秋に鳴らす鍵盤

口一 二三四

大正琴

 亡くなった祖母は奇妙な楽器を持っていた。


 初めて見たのは小学校に上がる前、あるいは上がってから。

 もう何十年も前のことでその辺りの記憶は曖昧だ。

 とにかく祖母は奇妙な楽器を持っていてたまにそれを鳴らしていた。

 年季の入った焦げ茶色のそろばんを一回りか二回りほど、いやもっともっと大きくしたような本体に張られた弦。

 等間隔で付けられてた、バラバラだった気もするタイプライターのようなボタン。

 テレビで見た琴のような形をしていたけど知っている琴とは少し違う。

 まだ幼かった私はそれを『ニセモノ』だと認識して、シンプルな『ホンモノ』よりゴテゴテした外見をまるでおもちゃのようだとよく眺めていた。


 好きだったのだ。

 特撮ヒーローが扱う武器みたいな形状が。

 畳に足を崩して座る丸く曲がった背中が。


 お手製の収納袋から取り出される楽器入りのケース。

 一緒に仕舞われていた冊子を開けば並ぶ様々な歌。

 私が見ても何が何やらわからない楽譜とにらめっこしながら祖母は指を器用に動かし音楽を奏でていた。


『秋の夕暮れに照る山紅葉』


 歌詞が合っているか不安になって調べると『夕暮れ』ではなく『夕日』だった。

 そもそも本当にこの歌だったのかも怪しい。

 幼い頃の記憶なんてそんなもので、いかに自分が曲ではなくその独特の音色を好んで聞いていたのかがよくわかる。


 障子越しに入ってくる陽射しと微かな外気。

 少し開けてみれば辺りを飛び交うトンボ達。


 季節は秋。

 それだけは色鮮やかに覚えている。


 具体的にどういう仕組みで音が鳴っていたのかは知らない。

 二十歳を越えてから『ボタンのついた琴』で調べた記憶はあるが名前以外のことは失念してしまった。

 改めて調べればわかるだろうが、知らないままの方が当時と同じ気持ちで思い出の中の祖母に会える気がして放置している。


 現在私はタイプライターのようなキーボードを使っている。

 アニメの影響で興味を持ち買った物だが思い返してみれば。

 鍵盤を打つ祖母の姿が羨ましかったからなのかも知れない。


 と、この思い出話を書いていくうちにふと思ったりした。


 楽器のように何か音色を奏でているわけではないが。

 今日もこうして淡く響く言葉達を紡ぎ過ごしている。

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