?


 いや、そんな真似は、彼女の人生を否定するものじゃないのか? 彼女の人生は愛した男と、母親のためにあったんだからな。


「《いいや。彼女に委ねよう》」


 話しを終えたオレは息を飲み込んだ。知ってしまった以上は報せるのが義務というものだ。


「元である持ち主の隠された財産の隠し場所を記した、地図とのことでしたよ」


「♡♡♡♡♡」


 オレからの言葉に、彼女は両手で自身を抱え込み身悶えていた。そんなに嬉しいのか隠し財産を記した地図が。血に染まった金貨であることは伏せてやった。判断は彼女がするべきだ。


「二段目の引き出しをお願いしますよ」


「そうでしたわね、あたくしとしたことが」


 オレの言葉にアンブリアは同じように、一気に引っ張り出した。中を視てタイラーが勝手にぺらり、と一枚の封筒を取り出した。


 黄ばんではいるが保存状態はいいのは確かだ。ただ、可愛くない文字が封筒に書かれていた。


機密文書ヤバいもん、って書いてあるな)


 タイラーが封筒に書かれた文字を読もうとする。オレは息子の学力を知っているから安心をしていた。タイラーは文字の読み書きが苦手だからな。


 育児に協力をしてくれたのが、運動系脳汁集団の神々だったから特化したものが――筋肉な訳だ。

 

「なんだ、えぇと。難しい字だな。父、これはな――」

「いいから戻しなさい、早く」

「わかったよぉう」


 物分かりがいいタイラーは、封筒を引き出しに戻した。彼女はそれは後で、と最後の引き出しを開ける。彼女の手が中の封筒を取り出した。


「【遺書】は、在ったのか」


 封筒に書かれた文字をオレは読んでしまった。彼の死後、どこを探しても遺書らしいものはなく、党の残された幹部蓮中は困り果てていた、と報道や人の噂で聞いた覚えがある。


 幻の遺書。封筒が、今、オレの目の前に在る。


「そりゃあ、血眼になるはずだな」


 呆気に取られたオレの言葉に彼女が癇癪を起した。


「こんなもののためなんかじゃありませんわ!」


「ああ、そうですよね、失言でした。申し訳ありません」

 

 流石のオレも言い過ぎたな、と反省だ。


「っちょ、何をなされているんですか!」

 

 破ろうとする素振りの彼女の手を、無意識にオレも抑えて防いでしまった。存在しないとされ、今頃在っては困る存在でしかない【遺書】をオレは守ったんだ。


 それがいいことなのか、間違っているとか、そういう次元じゃない。故人の遺志を尊重したいからだ。


「……彼の総てのはずです」


「ええ、そうです。きっと」


 項垂れた彼女は読まずに引き出しの中に戻すと、そのまま、元のように仕舞い込んだ。開けた金庫の中身のその後なんか、オレにはどうだっていい。


 後は彼女と、その配下の出方次第だろう。オレはお役御免、もう用はないはずだ。


「では。約束の報酬を頂けますか」


「貴方、肝が据わってるとよく言われませんか?」

「父は仕事終わったら関心がないだけだ。おばさん、報酬くれよ」

「そうですね、大変助かりました。優秀な鍵師の紹介、タイラーさん、感謝を致しますわ」


 アンブリアがタイラーに、頭を大きく弧を描いてキレイな姿勢で下げた。それにはタイラーもドヤ顔でオレの顔を見て、彼女を指差した。


 なんて子だ。あとでキツく叱ってやろう。そして、沢山ありがとうを伝えて、好きなモノを作ってやろう。


「報酬は毎月、カードを送らせて頂きます」


「え? はい?」


 オレの思惑とは他所に、彼女は話しを進めて告げていく。待てって、当事者オレを省いて言わないでくれよ。


「カードでの支払いでよろしいですわよね?」


「ああ、現金は手元に使う分あれば十分だし、カードの方が有難いですよ」


 カードなら隠せるし、便利だ。現金が家にあるとか知られて、挙句の上、オレが仕事でいない間に泥棒が入ったら目も当てられない。


 今、住んでる地区ここも治安がいいって場所でもないし、誰が見聞きしているか分からない。提案は妥当だ、気遣いが有難い。

 

「税金免除は、今の時間から終身とさせて頂きます。あと政府専属の肩書き、こちらは証明書もろもろと出来次第、送らせて頂きますわ」


「税金免除は有難く話しに乗せてもらう訳ですが。いやぁ、本当に要らないなぁ、肩書きってのは」

 

 オレが、やっぱりと口を開いたとき「では、家までお送りさせて頂きますわね」と来たとき同様に、オレは頭から袋を被らされて、視界が真っ暗になった。

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