第5話 俺の前で唇と唇を重ね合う二人
「結局のところ、俺は理想の人と出会うまでのつなぎだったということなんだね」
俺は喜緒乃ちゃんに対してそう言った。
「そういうことよ。ただ、倉春くんには、ほんの一時期だけど、恋する心を持ったことはあるのよ。まあ、今となっては、もうどうでもいいことだけど」
次から次へと俺に打撃を与えてくる喜緒乃ちゃん。
喜緒乃ちゃんの言葉からすると、四月・五月の頃は、相思相愛の恋人どうしとして付き合うことはできていたのだろう。
その時、喜緒乃ちゃんが言った、
「忠陸ちゃん、好き」
と言う言葉は本心からのものだったと信じたいところだ。
でも、喜緒乃ちゃんはその時のことをどうでもいいことだと言っている。
俺としては、もう一度喜緒乃ちゃんの心を俺の方に向けさせたい。
俺が成しえなかった、二人だけの世界に喜緒乃ちゃんは糸敷と一緒に入ってしまっているという話だが、まだそれほどの回数はこなしていないはず。
今ならまだ挽回できるかも、と思ったのだが……。
「倉春くん、まだわたしとやり直せると思っているようだけれど、わたしはもう舞助くんと何度も二人だけの世界に入っているの。素敵な時をおくっているわ。その度に、舞助くんへの愛しさは増す一方なのよ。もうわたしは舞助くんのもの」
喜緒乃ちゃんはうっとりした表情で糸敷の方を見る。
それを受けて、糸敷は、
「よく言ってくれた。喜緒乃。俺は喜緒乃のものだ。それだけ俺たちはお互いのことを愛しているのだよ。どうだ、倉春、俺たちは既に一心同体というところまで来ているのだよ。お前が入る余地などもうどこにもないのだ」
と俺を嘲笑しながら言った。
わずか一か月半ほどの間に、ここまで二人の仲は進展していたのだ。
確かに喜緒乃ちゃんは、幼い頃からイケメンが好きだと言っていた。
イケメンな王子様が迎えにきてくれるという話も時々俺にしていた。
でも、それは理想としての話で、実際には俺に好意を持っていて、恋人どうしとして付き合うところまで行っていたのだ。
それだけ糸敷という男は喜緒乃ちゃんの理想の人だということなのだろうか……。
しかし、俺は喜緒乃ちゃんをあきらめたくはない。
淡いもので具体的なものではなかったものの、大人になったら結婚したいという思いを俺は、幼い頃から抱いてきた。
それをあきらめたら、俺という存在そのものが無意味になってしまう気がする。
俺は、
「喜緒乃ちゃん、俺のところに戻ってきてくれ。俺は喜緒乃ちゃんのことが好きだ。愛してるんだ。この気持ち、幼い頃から一緒に成長してきた喜緒乃ちゃんなら理解してくれるはず。俺は喜緒乃ちゃんと大人になったら結婚したいんだ!」
と喜緒乃ちゃんに対して叫んだ。
すると、糸敷は、
「倉春よ、俺がなぜ今日お前もここに呼んだかわかるか?」
と言ってきた。
「どういうことだ?」
「お前の心に大きな打撃を与え、喜緒乃への想いを断ち切らせる為にここに呼んだのだよ」
「もう俺は既に心に大きな打撃を受けているよ。でも、俺はあきらめることはない」
「なかなかの心意気だ。その点は褒めてやろう。まあ、俺もそれほど酷い男ではないからお前にさらなる打撃は与えたくはなかったのだがな。仕方のないことだと思うしかない」
糸敷はそう言うと、喜緒乃ちゃんの方を向く。
そして、喜緒乃ちゃんを抱き寄せた。
「こ、これはどういうことだ? 喜緒乃ちゃんからすぐに離れろよ……」
俺はそう言うのだが、言葉に力が入らない。
そして……。
「喜緒乃よ、好きだ」
「舞助くん、好き」
二人は唇と唇を近づけていく。
俺はそれを止めようとするのだが、体も動かないし、声もでない。
やがて、二人の唇と唇が重なり合っていく。
俺にとっては、全く信じられない展開だ。
俺は、
「喜緒乃ちゃん、俺は、俺は喜緒乃ちゃんのことが好きだし、喜緒乃ちゃんも俺のことを好きだって言ってくれたじゃないか。それなのに、なぜこんな仕打ちを俺にするんだ。酷すぎる。あまりにも酷すぎる……」
と言いながら、目から涙をこぼし始めていた。
(あとがき)
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