第5話 仕事の契約
被せられた袋を頭から取られた瞬間、オレは怒鳴りつけた。
「こういうのが、お前らのおもてなしのやり方なのか!」
【訪問呪縛結界門】から連れて行かれた先は、広くて真っ暗な空間。その中にぽつん、と四角い金庫が佇んでいた。
変哲もない至って普通の黒い金庫だ。とても懐かしい。鍵もシンプルで分かりやすい仕組みだ。
「父、ここは。ぅ、気持ち悪い……」
タイラーが移動術式に酔って口許を手で覆った。その場にしゃがみ込んだ背中を、オレも優しく撫でてやる。
カッツン! と靴の踵が床を強く鳴らす。真横にいるのが空気でわかる。
オレは顔を上げて視線の先、金庫のことを尋ねた。
「あれが開かない金庫なんですか」
薄暗い場所ということもあって、オレには誰がどこにいるのかが分からない。でも、依頼人である彼女は横にいる。
それがわかればいい。オレが対峙するのは金庫の守護神だ。
彼らの声を訊いて、オレは仕事を全うするだけだ。人間なんか邪魔でしかないからな。
「ええ、目の前にあるヤツがそうよ」
「条件は、なんですか?」
オレは聞いた。そりゃあ、そうだよ。金庫を開ける依頼ということは仕事だ。つまり、無料じゃなくて、有料で行うってことだよ。
だったら、こっちだって、イヤな仕事な分、割高にふっかけた額を提示するだけだ。
「条件?」
「そうだ。これは仕事だ、違いますかね」
「……そうね、言いそびれていましたね、あたくしったら。きちんと担った額を支払いますわよ」
「正式な契約をしない限り、金庫を開ける依頼を受ける気なんかないですからね!」
オレははっきり、言い切った。それには彼女も「それで?」と高慢的な態度で聞き返してきたもんだから、オレも提示をしてやる。
「報酬は倍です。いいですよね!」
「ええ、いいわよ? あとは?」
「あと、ですか?」
「そうよ。ないの?」
改めて、言われたら。なんて答えたらいいんだ? 困っているオレを見かねたのか、元に戻ったタイラーがオレの前に出て彼女に提示をした。
「父の税をなくして欲しい」
「税をですか? まぁ、いいでしょう。開けば、ですけどね」
「万が一にも、金庫を開けられなくても危害を与えるような真似はしないで欲しい」
「今まで開けられなかった
彼女と交渉を渡り歩く頼もしい息子にオレも、しみじみと成長を感じて涙汲みそうになった。
義理とは言え、育ての親であるオレの為に、ここまできちんと考えてくれることは堪らなく嬉しい。
あの
(家族が出来るって言ってくれればいいじゃないか。まぁ、あの状況で言われても十四歳のオレは否定しただろうな)
恋愛も出来ずに、幸せな家庭も諦めたオレに与えられた小さな命たち。オレに活きる糧を与えてくれた愛しい存在。
大きく育ってオレのために動いてくれた可愛い息子に、父親として威厳を見せようじゃないか。
「父が開けたら鍵師の頂点、上に捻じ込んで認めて欲しい」
「ふぁああ? っちょ、ちょっとタイラー、いいよ! そんなのはっ、父さんは目立つ真似なんか苦手だよっ」
「父の名前を売って欲しい」
「腕前を見せて頂いてからですわね。以上、かしら?」
顔を上げ、タイラーに笑顔で訊き返す彼女に「ああ。父、どうだ!」と彼が目を輝かせて聞いてくる。
もうなんて答えていいのか、オレも困るが、ここまで応援されたら裏切るなんて真似、出来る訳がないじゃないか。
「では。契約を酌み交わしましょう」
「ええ。いいわよ」
彼女の背後から契約書の紙が手に渡された。受け取った彼女は首に下げられていた眼鏡をかけて文章を確認していく。
小さく頷いて「はい、どうぞ。確認をなさってください。すぐに修正を致しますわ」と言われて受け取ったタイラーが紙を手にして文章を読む。
「どうだ?」
「父や僕が言ったことはきちんと反映されて、きちんと記載されているし、いいんんじゃないのかって思うけど、はい」
紙を受け取ってオレも改めて確認をする。
――《クボヤ鍵師への依頼書。報酬は以下とする》
(えぇっと。報酬はオレが提示する倍、ふむ。生涯における税金納期は免除、職業年金を死亡するまで支給をし、遺族年金と子どもたちも優遇、おお、これは有難いな。開錠が不可能であっても咎める真似はしない、そう、この一文は重要だよな)
それで、あとはどうだ。文章の続きを確認をしょう。
(開錠後、クボヤ鍵師を一級に格上げをした上、政府専属の肩書きを与える。いや、オレは肩書きなんか興味ないし、重いものは要らないよ)
重い。本当に重い。肩書なんか要らないって。
「あのぅ……」
契約書を確認して文章の修正を頼もうとするが、タイラーが紙を指先から抜き取って彼女に話した。
「サインをし合いましょうか」
「ええ、こちらはよろしいですよ」
オレの意見は必要がないってことか。まぁ、ここは大人しく従って署名をしておいた方が得策だろうな。
仕方がない、腹を据えて受け入れるしかないよな。暗い部屋にあった四角い小さなテーブルの上、高級そうなペンでオレは署名した。
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