第一章 政府金庫依頼編

第3話 長男タイラーからの面倒事

「父に仕事の依頼があるんだ」


「へ? 仕事の依頼、だって?」


 オレの息子は傭兵で、世界中を股に駆ける獣人のタイラーが家にいて、オレに飯を作ってくれている。


 何かあるのかぁ、と思っていたら、二日目になって、ようやく本題これだよ、これ。


 オレの警戒心が解けるのを待っていたのか、タイラー自身が良心から葛藤をして押し留まっていたのか。


 まぁ、どっちにしてもだ。彼も覚悟を決めてのことなんだろうな。父親のオレも聞くだけ聞こうじゃないの。


「どんなだ?」


「いやぁ、父には簡単な金庫を開けるだけの仕事だよ」


「ふぅん。じゃあ、他の鍵師でいいんじゃないの? オレじゃなくたっていいでしょうよ」


 話しの切れ味が悪いな、というのが聞いた話しの一番の印象だ。簡単な金庫を開けるだけってんなら、普通なら、オレじゃなくたっていい。


 どこか有名な鍵師に依頼しに行くでしょう。


 まぁ、特殊な金庫で誰も開けられない、って言うのならオレの番なんでしょうが。

 

「いや。父にしか頼めない金庫なんだ」

「なんだよ、その依頼は開かずの金庫なのか?」

「ああ。そうなんだ」

「他の鍵師も、その金庫の開錠を試したのか?」


 ピンクのエプロンが、筋肉と体躯によって大きく可哀想に引っ張られている。太くふわふわと黒くて長い尻尾が左右に揺れていて、オレも振り子のように見入ってしまう。


「全員、ダメだったってさ」

 

「へぇ」


 オレと会話をしながら、丸太に似た腕がウッドハンドルを持つことによって、子どもの玩具に思えてしまうフライパンから、焼けた卵とベーコンを皿の上に乗せた。


 ベーコンエッグ。異世界でも定番の料理が出来る。唯一、オレが食べられる異世界で美味しい料理だ。味つけはない。いや、つけさせない。


 タイラーが皿に盛りつけた自身のベーコンエッグに、味つけとばかりに子袋からざらざらとかけるのは、キラキラ蟲の花粉だ。


 異世界での塩コショウの調味料だが、オレの口には合わない。


 一度食べさせられた感想は「しょうゆとわさびがねられてあんこが隠し味に入れられてるみたいな不協和音」なんだよ。


 濃くてツンと鼻先にきたあとから来る、絶対的な甘味。


 ベーコンエッグや、他の料理に絶対使いたくもない。いや。口に入れたくない。絶対にだ! それ以前に、蟲は無理だよ!


「んめぇええ!」

「よ、よかったな。……それで、依頼の金庫の話しなんだが、どういう経緯でお前に来たわけだよ」

「あ、ああ。そう、それが――」と以降がタイラーからの話しの顛末だ。


 ***


 僕はいつものように仲間たちと飲み屋で、大はしゃぎして呑んでいた。ひと仕事した後の酒は格別に美味いからな。


 酔いも回って来て、気分もハイになってきたときだ。


 明らかに、風貌と雰囲気が場違いな出で立ちをした、四人の御一行様が店内に入って来たのが、目の視界に写った。


 仲間たちは気づかない。そりゃあそうだ酔っぱらっているし、ああ、それは僕も同じだったか。


 でも、僕は気づいてしまったから、騒々しくも煩い空間の中で耳を研ぎ澄ます。まさに聞き耳を立てるって感じだ。


 それでも聞こえるのがところどころの曖昧で、気になってしまって、仲間たちから離れて傍に寄って、聞き耳を立てたのさ。



『また、金庫が開かなかったらしい』


(金庫だって?)


