第6話 取られた人質と金庫開錠

 オレとアンブリア=ジーノの二人が契約書に署名をし終えた。最後に署名したアンブリアがオレに微笑む。


「クボヤ鍵師、金庫をよろしくおねがいしますわね」


「ええ、仕事はきちんとやりますよ。ご心配なく」


 彼女が何を考えていたとしても、オレには関係ない。そうだろう。オレは任された仕事と向き合うだけだ。


 ゆっくりと金庫の傍に行くと、思ってた以上に小さいものだと見て分かる。そして金庫の傷の多さに驚かされた。


(一体いつから、こんな場所に? つぅか、こんなに傷なんかつけまくったら、守護神だって激おこでしょうよ)


 サイズも様々で、思いつく限りに開けようと頑張ったんだろう。深さや大きさも傷が違う。


「さぁて」


 オレは金庫の前に跪いて、真っ直ぐに見据える。そんなオレの耳に室内で何かが引っ張られていく音が聞こえた。その音が止まったかと思えば、真横にアンブリアが足を組んで椅子に座って見ている。


 横目で目が合ってしまって、「どうか、お気になさらずに」だなんて話す。


 そうじゃないんですよ。もう、書名をしちゃった以上はやるしかないんですけどねっ!


「そうそう。タイラーさんをこちらで預かっていますわ」


 思いもしない彼女からの言葉に、ひゅっと息を吐いてしまった。契約書の上で何もしないって書いてあったじゃないか!


「っは、話しが違うじゃないか! 危害は加えないってっ!」

「それは貴方の身での話しでしょう?」


 オレは慌ててタイラーの方を見た。色んな種族で構成された護衛の連中と一緒だ。椅子に座って、にこやかにオレに手を振っている。


「ふざけた連中だなっ」


 自分が置かれた状況を、分かっていないのは明らかだ。なんてことだ、オレがきちんと契約の内容を確認しなかったばかりに、タイラーが人質になるだなんて。


 護衛たちの体格はタイラーと互角か、いや僅かに護衛の方が大きいかもしれないな。


「さぁ。息子さんが心配なら、お仕事をなさって。

 

「ちくしょう! わかったよっ!」


 ああ。オレの可愛い宝物。可愛い息子タイラー。オレに活きる意味を与えてくれた子どもたち。


 今度はオレが救う番だ。じゃら、とオレはあの女神おんなから貰った三本の鍵束を取り出した。


(さて。やるか……おいおいおい、ちょっと待てよ。この魔法陣は)

 

 金庫は普通だって言うのに、厳重な攻撃魔法に驚かされた。こいつは厄介だ。


 他の鍵師たちも、これを見つけてしまったから腰が引けちまったということなのかもしれない。


 開錠したら即爆発してしまう代物だ。仕事に命をかけたくなんかないだろう。オレだって同じ想いだよ。


(さぁて。こいつを解除しなきゃ鍵も差し込むことも出来ないな)


 一流の鍵師でも攻撃魔法こいつを見つけることは難しいだろうな。攻撃魔法は鍵師にとってトラップだ。


 本来なら魔術師を同行しないといけないんだよ。


 でも、金庫の持ち主に攻撃魔法の認識がないまま、鍵師に依頼をしたら、そりゃあ話しが違うじゃないかってなるよな。


「依頼した鍵師で死んだ方はいませんでしたか?」


「いますね。人数は覚えていませんわ」


 素っ気なく尋ねたが、どういう死亡経緯なのかも聞くべきだったのか。まぁ、今更だな。


(……ストレスがヤバかっただろうな)


 金庫本体が傷だらけなのは自暴自棄になって、手あたり次第だったのかもしれない。彼女は鍵師の半狂乱状態を、どう眺めていたんだ。


 最低最悪の依頼者。金庫に対して、なんの知識もない彼女を、鍵師たちは何を想って散っていったんだろうな。


 うし! とオレは手を繋いで、大きく前に伸ばす準備運動をした。オレは一般的な普通の鍵師なんかじゃない。


 本来なら必要な魔術師の同伴は要らないんだ。


(オレ一人でやれちゃうもんなぁ)


