第13話 遠征の裏側とフィス
時間を少し巻き戻し、フィスたち第四騎士団が遠征に出発する少し前。
グレンフィルの隊長室には、一部の隊員が呼び寄せられていた。
隊長室内の応接スペースにある、磨き上げられたテーブルを前にして、机の上にはラウヴァルトが持ち込んだティーセットが置かれている。
「会議場の様子はどうだ?」
「メイドのリリア・ベルナールに関しては、処理しましたよ。ただ、うちの見習の勘がいいのにはまいりましたけど」
長い脚を組んで、椅子に斜めに腰かけているのが、エストリード・レギール。
騎士団の隊員でありながら、剣術と弓術の両方に長けている。さらに、複雑な魔法も自在に使いこなす。
まっすぐな黒髪で、長身痩躯の姿は一見すると魔導士のようだが、実際は第四騎士団の監査役を務める。
対比するように、まっすぐに椅子に座り、その背もピクリとも動かないのがディラン・カヴァスティ。
第四騎士団の隊員であり、戦闘教官でもある。近接戦闘や対魔法戦術を新人騎士に教え込むのと同時に、戦闘においても指揮を執ることが多い。黒髪の短髪で、体つきを見て身構えない
そして、最後の一人、ディランを挟んで反対側にザイアス・グリフォールがいる。ザイアスはエストリードとまるで双子のような印象で、髪色がシルバーでエストリードとは『色違い』、と言われる二人である。ディランは先陣を切ることが多く、ラウヴァルトとルクスーゲルのような関係に見える。
テーブルに肘をついて、襟足で結んだ長い髪を指に巻き付けてザイアスは面白そうに笑った。
「音を立てすぎたんだろ?」
「馬鹿を言うな。会議場の廊下は分厚い絨毯なんだぞ?ティーポットの割れた音なんかそんなに響くわけないだろ」
二人の言い合いを聞いていたディランが、テーブルの上で組んでいた手をほどいて、トン、と指先でテーブルをたたいた。
「メイドを始末するにせよ、人の目につかぬようにするべきだが、少々荒っぽい真似だったのではないか」
まるで示し合わせたように、襟足から長い髪を束ねて、横に流している『色違い』の二人。そして、低い声を響かせたディランは第四騎士団の監査という役回りを負っている。
騎士団に所属して、騎士という肩書を背負って真摯に務めるものもいれば、そうではない者もいる。そうしたものをひそかに取り締まる、そして、第四騎士団の仕事としては表立って動けないことを処理するのも彼らの仕事である。
ディランはその『堅さ』をそのまま体現したような、武骨な姿に刈り上げた短い髪が二人とは対照的である。
叱るわけではないのだろうが、低い声が静かに響いて両隣の二人は顔を見合わせて控えるどころか、皮肉気に笑った。
「だ、そうですけど?グレンフィル隊長?」
「早々にあのメイドを始末しないとダメだったのでー、ちゃっちゃとやっちゃったほうがいいってことでしたよねー?」
ほかの騎士たちがいるときには、このような態度ではない。むしろ模範的な騎士、という態度だが、監査役の顔はこちらである。
シニカルで、どこか人を小馬鹿にしたような態度だが、グレンフィルからは認められている。むしろ、そのくらいでなければ監査役などできないだろう、と言われているから、二人とも態度を改めるどころか、すっかりこの態度が通常になっている。
「確かに。そのメイド自身が自我を操られているような状態では次に何をするかわからん。待ったなしだったのは間違いない」
「ですよね、隊長?しかも、あの子、たっぷりと危なそうな薬入りのティーポット抱えてたし。あそこで、フィス・クローニが駆けつけてこなかったらもう少し後始末もきれいにできたんですけどね」
二人の言い分を肯定したグレンフィルにエストリードは少々不満そうな顔を見せた。自分の仕事を邪魔されるのが一番嫌いだという。想定外のことにも対応する自信があるだけに、フィスが駆けつけてきて、後始末まできっちりできなかったことに不満があるらしい。
そのエストリードを補佐していたザイアスは、エストリードと違い、フィスに興味を向けていた。
「それ本当だね。エスト、あの子はあんなに足早いんだったっけ?」
「知らないよ。俺、あいつよくわからないから」
よくわからない、という言葉は、単なる気分屋の発言ではない。監査役として隊員の様子を見ているがフィスはほかの隊員と距離をとっていて、本当にわからないことが多いのだ。
「話がそれているな。フィスの話はさておき、メイドはどうだ?その後」
