第26話 幼馴染、そして、実の両親

 そして、紗淑乃ちゃん。


 口数が少なく、きぬなちゃんとは違って、明るい少女とは言えないだろう。


 しかし、かわいらしいし、この時点で美しさも既に持っている。


 きぬなちゃんとは正反対の性格だと思うので、気が合わなさそうに思う。


 実際、きぬなちゃんが十話しをすると、紗淑乃ちゃんは一返すぐらい。


 でも、それでうまくバランスが取れているので、二人は意外と気は会っているようだ。


 紗淑乃ちゃんは男性が苦手なのか。伸時ちゃんと話をすることはほとんどないし、ぼくとも話をすることはほとんどなかった。


 しかし、それで気まずくなることはほとんどなかった。


 伸時ちゃんときぬなちゃんがいつも賑やかにしているので、ぼくと紗淑乃ちゃんもその中で楽しく会話ができていた。


 今思うと、この三人と一緒に遊んでいた時は楽しかった。


 両親の仲がこれで良くて、ぼくにある程度やさしく接してもらえていれば、最高の状態にかなり近づく時代になったと思う。


 ただ、この頃のぼくは紗淑乃ちゃんのことはほとんど理解できていなかった。


 幼稚園に入って知り合ってからしばらくの間は、ぼくと少し距離を取っていたように思っていたのだが、その年の九月になると、ぼくのそばに必ずいるようになった。


 それだけではなく、毎日必ず一回、無表情のまま、


「わたし、定陸ちゃんのことが好き」


 と言うようになったのだ。


 普通だったら、既に美少女になっていると言える紗淑乃ちゃんにそう言われたら、喜びに包まれて行くと思う。


 しかし、紗淑乃ちゃんの場合、無表情で言う為、喜びに包まれることはなく、怖さまでも感じるようになっていた。


 そして、何といっても、その言葉を言う紗淑乃ちゃんの意図が、当時のぼくには全くわからなかった。


 ぼくが怖く思う気持ちを抑えることができたとしても、何の感情も表すことなく、


「好き」


 と言って、それが紗淑乃ちゃんの本心なのかどうかがわからないのだ。


 ぼくは、「ませガキ」だと言っていいだろう。


 男女についての知識をある程度身につけていただけではない。


 大人のような言葉使いや心配り、そして、大人のような考え方を、幼稚園の頃からある程度身につけていた。


 前世のことを思い出す前だった。


 ぼくがそうなったのは、両親の影響が大きい。


 物心がついた頃には、「家庭内別居」の状態になっていた二人は、たまったストレスを発散させる為、ささななことでぼくを怒った。


 特に、槍玉に挙げられたのは、通常の子供が使う言葉づかいや考え方だった。


 本人たちは「しつけ」と称していたが、ぼくからすればただのストレス発散としか思えなかったのだ。


 叩かれたことも少なくはない。


 ぼくは、両親の攻撃をなんとか避ける為、幼稚園生ではあったものの、一生懸命、大人のような言葉使いや気配り、そして大人のような考え方を身につけようと努力した。


 幼稚園の保母さんにも、協力を要請した。


 こういうことは、身近な大人の指導をあおぐことが必要だと思ったからだ。


 ただ、ぼくは、この保母さんにはいつもお世話になっていて、両親のことで心配をかけたくはなかったので、両親の強い要請であることは言わずにお願いをしたのだった。


 保母さんは、困惑していたところもあったものの、ぼくが真剣にお願いをした結果、親身になって協力をしてくれるようになった。


 その結果、そのことで両親に怒られることはなくなったのだが、本来この年代が持っていたはずの子供らしさは失われてしまった。


 すると、今度は両親から、


「なんでお前は子供らしくないの! 全く腹の立つ子だわ!」


 と言って怒られるようになった。


 言うことが百八十度変わってしまったのだ。


 それからも叩かれることは少なくはなかった。


 つまり、両親は、ストレスを発散しようとして、怒る為の口実を探しているだけで、ぼくのことを思って「しつけ」をしているわけではないということだ。


 ぼくは、既に子供らしさをなくしてしまっていたので、今さらそのように言われても、子供らしい対応に戻ることはできなくなっていた。


 その為、両親には怒られながらも、大人のような対応を続けていく。


 おじいちゃんとおばあちゃんにも、会った当初からそのような態度で接していたので、おばあちゃんには、


「定陸ちゃんは小学校一年生なのに、もう大人みたいになっていて、頼もしいわね」


 と言って評価してもらっていたが、その一方で、


「定陸ちゃんも、家でいろいろ苦労した結果、そうしたことを身につけたのね……」


 と言って同情もしてもらっていた。


 おばあちゃんはそれだけぼくのことを気にかけてくれている。


 ありがたいことだ。


 このように、「ませガキ」として成長してきたぼく。


 けれども、恋というものになると、まだまだ理解できていなかったところは多かった。


 しかし、恋というものをある程度理解していたとしても、この紗淑乃ちゃんの行動を理解することは難しかったと思う。


 ぼくに対して、「好き」と言う以外の時に微笑んでくれれば、ぼくも紗淑乃ちゃんに心が傾いていったと思う。


 でも、ぼくに対して微笑んでくれたことは一度もない。

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