第2話 鍵師と依頼主と金庫の守護神
映画のセットにいるような気分が抜けない。全員が役者で、ある日突然と「おつかれさまっしたぁ!」なんて、撮影終了の言葉が上がるんじゃないのかって思いたかった。
ずっと、そんな夢みたいな妄想を想い描いて、夢のような場所でオレは活きている。そんなことあるはずないって、わかっているんだけど。
「諦められきれないところが、おじさんの悪い癖ってやつなのかなぁ」
腕時計を見る。転移したときに所持していたものだ。カ〇プヌー〇ルの加護があったのか、壊れたことがないし時間もきちんと合っている。
「やばいな」
依頼者の元に急いだ。数少ない依頼者は大事にしないと収入も得られなくなるのは不味い。
〇ップ〇ードルから貰った能力――【開閉錠能力】と鍵が三本ついた束。
初めて使ったのは飛ばされた十四歳のときだ。
どこかで「開かないの! 助けて! 誰か!」って叫ぶ声が聞こえて、野次馬たちを掻き分けて前に出れば、骨董屋の店前で母親が号泣をしているのが見えた。
古くて大きな金庫の中に、子どもが入って閉じてしまい、鍵がかかったようだった。開錠しようとしたら、鍵が折れてしまった、と大騒ぎになっているじゃないか。
群がるだけで、何もしない異世界種族の奴らに腹が立った。同時に、オレは能力を試すチャンスとばかりに「鍵師だ!」と手を挙げた。
しかし、人間の子どもと知られた瞬間、オレに向けられる視線は冷たいものだった。
今でも悪夢を見ることがある。
当時のオレは、余程、怖ったようだ。
さらにカッ〇〇ードルから貰って役に立った能力――【異種族言語変更能力】だ。はじめから日本語で聞き分けられたことに、オレも気がつかないくらいだったもんなぁ。
「まぁ、全部は【神の祝福】なのかもな」
以上、三っつの能力が、オレがカッ〇ヌー〇ルから奪い取った生活基盤賠償の手付けだ。
まぁ、いいんだ。昔のことなんかはどうだって、元の世界には帰れないんだから。帰れないと、はなっからもう分かっているんだから、この異世界でどう生きていくかを、諦めて考えるしかないんですよ。
金庫を開けたあとに見た親子の再会の涙を、今でもたまに夢で視る。
◆
依頼者の家に着けば、玄関前で険しい顔をした二人が、オレの顔を見据えていた。
「やっと来た!」
「時間が過ぎてんぞ! 時間っ」
依頼者は褐色の人間夫婦だ。遅れた事に怒っているが、そこまで遅刻なんかしていないが?
異世界の奴らはバスケット選手並みに高い身長、さらにラグビー選手並みの肉厚揃いばかりだ。
それに比べてオレなんか日本人平均である百六十八センチ程度の身長だ。子どもだよ。子ども。お話しにならないってもんだよ。
カースト上位の異世界種族人からは見下されるし、いいように丸め込まれて安価で帰される。
無能力者な人間の人権は、家畜や奴隷よりは少し上でしかないこともあって、蔑まれることは普通のことだ。もう慣れたよ。
早く帰って心を癒したい。辛さや空しさも、埋めたい。さぁ、やることをやろうじゃないの。話しはそこからだ。
「すいません、それで、あのぅ、……問題の開けられない金庫はどこでしょうか?」
「こっちだ!」
家の中に入るとすぐに問題の金庫があった。リビングの中央に置かれている。おそらく、本来ある場所から持って来たんだろうな。床に引きずった痕跡がある。
金庫自体は一般的な、お一人様用の一つドア冷蔵庫に似た形と大きさだ。冷凍庫が上にささやか程度にあるタイプのやつ、って言えばわかるだろうか。
真っ黒な金庫の表面や至る箇所が錆びていた。前や周りを手探りと伺い見る金庫に、オレの顔が映し出されて、嫌でも目に入る。
異世界生活での気苦労から若白髪で灰色になった。質感は硬い短髪天然パーマは、天候でもじゃっとなる。年々とお袋に似てくる顔と縁無し眼鏡が動く。金庫を眺めて確認しているからだ。
「古い型で、わりと年代物ですね」
「ああ! 曾祖父から受け継いだもんだよ!」
旦那さんがオレに誇らしげに言う。それに奥さんも「なのに開ける鍵を失くすなんて! 馬鹿なんじゃないの!」と怒鳴った。
夫婦の喧嘩は犬も食わない。ああ、逃げたい。
「鍵師! 開けられるんだよなァ!」
野太い声がオレに聞いた。
「数分、いや秒、……ですね」
にこやかに言うと「ちゃっちゃと開けなよ! 専門職なんだろうっ」と奥さんが舌打ちと口悪く煽る。空気が重いなァ。本当に帰りたい。
どうしてオレなんだよ、カッ○○ードル!