「それは私から」
グレンフィルの言葉にディランが少し前に出る。
フィスが神官に託した後、神官が治癒して王城の医務室へ運び込んだ。そのあとに、 ディランが足を運んでリリアにかけられていた魔法を解いた。
魔法を解くと、リリアは魔法にかかっていた間の記憶を完全に失い、自分が医務室にいる理由すら覚えていなかった。
「後ろは分かったか?」
「いえ。魔法陣のクセはありましたので、どこかしらの家門につながる者でしょう。なぜか、ウィベリアのものにも似ていなくもないようでしたが」
「はぁ!?冗談だろう?」
噛みつくように身を乗り出したザイアスを鬱陶しいと押しのけたディランが頷く。
「魔法陣には、家ごとに書き様やクセは出るものだろう?わざと似せたのか、それともなのかはわからんが、ウィベリアに近いと判断する」
「どういうところが?まさかそんなわけないでしょ」
エストリードは実戦も多く、暗躍することにたけているが、補佐に回ることが多いザイアスは魔法を得意とする。属性にかかわらず、研究にも熱心で上級魔導士にもなれる実力者だ。
懐から紙を取り出したディランは、そこに覚えている魔法陣を書き始めた。細かいところは出てこないが大体のイメージはつかめる。
全体が花のような文様の中に魔法言語が描かれていて、一部は何を表しているのかわからないものがあった。
「このようなもので濃い青とも紫ともいえる光だった」
「……俺にも後で見せてほしい」
「承知した」
口元を抑えて、ディランが描いた文様をまじまじと眺める。ディランは指揮官をすることが多いので、こうした事後の分析や後始末に回ることが多い。
三人の間では先輩後輩も上下もなく、対等なだけにこうした会話も普通に交わされる。
「隊長。リリアが混乱の魔法を使った相手はやはりウィベリア伯爵家の者と、レノール子爵家の者で間違いないと思われます。ただし、追跡魔法を使った結果でしかなく、その後どちらの家も王城から下がっており、どのような状態だったのかは把握できておりません」
「そうか。子飼いの者たちを動かせるか?」
「いつでも」
王城の中だけでなく、行動を追う場合や、市中の動きを探る場合など、監査役の三人にはそれぞれ手足のように使う者たちがいる。それがどこの誰で、どうやって使っているのかなどは、一切本人以外は知らない。グレンフィルでさえ、隊長であってもそれを知らないことになっている。
「ウィベリア伯爵家と、念のためレノール子爵家の動きを探るのと、リリアの周りを調べろ」
「承知しました。メイドたちを含めてすぐに」
「エストリード、ザイアス。二人は王城周辺の動きで何かないか?」
ラウヴァルトが初めに報告に来た時点で三人には指示を出していた。どちらがいう?と顔を見合わせた後、エストリードが先に報告を始めた。
議場では、両家は特にぶつかるようなことはなかったこと。
諜報を主とした第二騎士団もウィベリア領に入っていること。
「第二が胡散臭いのはいつものことだけど、それにしては普通というか、どうということもなさすぎるのが気になるところです」
「ふむ。それは私の方で探っておこう」
「じゃあ、続きは俺から。ウィベリア領ですが、魔獣被害は噂以上ですね。主なのは、噂の穀物じゃなく住民の方です。だからなのか、神殿からも定期的にウィベリア領のあちこちに神官が派遣されてますね」
腕を組んだグレンフィルが黙ってうなずく。一般市民が怯えないように、噂はだいぶ調整されているようだが、確かにその通りだ。
住民に被害が出ている。だから穀物の刈り取りや運搬にも影響が出ており、結果的にウィベリアの穀物地帯に影響が出ているのだ。
「近いうちに、うちにも遠征の依頼が来るんじゃないですか?」
「そうかもしれん。今のところ冒険者ギルドがウィベリア伯の依頼で動いているからこちらに要請はないようだ」
「今から遠征に出る人数を絞っておいた方がよくないですか?」
いくら支援要請が来たとしても全員で討伐に向かうのはよほどの場合のみだ。王城に残る者と分けておくべき、という含みも理解できる。
使い勝手のいい者、王城に残ってこの件の流れを調べる者など、分ける必要があるからだ。
「それはもうカーライルに任せてある」
「さすが、隊長」
「なんにせよ……、気に入らんな」
家同士の諍いにしては程度が悪すぎる。
不機嫌さを隠さないグレンフィルを前に三人が一瞬黙った後、再びザイアスが口を開いた。