『鍵師は、そいつでで何人目だったかな?』

『恐らくは、……今年か? 何年単位の人数での話しだ?』

『総て、合わせての人数だ』

『覚えている奴、数だと……待てよ』


 男の筋張った手が、両手で折られて開いてと、数回を数えていくのが分かる。


 沢山の数の鍵師が頑張ったってことだったが、結局、どの鍵師たちも開けられなかった金庫って訳だ。


 僕の頭に、金庫の守護神と話しを酌み交わす、一流の鍵師である父の顔が浮かぶ。


 

(父の評判、爆上がり間違いなしっっっっ!)



『しかし、彼女はどうして鍵を貰わなかったんだ、あの方から』

『いや? 元々、あの方の生前からなかったと聞くが?』

『は? 待て、生前までは開けられて死後になくなったという話しだったぞ?』

『あの方は奥さんが隠して、在り処を忘れたと、他の者が聞いたのだが?』

 

 四人の男たちが腕を組み顔を横に傾げた。何が、どう情報が錯そうしているのか。しかし、事実として間違いないことは、鍵がないということだ。

 

 もしも、そんな金庫を絶対に開けられる鍵師がいたとするなら?



『すんませぇん』



 僕がすすす、と手を挙げた。四人の男たちが警戒と一斉に『何だっ、獣人!』と声を荒げる。



『腕のいい鍵師を知っているんですが。依頼、しませんかぁ?』



 ***


「何を! してくれちゃってんのよ!」


 頭が痛い。どうして、そうなるんだ。

 だが、落ち着け。


「はぁあ~~」


 肝心の依頼の話しなんか、相手から来ていないじゃないか。恐らくは開いたんだ。オレじゃない、どこぞの鍵師がやってのけたんだ。よかった、よかった。


「相手から話しが来ていないんだ、もう開いたんだろう」


「いや、僕が父に話しをして頷いたら合図を送る仕組みだから、相手から依頼の話しは父に来ないよ?」


「合図だって? 何をふざけたことを言っているんだ」


 何か、ヤバい相手っぽいな。オレは関わりを持ちたくない。勘弁してくれよ、もう!


「父の仕事の評判が上がって、もっと依頼が来て欲しいんだ」


 タイラーは本当に優しい子に育ってくれたもんだ、神たちの育児に感謝しかない。子どもに心配されるオレもオレなのか。反省をしなきゃいけないのか。


「確かに仕事依頼は数える程度で少ないよ。でも、生活は出来て行けるように蓄えはあるさ。まぁ、お前たちの結婚費用分はもう少し、稼がないといけないけどなっ」


 とは言ったが。オレはいつか絶対に元の世界に帰る。だから金を貯める気も、根を張る気もない。縛りなんか欲しくないんだよ。


 でも、お前たち。子どもたちの事だけが心残りだ。

 オレは、オレ自身が異世界ここに来た経緯を教えてなんかいない。


 話したら分かってもらえるだろうか。どうなんだろう。いつかは話さなければならないだろう、何てことは思っていたんだ。


 考えているうちに子供たちは成人して、それぞれの路と鍵師見習いになった。だが、家にいることは少ない。所詮は兼業だ。副業が兼業の本業よりも忙しくて楽しいんだろう。


 多くを救い。

 多くの目を楽しませる。


 タイラーは傭兵で、メアリー・アンは踊り子を副業にしている。

 

 寂しいが成長して親元から飛び立つのが自然の法則だ。仕方がない。こうして帰ってくれるだけ有難いってもんだよ。ただ、面倒事は原則とお断りだ。


「その依頼を受ける気はないからな」

「却下!」


 がっしゃん、とタイラーが床に何かを割った。

 真っ黒い魔法陣が室内を覆い、バチバチ、と花火が鳴る。眩い光りの多さにオレはドン引きだよ!


「はぁああ?」


 何をしてんだと、オレは床とタイラーを見返した。


「依頼は受けて貰う!」


 タイラーの奴が床に放ったのは【訪問呪縛結界門】ってもので、つまるところの――おいでませぇ、ってこと。


 あなたをわたしたちは心よりお待ち存じておりますっていう、遠くの誰かを、家に招き入れることが出来る移動魔法陣だ。


 始末が悪いことに、これを使う相手はかなりの大物。本当に勘弁してくれよ。

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