 オレが異世界へ身勝手にお試し召喚されたとき、一緒に旭川から持って来たものがある。その全てに、女神の祝福が施されているんだ。


 攻撃魔法を消すのに使えるものがある。こいつを、ここで使う事態になるなんて想像もしなかったよ。


 いつもお守り代わりに持って来ていたことが、功を奏しているな。


「攻撃魔法が施されているのなら、誰か攻撃魔法を解除出来る業者をお呼びしましょうか?」


「必要ないですよ」


 金庫に施されているものの正体を、ようやく知ったアンブリアがオレに提案をしてきたが、丁重にお断りをした。


 オレが、ズボンの尻ポケットから取り出したものは【】だ。


 何でも、真っ白に消せる神具。百均の消しゴムなのに、いい働きをしてくれる。あの女神おんなも粋のいい真似ことをしてくれたな。


 かなり、これには助けられたからな。いくら使っても減らないところも有難いよ。


 攻撃魔法は、金庫の至る箇所に施されている。まず、正面からごしごし、と俺は消しゴムをかけていく。周りは俺の行動に驚いた顔で「何してんだ?」と書いてある。


 消しゴムで消しているだけですけど? とは言えない。異世界ここに消しゴムは存在しないからだ。


 ゆっくり丁寧に時間をかけて、攻撃魔法を全て、破棄した。


「ちょっと爆発しちゃいますから離れて下さい」


 オレがこれからする行為は傍にいると、巻き込まれてしまう危険性があるから、離れて欲しいところだ。


 でも彼女はオレの傍から離れるつもりがないっていうなら、仕方がない。


 怪我しないように、自分の身は自分で守ってくれって感じだ。何を言っても、きっと彼女は椅子に座ったままだと思うしな。


「大丈夫よ。続けて頂戴」

 

「本当にいいんですね、じゃあ、オレも続けますよ」


 足元に転がる消しゴムのカスを、オレは靴裏で強く踏んでやった。


 ぼん! と踏んだ足元から黒煙が上がる。暗い室内に煙幕が籠って周りが見えなくなった。


 全員が咳き込むくらいに、煙たくなったこともあって「《換気をしてくれ》」と俺は風の神に命じた。


 風の神がオレの言葉に反応をしてくれて、室内の煙幕や臭いもなくなり、入ったときよりも、きれいな空気に変わった。


「クボヤ鍵師。一体何をされたの?」


「ああ。攻撃魔法を消しただけですよ。……これで金庫は、ようやく無防備だ」


 金庫の前でオレは跪いて、二本の鍵を差し込んだ。素直ないい子になるように、あの女神の名前を口にする。


「《カッ○○○ドルの名において命ず!》」


 金庫の守護神に【開錠】を命じた。


 金庫に鍵を差し込んだ瞬間。オレの身体は金庫と向かい合ったまま、オレと金庫の守護神の意思疎通が始まる。心の交流だ。



『おうおう! おんどれっ、何をさらしてくれとるんじゃ!』



「《オレは鍵師だ。仕事をさせてもらっているだけなんですが》」



 金庫の守護神が姿を現した。上半身は女性で可愛らしくひな人形に似た小さな顔。化粧もきちんとされている。


 ただ、どう見ても悪役ヒールメイク。服装も開けた着物で豊満な胸が大きく揺れていて、下肢は真っ黒な蛇だ。


 日本だったら悪霊の類にされるんだろうな。


「《同じ鍵師という立場から申し訳ないと、お詫びはさせてもらうよ、ひどい扱いを受けた様子だ》」


『ああ、大変な目に遭った、……だというのにっ! 女神カップ=ヌゥダール様の名を口にされて開けない訳があるまい! 忌々しいっ』


 蛇の尾がびったんびったん! と金庫に当たり散らす。オレに攻撃してくるんじゃないか、って身の危険も感じるじゃないか。


 じっくり話しを聞いてあげればいいのか。いいや、これ以上の対話は必要ない。


「《よろしければなんですが。金庫の持ち主に何か、伝えたいことはなんかはありますか? お伝えしますよ》」


 オレの言葉に金庫の守護神が押し黙る。


『大事にせぇ、うとけぇ! それとなぁあ! 鍵は墓の中を探せやぁア!』


「《有り難うございます》」


 ガチャ! と開錠の音が鈍く鳴る。

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