第3話 イケメンの笑い

 俺の耳に男子生徒の声が聞こえてきた。


 俺のことを褒めてくれているようだ。


 いや、違う。


 俺のことを嘲笑しているのだ!


 そう思って声の方向に向くとそこには……。


 学年一のイケメン、糸敷舞助(いとしきまいすけ)がいた。


 悔しいが、容姿の面では俺より糸敷の方が上だと言わざるをえない。


 同学年の女子生徒の間の人気が一番高いだけではない。


 上級生の女子生徒の間の人気も一番高いと言っていいほどだ。


 その糸敷がなぜここに?


 まさか、喜緒乃ちゃんとここで会う約束していたのでは?


 いや、そんなことはないはず。


 偶然だ。


 偶然ここにいただけなのだ!


 でも、喜緒乃ちゃんと約束していた可能性がないわけではない……。


 俺の心の中で、そうした思いが戦いを始めていると、糸敷は、


「俺がここにいる理由を知りたいだろう。どうだ? 倉春よ」


 と猫なで声で言ってきた。


 俺はその態度に腹が立ってきて、


「別に教えてもらわなくていい。どうせ、偶然ここにいただけのことだろう」


 と言った。


 俺としてはそう思いたかったので、喜緒乃ちゃんに対し、


「そうだよね。糸敷くんは、偶然ここにいただけだよね」


 と言って同意を求めた。


 すると、糸敷は、


「倉春よ、お前はずいぶんとおめでたいやつなんだな。大したものだ。今、お前の前には、俺という存在がいて、喜緒乃という存在がいる。そして、その場所は、男性と女性が仲を進めていくホテルの前。これを意味するところがわからないとはな」


 と言って俺のことを嘲笑する。


 そして、喜緒乃ちゃんに対して、


「なあ、喜緒乃。普通だったら、このホテルの前にいる意味がわかるだろう? それなのに、倉春は、ここで俺たちが待ち合わせをしている意味がわからないようだ。鈍いね。まあ、あきれたものだな」


 と話しかける。


「普通だったら、意味するところはわかるよね。舞助くんが言う通り、鈍いと思うわ」


「そうだろう」


 喜緒乃ちゃんと糸敷は顔を見合わせて笑い合う。


 俺は二人の仲睦まじそうな様子を見て、


 もしかすると、二人はここで二人だけの世界に入る為に待ち合わせをしたのでは?

 と思い始めていた。


 でも、喜緒乃ちゃんは俺の恋人。


 別れてもいないのに、そんなことをする子じゃない!


 そう言う気持ちは強かった。


「そう言われても、意味するところはわからない、偶然以外のことは考えられないんだ」


 俺はそう言った。


 もし、二人が恋人としての最高の段階の一つに入る為に、ここを集合場所にしたということであれば、その時点で喜緒乃ちゃんは俺に対して浮気をし始めたことになる。

 そして二人がこのホテルに入り、恋人としての最高の段階に入ってしまったら、その時点で俺は寝取られてしまったことになる。


 そんなことはあってはならない。


 俺は喜緒乃ちゃんの恋人なのだ!


 しかし……。


「偶然だなどと、ずいぶんとふざけたこことを言うやつだ。まあ、わからないようだから、俺が教えてやることにしよう。いいな、喜緒乃よ」


「もちろんよ」


 喜緒乃ちゃんと糸敷はそう言った後、微笑み合う。


 そして、糸敷は、


「俺と喜緒乃は、今日、ここで二人だけの世界に入る為に待ち合わせたんだ。この後、俺たちはここで二人だけの世界に入っていく。どうだ、うらやましいだろう。そして、せっかくだからもう一つ教えてやろう。俺と喜緒乃がこのホテルに入るのはこれが初めてではないんだ」


 と言ってきた。


「これが初めてではないって、どういう意味……」


「やれやれ、お前はそういうこともわからないのか。ますますあきれてきたぜ」


 糸敷はそう言いながら、俺のことを嘲笑する。


 いや、その意味するところはわからなくはない。


 喜緒乃ちゃんは、


「既に自分と恋人としての最高の段階の一つに入っている」


 と糸敷は言っている。


 しかし、俺はそれを認めたくはない。


 喜緒乃ちゃんは俺のことが好きだ。


 喜緒乃ちゃんは俺に恋し、愛してくれている。


 糸敷に心を奪われるはずはない!


 俺はそう強く思っていたのだが……。

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