第37話 後継者
「いえ。もうぼくにとっては前世のことなので、今さらどうにもできません。おじいさまには、前世のぼくに対して精一杯配慮していただいたと思っています、今でもそのことについては感謝しております」
ぼくがそう応えると、おじいちゃんは、
「そう言ってもらえると、わたしとしてはありがたい」
と言った。
そして、
「今日、ここにわたしが呼んだのは、きみの前世のことをきみの口から聞き、前世の忠陸の生まれ変わりであることを確認したかったことがまず一番目にあるのだが、もう一つ理由がある」
と言った。
「なんでしょう?」
ぼくは再び緊張してきていた。
「それは、きみをわたしの後継者にしたいということだ」
おじいちゃんの言葉は、ぼくにとって、あまりにも予想外の言葉だった。
ぼくはまだ小学校一年生でしかない子供だ。
ぼくが呆然としていると、おじいちゃんは、
「きみは前世でも優秀だった。きみが高校生になった頃は、わたしはまだ独立していなかったのだが、独立を考え始めていたのだ。その時に、きみを後継者として育成しようと思っていた。わたしにはきみの母親でもある娘が一人いた。しかし、子供はその一人だけしかいなかったのに、残念ながら、自分の方からわたしたちと縁を切ってしまった、その為、わたしの直系ではきみしか後継者にできなかったということもあるのだが、それだけではない。きみはわたしの後継者となるにふさわしい資質を持っていたのだ。しかし、後継者のことを話す前に、きみはこの世を去ってしまった。わたしはもう同じ失敗は繰り返したくないと思っている。きみは優秀だから、今から英才教育をほどこせば、中学生になる頃には、今わたしが経営している会社の子会社の社長になれるだろう。そこでまた研鑽をつんでいけば、大人になる頃には、本社の方の社長の座をわたしがきみに譲ることができると思っている。わたしの今まで言ったことは理解できるね」
とまた威厳のある口調に戻って言った。
おじいちゃんはぼくのことを買いかぶっている。
ぼくはおじいちゃんの話を聞いていて、そう思わざるをえなかった。
「おじいさまのおっしゃられたことはもちろん理解できます。ただ、ぼくのことを評価してくれるのはありがたいのですが、自分では、そこまでの能力があるとは思っていないのです」
ぼくがそう応えると、おじいちゃんは、
「きみのそういうところも優秀なところだ。おごり高ぶるところがないところがいい。経営者というのは、そういうところを資質として持っていなければいけないと思っている。わたしもいつもそこは気をつけているところだ。それをきみは既に身につけているので、わたしとしては、このところでもきみを高く評価したい。ますますわたしは、きみに後継者になってほしいと思うようになってきたよ。まあ、心配することはない。既にきみを後継者として育成する為の計画自体は、おばあさんにきみの前世の話を聞いた時から練り始めている。わたしの立てた計画通りに動いていけば絶対にうまくいく」
と言った。
ぼくは、おじいちゃんの申し出を受けるかどうか、悩んだ。
自信はあるとは言えない。
おじいちゃんの会社は、急成長中の会社で、今後ますます大きくなっていくだろう。
そういう会社の子会社とはいうものの、中学生になった頃に社長になるというのは、今のぼくにとっては、あまりにも遠くて大きな目標すぎる。
そして、本社の社長の座をぼくが大人になった時に譲ると言っているが、それこそ雲の上の話だろう。
そう思うだけで気を失いそうになる。
しかし、ぼくは一方で、これから両親の離婚を迎える可能性が高く、その時には絶体絶命のピンチを迎えてしまう可能性も高い。
前世と同様に、おじいちゃんとおばあちゃんのお世話になることが、そのピンチを避ける為には、一番いい方法だとは思う。
でも、このままだと前世のように、ただお世話になるだけで、なにもおじいちゃんとおばあちゃんに返すことができなくなってしまう。
それだけではなく、ぼくは前世でお世話になった分ですら何も返せていないのだ。
前世での分とこれから今世でお世話になる分を少しでも返していく為には、ぼくがおじいちゃんの後継者になることが一番いいと思う。
いや、それしかないだろう。
つらく苦しいことは多いと思うけど、もうぼくはこの道を進むしかなさそうだ。
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