第54話 秘書

 俺は高校に入学したのを機に、秘書をつけてもらうことになった。


 このことは、以前から計画されていたことなので、計画通りに進んだと言っていいだろう。


 井頭さんは秘書的なこともしてくれていて、ありがたいことではあるが、大変だと思っていたので、その点での負担が減ることになり、俺としてもホッと一安心するところだった。


 井頭さんは、もともと俺を後見役として支える役割だったのだが、それが今までよりも強くなっていくと思う。


 俺の秘書に抜擢されたのは、馬森(うまもり)くきのさん。


 IT関係の主要な資格はもちろん持っていて、入社してわずか三年の間に部長職に昇進するほどの才媛。


 本社の方では、将来を嘱望されている存在だった。


 二十五歳でショートヘアの美人。


 めがねをかけている。


 ただ、恋愛のことについては、全く興味がないという話。


 告白する人たちは、学生の頃からたくさんいたらしい。


 でも、全員断ってきたとのこと。


 自分でも、


「仕事が恋人」


 だと言っているらしい。


 笑うことはめったになく、ほとんど表情を変えることはない。


 淡々と仕事を能率よくこなしていく。


 それが魅力的だと思い、告白する人たちが昔からいる一方で、冷たい人だという印象を持つ人たちも結構いるようだ。


 しかし、それは、それだけ仕事に全力投球しているということなのだと思う。


 そして、馬森さんは、それだけの成果を上げてきている優秀な人材だ。


 その優秀な人材を今のお父様は、俺の秘書にしてくれた。


 本社での出世コースから外れることになるので、本人は嫌がるのでは、と俺は思った。


 でも、今のお父様の話では、表情を全く変えることなく受け入れたそうだ。


 俺と三月の下旬、初めて会った時も、少しも嫌な表情をすることはなく、


「馬森くきのと申します。これから社長の秘書を務めさせていただきます。秘書として。社長をサポートし、この会社の業績をさらに向上させる為のお手伝いをしてきたいと思います。よろしくお願いします」


 と言って頭を下げてくれていた。


 俺は馬森さんと会う直前、


「社長と秘書」


 という言葉が心の中に浮かんでいた。


 心のどこかで、社長と秘書の恋愛ということを夢想していたのだと思う。


 俺も思春期なので、夢想してしまうのも仕方がない、と自分でそう思っていた。


 この時だけは、紗淑乃ちゃんのことは、少しではあるものの、馬森さんよりも後ろ側になっていたと言えるだろう。


 俺の心の中では、紗淑乃ちゃんに申し訳ない気持ちが生まれていた。


 紗淑乃ちゃんと恋人どうしにはなっていなくても、紗淑乃ちゃんに対しての想いが恋というところまで到達していなくても、俺の心の中では紗淑乃ちゃんのことを一番大切にしたいという想いがあるので、そういう気持ちが生まれるのだと思う。


 ただ、それでもその時は、夢想を抑えることができなかった。


 しかし、馬森さんと会った途端、その夢想は心の奥底にしまわれることになった。

 一見冷たい人に見えるところはあるが、心の底から冷たい人間ということではないようだ。


 美人だし、俺も心は動かされるところはある。


 恋人として付き合いたいという気持ちもないわけではない。


 でも、馬森さんの心の中は、仕事のことで一杯だ。


 俺を異性として認識することなどないはずだ。


 魅力的な人だと思うが、俺も馬森さんのことを異性としては認識せず、仕事上のパートナーとして位置づけるべきだと思うようになっていた。


 将来のことはまだわからないけれども、この方針でいこうと俺は思い、


「こちらこそよろしくお願いします」


 と応えて、頭を下げるのだった。


 馬森さんを秘書に迎え。新体制となった俺の会社は、さらなる発展をしていくことになる。

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