第60話 要請があっても断るしかない
馬森さんには、概略ではあるが、実の両親の話をしたことがある。
俺を捨てたということも話をした。
いつものように表情を変えることなく俺の話を聞いていたが、聞き終わった後、
「社長のご両親のことなので、あまり言いたくはありませんが、酷い方々だとわたしも思わざるをえません。社長は幼い頃から苦労されて大変だと思います。わたしはこの話を聞いて。改めて社長を支えていかなければならないと思いました」
と言ってくれた。
馬森さんは俺の実の両親の情報をこうして得ていたので、
「俺と会わせない方がいいのでは?」
と思ったそうだ。
しかし、そう思ったのは一瞬で、すぐに思い直した。
俺が会社に着くまで後二十分ほどの状況であるので、もしここで断ったとしても、そのぐらいの時間はすぐ経ってしまう。
断ること自体は自信があるものの、こうした微妙な時間軸なので、馬森さんとしては俺の判断を求めた方がいいとと思ったということだった。
そこで、馬森さんは、俺に電話をして、実の父親だというこの来客が来たことを伝えるとともに、俺の判断を仰ぐことになった。
馬森さんの判断で、その間、実の父親は、別の部屋で待機することになる。
俺は、
「話は理解したしました。対応は今のところそれでよろしいです。わたしの判断は、会社に行ってからしたいと思います。お手数をおかけして申し訳ありません。ありがとうございます」
と言って電話を切り、改めて改札に向かって行った。
そして、会社に着き、社長室に入ると、改めて馬森さんから話を聞いた。
その話の最後に、馬森さんは、
「改めてということになりますが、お会いするということでよろしいでしょうか?」
と俺に確認を求めてきた。
俺は、実の父親とはずっと音信不通だったのだが、俺がこの会社の社長をしているという情報をどこからか入手したのだと思う。
しかし、さすがに俺の今住んでいるところまではわからなかったようだ。
それで会社に乗り込んできたのだろう。
俺と別れる時は、前途に希望を持っていて、俺のことなど全く無視をしていたようだったので、今になって会いにくるとは思ってもみなかった。
まあ、こういう時に来るのは、お金の無心だろう。
現在、実の両親がどういう暮らしをしているのかは、全く知らないし、知りたいとも全く思わないが、何らかのことでお金に困っているという想像はできる。
俺が社長になっているということで、お金があると思ってここにきたのだと思う。
俺としては、父親というのは今のお父様のことだ、
ここに来たという人は、実の父親なのだろうが、実の母親と離婚した時に、実の母親と同様、向こうから縁を切っているので、今はもうただの他人にすぎない。
馬森さんと電話をしていた時や、今ここで話を聞いていた時は会うことを前提としていたのだが、こうして考えている内に、
「会うのを断るべきでは」
と一瞬思った。
お金の無心に来ていることはほぼ間違ないのだから、会ったところで時間の無駄だ。
俺の返事は、
「要請はお断りいたします」
でしかないからだ。
そして、今までも持っていて、それでも何とか抑え込んできた実の父親の憎しみがまた沸き上がってくるだけのことだろう。
俺の心にとっても。マイナスにしかならないものだ。
人間としてのレベルんも下げてしまう気がする。
しかし、俺はすぐに思い直した。
ここで会わないとまた押しかけてくるかもしれない。
そうすると、馬森さんやこの会社の人たちに迷惑をかけることになってしまう。
それは申し訳ないことだ。
俺はここで実の父親と会い、きちんと、
「いくら要請をされても、わたしはお金を出しません」
と言って断るべきだろう。
そうした厳しい態度をとることにより、二度とこのようなことのないようにしなければならない。
俺はそう思い、馬森さんに、
「会うことにします。応接室で会うことにしますので、よろしくお願いします」
と応えた。
そして、俺は実の父親に会う為、応接室に向かった。
(あとがき)
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