金庫の前に膝を立てて向かい合う。三本の鍵束をポケットから取り出して指先で回すと、夫婦が押し黙ってくれた。
静かな空間が一番、金庫の声も聞きやすいからな。対話がし易い環境こそが全てだ。すううう、と息を吸い込む。
「《カッ〇ヌー○○の名において!》」
金庫の鍵穴に鍵を差し込むと、俺は忌々しい女神の名前を唱えた。総ての元凶である女神の名前効果は抜群で、百発百中と必ず開く。
「《金庫の守護神に命じる!》」
金庫の周りに、半透明な金庫の守護神が浮かんでいた。女でほぼ真っ裸な格好だ。彼女は不機嫌にオレを睨んでいる。そんな顔をされても困るんですけどね。
『なぁにい? ……カップ=ヌゥダール様? お前は何者じゃ?』
「《オレはカ○○ヌード〇に呼ばれた人間で、鍵師の窪谷ショータだ》」
『カップ=ヌゥダール様からの伝達で聞いたことが、あるのぉう? お前が、そいつか』
「《金庫の扉を開けて欲しいんだ。旦那さんが、鍵を失くしてしまったみたいでね》」
金庫の守護神が怪訝な表情で『知るか、ぼけェ』と甲高い声でオレに言う。そりゃあそうだ。持ち主が悪いのは分かるりますよ。貴女は悪くなんかない。失くす方が悪ってのは百も承知の助ですよ。
しかし、オレも開けることを請け負った商売人。食うためには開けてもらうしかないんだ。頼むよ、金庫の守護神様っ。
「《カッ〇ヌー○○の名において! 金庫の守護神に命じる!》」
申し訳ないと真っ直ぐに、オレは金庫の主自身の目を見据える。金庫の守護神も困り顔を浮かべて舌打ちをする。
『仕方がないのぉう。鍵は、家具の後ろを探す様に伝えろ、鍵師っ!』
鍵の在り処を言い残して、金庫の守護神が姿を消した。オレも大喜びだ。
「開っっっっ錠!」
ガチャリと金庫の扉が開いた。夫婦の顔色が困惑と驚きで、お互いを見入っている。なんだか嫌な予感がするな。
「ね? 秒、だったでしょう?」
ふぅ、と冷や汗が額と頬に伝い落ちた。毎回、この緊張だ。話しが分かる金庫の守護神ばかりじゃない。でも、開けてくれない守護神に出会わないことが救いだろうな。
「貴様、詐欺師だな!」
「そうよ! 開いてたんじゃないの! 初めから!」
「え」
救いがないのは依頼主からの罵倒だ。これは鍵の在り処なんか言えるような状況じゃないよ。教えたら泥棒呼ばわりにランクアップするだろう。
「報酬を頂けますか」
金庫の守護神様には申し訳ないが、言わなくてもいいですよね。うん。仕方ないよな。
「父に報酬を渡すんだ、恥知らずが!」
「とおさんに報酬をお渡し頂けるかしら? ね?」
ん? どうして背後から子どもたちの声が聞こえるんだ?
ゆっくりと振り向けば、十三年で逞しく大きく成長した、
子どもたちは、オレの経営家業の従業員だ。
髭の濃い顔と逞しい身体、太い尻尾を左右に揺らす長男。混血獣人の傭兵タイラー。
同じく。逞しいが線は細い身体、魅惑を振り撒く愛嬌ある長女。混血妖精の踊り子メアリー・アン。
夫婦同様に体格はいいが、身長は遥かと倍以上で見上げる。そんなことよりもだよ。どうしてここにいるんだ。
「お前たち」
「メアリー・アンの奴がさぁ~~」
「ふふふ。タイラーの馬鹿兄貴がねぇ」
異世界での義家族で兼業の
「助かったよ」
きちんと報酬を貰うことが出来た。そして、守護神に聞いた鍵の在処も、遠回しに夫婦に伝えてあげたから、いずれ無事に見つけるだろう。
鍵を見つけてオレを疑うかもしれないが、子どもたちを思い出して、何かを言って来ることもないだろう。
お前たちのおかげだ。本当にありがとう!
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