第4話 苗字呼びをする幼馴染

 糸敷は、もう喜緒乃ちゃんと二人だけの世界に入ったことがあると言っている。


 糸敷は、喜緒乃ちゃんと恋人になったことを俺に誇示したいのだろう。


 糸敷は心を整えた後、喜緒乃ちゃんとのなれそめの話を、俺が聞きたくもないのにし始めた。


 喜緒乃ちゃんも話に加わってくる。


 糸敷が得意げに話すこともあって、俺は心がだんだん苦しくなってきた。


 そして、糸敷は、喜緒乃ちゃんと二人だけの世界に入っていったことについても、俺に得意げに話をしてきた。


 俺は糸敷の言葉を信じたくはなかった。


「糸敷くんが喜緒乃ちゃんと二人だけの世界に入ったと言っているけど、それは嘘だよね!」


 俺は喜緒乃ちゃんにそう言って同意を求めた。


 そうだ。


 糸敷の言っていることは嘘に違いない。


 喜緒乃ちゃんと俺の仲を裂く為の糸敷の作戦なんだ。


 俺と幼稚園の頃から一緒の幼馴染で、俺の恋人になった喜緒乃ちゃんが、俺のことを裏切るようなことをするはずがない。


 惑わされてはいけない。


 さあ、喜緒乃ちゃん、


「糸敷くんが言っていることは嘘よ」


 と言って俺を安心させてくれ!


 祈るような気持ちで喜緒乃ちゃんの言葉を待つ。


 すると、喜緒乃ちゃんは、


「忠陸ちゃん、わたし、今日会った時の言葉を忘れていないよね」


 と言ってきた。


 表情も真剣なものになっている。


「もちろん覚えているよ。『わたし、今日、忠陸ちゃんと大切な話がしたくて誘ったの』と言ったんだよね」


「その言葉を覚えていていることについては敬意を表するわ」


「ここでその大切な話をしようと言うんだね」


「そうよ。今までの展開でだいたい想像できるとは思うけど」


 俺は喜緒乃ちゃんの表情と言葉から、大切な話というのは、


「俺との別れ話」


 であることを理解した。


 ということは、糸敷が言っていることは本当だということか……。


 俺は愕然とした。


 喜緒乃ちゃんは、経緯はわからないが、喜緒乃と付き合うことに決めたのだ。


 その過程で、糸敷と二人だけの世界に入っていたのだろう。


 厳密に言うと、糸敷と付き合うことを決めた時から今日までの間は、俺と糸敷の「二股状態」になるのだが、喜緒乃ちゃんにはそういう認識はないのだろう。


 すぐにでも俺と別れたかったのだが、機会がなく、今日別れることを宣言することになったのだろう。


 でも、糸敷の虜になった喜緒乃ちゃんにとってはささいなことに違いない。

 もう俺のことなどどうでもいいんだ……。


 俺が気落ちし始めていると、喜緒乃ちゃんは、


「だいたい想像できたようね。では、わたしから言葉できちんと言ってあげるわ。わたし、舞助くんに六月の上旬に告白されたの。まさかわたしのあこがれだったイケメンの舞助くんニ告白されるとは思わなかったわ。舞助くんは大人気でしょう? わたしの手の届く人ではないと思っていたのよ。それが告白されたのだから。わたし、もううれしくてたまらなくなっちゃって。その場で付き合うことをOKしたわ。ねえ、舞助くん」


 と糸敷の方を向いて微笑んだ。


 だいたい想像してはいたことではったものの、それでも俺の心に与える打撃は大きい。


「喜緒乃ちゃん、俺と喜緒乃ちゃんは付き合っていたよね。俺は喜緒乃ちゃんのことが好きだし、喜緒乃ちゃんも俺のことを好きだと言ってくれていた。それなのに、なぜそんなにすぐに心が変わってしまうんだ? しかも、俺たちは幼馴染だというのに……」


 俺は悲しさに耐えながら、何とか喜緒乃ちゃんにそう言う。


「忠陸ちゃん、いや、倉春くん。これからはそう呼ばせてもらうわ」


「喜緒乃ちゃん……」


 俺の名前が苗字読みになってしまった。


「倉春くんとは幼馴染であることはもちろん、そして、倉春くんに恋をして、倉春くんの告白を受け入れて、恋人どうしに一時期なったのは、わたしも認めるわ。でも、わたしはもともとイケメン好き。幼い頃から王子様が現れるのを待っていたの。わたしもこの高校に入るまでは、倉春くんが一番理想に近い男性だと思っていたわ。倉春くんはイケメンの部類には入るから。それで付き合い出しだと言っていいの。でも、舞助くんをこの高校で初めて見た時、この人こそがわたしの理想の人では、と思ったのよ、とはいうものの、舞助くんの人気はどんどん上がっていって、話しかけることすら難しかったの。その間に、他の女子生徒と付き合い出したという噂が耳に入るようになって、これはもうあきらめざるをえないかな、と思っていたところに、舞助くんの告白があったの。わたしがどれだけうれしかったか、倉春くんにはわからないでしょう」

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