第53話 一人暮らし

 俺は高層マンションの十一階に住むことになった。


 この場所からの眺めはとてもいい。


 俺は一人ぐらしを始めたことにより、私生活の面でも自立することになった。


 家事は面倒ではあったものの、もともと小学校低学年の時には既に一通りのことはできたので、そこまで苦だとは思わなかった。


 この部屋の支払いは、俺が全額出した。


 俺が社長をしている子会社は、この中学校の三年間で急成長し、業界の中でも大きく注目されるほどの規模になっていた。


 しかも、お父様も俺も。「ホワイト企業」を目指し、その方向に向かって進んでいるので、その点での評判もいい。


 俺はその業績に応じた報酬をもらっていたので、マンションの部屋の支払いを全額俺が行っても大丈夫なほどになっていたのだ。


 ここまで来るには、もちろん苦労した。


 俺のことをまだ若年と侮る人たちは、小学校六年生の時に取引を開始した取引先や俺の部下になった人たちの中には、もういなくなっていた。


 自分でいうのは恥ずかしいが、それだけ俺の実績を評価してくれたのだと思う。


 しかし、俺が中学生になった後で、新しく取引を開始した取引先や俺の部下になった人たちについては、まだ俺のことをよく知らないので、侮る人たちは多かった。


 俺の話の半分も聞いてくれない人が多い。


 それどころか、俺の言うことに全く耳を傾けない人たちもいた。


 小学校六年生の時の方がまだ聞いてくれた気がする。


 中学校一年生の方が侮られやすいのだろうか?


 そんなことはないはずなのだが、俺はそうした状況に置かれてしまった。


 これでは仕事がうまく進まない。


 小学校六年生の時もそうだったのだが、俺はこうした人たちに対して、自分の能力を理解してもらうところから始めなければならなかった。


 しかし、地道な努力は少しずつ実を結んでいった。


 中学校一年生の間は、そこまで成長しなかった会社だったが、一旦俺の信用が確立された後は、俺自身も驚くほどの成長ぶりを示すようになったのだ。


 高校生になった今では、俺のことを若年と侮る人たちはほとんどいなくなった。


 そして、会社が急成長したことによって、俺は業界内で高い評価を受けるようになった。


 ただ、中学校では、このことは誰も知らなかった。


 俺がこの子会社の社長であることすら知らなかった。


 俺は中学生の間、小学校六年生の時よりも多くの取引先を始めとした海千山千の人たちと接してきたので、仕事上のコミュニケーション能力は大いに鍛えられてきた。


 しかし、私生活では相変わらず人とのコミュニケーションを取ることは苦手なままだった。


 その為、小学生の時と同じで、話をすると面倒なことになるだけだと思う気持ちが強く、なるべく学校では、伸時ちゃんときぬなちゃんと紗淑乃ちゃんの幼馴染の三人以外と話すことは避けるようにしていた。


 紗淑乃ちゃんは相変わらず俺に対して対応する時は無表情のまま。


 しかし、話自体はそれなりにしていた。


 この幼馴染の三人以外と話すことを避け、また、もともと目立たないタイプだったということもあり、俺には「空気くん」というあだながつくようになっていた。


 このあだなの通り、俺は中学校では「空気」のような存在だった。


 これを蔑称のように認識していた人たちは一定数いた。


 しかし、俺の特徴をつかんでいるあだなだと思っていたので、俺の方は蔑称という認識をすることはなかった。


 その為、別に嫌なあだなではなく、「空気」のような存在だと思われるのは、目立つことがもともと嫌いな俺にとっては好都合だった。


 俺は自分が社長であることを話すと、「空気」のような存在ではなくなってしまう。

 それが嫌だったので、俺は幼馴染の三人以外にそのことを話すことはなかった。


 そして、伸時ちゃんときぬなちゃん、そして、紗淑乃ちゃんは。俺がこの子会社の社長であることは知っているものの、その業績については詳しい話をすることはなかった。


 話をしたとしても、


「いい調子だよ」


 と言うぐらいだ。


 それは、この三人とは、そうした詳しい話を抜きに接していたかったからだ。


 この三人の方も同じ気持ちだったようで、俺に対してこの子会社の業績のことを聞いたことは、今まで一回もない。


 もちろんこの成果は、俺の力だけで成し遂げられたわけではない。


 今の両親のブランド力がなければ、成長はもっと遅いものであったと思う。

 井頭さんの貢献も大きい。


 そして、今の両親と井頭さんはいつも的確なアドバイスをしてくれるので、どれだけ助けられたかわからない。


 感謝の気持ちで一杯だ。


 仕事や業績の詳しい話はしなかったものの、俺に対して励ましの言葉をかけてくれる伸時ちゃんときぬなちゃんにも感謝している。


 紗淑乃ちゃんも、


「応援しているわ」


 と相変わらず無表情ではあったものの、言ってくれていた。


 俺としては、


「こういう時は微笑みながら言ってくれるといいんだけど……」


 と思っていて、複雑な気持ちではあった。


 でも、言ってくれること自体はありがたいことなので、感謝をしていた。


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