第2話 デートのはずだったのだが……

 喜緒乃ちゃんとの待ち合わせ場所である駅前には、既に喜緒乃ちゃんが来ていた。


 俺はほぼ時間通りに来た。


 しかし、待たせるのは良くないことだろう。


 俺は、喜緒乃ちゃんに、


「ごめん、待った?」


 と言った。


 すると、喜緒乃ちゃんは、


「ううん、そんなに待ってはいないよ。気にしないで」


 と応えた。


 そして、喜緒乃ちゃんは、


「わたし、今日、忠陸ちゃんと大切な話がしたくて誘ったの」


 と真剣な表情で言ってきた。


 喜緒乃ちゃんと電話で話をした時は、


「今日、会いたいんだけど、いいかな?」


 と割合軽めに言っていて、


「大切な話」


 としたいという雰囲気ではなかった。


 それが今、喜緒乃ちゃんからは、重い雰囲気が漂ってきている。


「大切な話って?」


「ここでは話しにくいので、場所を変えたいんだけど、いい」


 喜緒乃ちゃんが何を言いたいのかはわからないが、とにかく話を聞く必要がある。


「もちろんいいけど」


 俺がそう言うと、喜緒乃ちゃんは、


「じゃあ、わたしについてきて」


 と言った。


 そして、俺たちは歩き出す。


 いつものデートだと手をつないで歩くのだが、今日の喜緒乃ちゃんは、そういう雰囲気ではなく、俺が、


「手をつなぎたいんだけど」


 と言ったら、即座に断られそうだ。


 喜緒乃ちゃんは落ち着いて話ができるところに行こうとしているのだろう。


 喫茶店ではないかと思う。


 そこで話を聞き、俺がアドバイスできそうであれば、親身になってしてあげよう。

 俺はそう思っていると、ホテル街と思われるようなところに俺たちは入って行く。


 それもただのホテルではない。


 男性と女性の仲を進めていくホテル街だ。


 これは一体どういうことなのだろう。


 夕方なので、それほど人通りは多いわけではないのだが、仲睦まじそうなカップルが歩いているのを見ていると、うらやましくなってくると同時に、だんだん歩いていくのが恥ずかしくなってくる。


 喜緒乃ちゃんは、俺とこのようなホテルに入りたいのでは?


 そこに入り、俺とキス、そして、二人だけの世界に入っていきたいのでは?


 もしそうであれば、俺の想像以上に、喜緒乃ちゃんは俺のことが好きだということになる。


 今日会った時から現在まで、真剣な表情をしているのは、俺と男性と女性の仲を進めていくホテルに入りたい為、恥ずかしい気持ちを抑え込んでいると同時に緊張しているからなのでは?


 俺が思っていると、喜緒乃ちゃんは、


「ここが目的地よ」


 と言った。


 依然として真剣な表情のまま。


 ここはなんと、男性と女性の仲を進めていくホテルの前だった。


 予想はある程度していたとはいうものの、いざこういうホテルの前に来ると、心の動揺を抑えることは難しい。


「喜緒乃ちゃん。ここに来たということは……」


 俺の心は一気に沸き立ってくる。


 いよいよ俺たちは、ファーストキス、そして、その次の段階に進むのだ。


 期待が大きく膨らんでいく俺だったのだが……。


「忠陸ちゃん、何かこれからの展開に期待しているように思うのだけれど」


 喜緒乃ちゃんは冷たい口調で言う。


 俺はその口調に違和感を持った。


 喜緒乃ちゃんがわざわざここに来たということは、俺とキスをして、二人だけの世界に入りたいと思っているからのはずだ。


 でも、全然うれしそうではない。


 俺は喜緒乃ちゃんの恋人で、その恋人とこれから素敵な世界に入っていこうとしているのだから、もっとうれしそうにしてもいいと思う。


 もともと笑顔が素敵な喜緒乃ちゃん。


 そろそろその笑顔を見せてもいい頃なのだが……。


「もし、認識が違っていたら申し訳ないけど、喜緒乃ちゃんは俺との仲を深めたいと思ったから、ここに来たと思ったんだ」


 俺は一気にそう言った。


 すると、喜緒乃ちゃんはようやく少し笑った。


 俺は少しホッとしたのだが、それは一瞬のことに過ぎなかった。


「忠陸ちゃんはそう思っていたのね。でも、違うわ。ここに来た目的を今から教えてあげることにするわ」


 喜緒乃ちゃんがそう言った後、俺の耳には。


「よくここに来たな、倉春。俺はお前のことを褒めてやることにしよう」。


 という男子生徒の声が聞こえてきた。

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