「じゃあ、話を戻しますけど。隊長、フィス・クローニって何なんです?」
「何、というと?」
「あの天秤計り、見習で魔力量少ないって言ってますけど、本当ですか?」
見習なのは、騎士団に入って間もないからではあるが、魔力量に関しての疑問はグレンフィルにもわからない。
首を傾げると、ザイアスはさらに重ねた。
「訓練や日ごろの様子を見てると、本人が言う通り大したことはないんですけど、俺にはそれが本当に思えないんですよね」
「入団時の調査書は神殿のお墨付きだが?」
「うーん。神殿を騙すのは、相当難しいと思うので、あの世間知らずにできるとは思えないんですけど……」
世間知らず。フィスをそう評価するのは、騎士団に入ろうとするならばもう少し先輩騎士と仲良くなって、話を聞いて入ってくるとか、そうしたことがもう少し普通ならある。
だが、人と関わることを嫌うフィスは、そうしたことはせずに入ってきている。それは調べるまでもなく見ていればよくわかる上に、フィスの話を耳にするたび裏付けされていくようなものだ。
「フィスが何か人には話さないことがありそうなのは同感だが、今の時点でそれを疑うようなものはないな。それと同時に、今までのザイラスの経験からの勘を否定するわけでもない」
「……まあ、あくまで勘なんですけどね。まあ、それも救護院で苦労しましたとか、人に言いたくない話です、っていう程度のものならいいんですけども」
「救護院か。そういえば、フィスは魔導士で庶民のままだが、ソトラスト大神官殿と、救護院のロフレスカ院長が保護者にサインをしているなら、どこかから声がかかってもよさそうなところだ。そこからしても魔力量については偽りではないのではないか?」
ソトラストとロフレスカの両名が名前を連ねていて、養子の声がかからないのは確かに珍しい。どちらかと縁をつなぎたいと思う家は多いはずだ。
それなのに、声がかからなかったのなら、魔力量が乏しくうまく話がまとまらなかったと思う方が納得がいく。下位貴族なら名乗りを上げていそうだが、ソトラストとロフレスカのところで止まった可能性も高い。
「あー……。なるほど。それはそうですね。うん。でも俺は何か気になるのでフィス・クローニに関しては気にかけていきます」
念のための許可を取る言葉にグレンフィルも頷く。誰であれ、足を踏み外すことはあり得ることで、これまでにもよく働く者と思っていたが裏では、ということが何度もある。
そのための監査役なのだ。
「では、わかり次第また報告を」
「承知しました」
代表するようにディランが答えた後、一人先に席を立つ。茶器をもって一礼して隊長室を出て行った後、いつの間にかエストリードとザイアスの姿が消えていた。
それを気にかけることもなく、グレンフィルは席を立って自らの執務席へを向かった。
グレンフィルの目の前にある大きな机には両脇に引き出しがついており、ほとんどの引き出しに鍵がついている。
カーライルが開けられる引き出しもあれば、グレンフィルだけしか開けられない引き出しもある。その一つを開けると、貴族の家門についての資料が入っていた。ここ最近では、ウィベリア家とレノール家の資料が分厚い。
ウィベリアは実りと平穏の守護者だ。土地の実りは領民と国全体の支えである、という信念を持ち、ほかの家門とも協調を大切にしている。
当主のウィリアムはグレンフィルもよく知っている間柄だ。若いころは王城で文官として仕えており、多国語に長けていてよく仕事ができた。今は、ウィベリア家当主として、アシュトラーゼ王国の外交担当として重要な役回りにいる。
穏やかな気性といい、領地の特性といい、他家から侮られやすいが外交担当としての経験は伊達ではない。自ら争うようなことはないが、大人しくやられているわけでもないことはそれなりに知られているはずなのだ。
だが今の魔獣の出現は、アシュトラーゼのほかの地域では見られないため、王城の誰も口にはしないが作為的なものを考えないはずがない。
ウィリアム・ウィベリア伯からは、個人的に書簡も受け取っていた。
『ひそかに調査を依頼したい』
この状況においてもウィリアムはレノール家に疑いを向けるのではなく、公正に、魔獣が特定の地域に出現する原因を調べてくれと言っていた。
グレンフィルは、書簡を受け取る前に既に監査役の三人へ調査を指示していたのだが。
レノール子爵家を疑ったが、早々に疑いようもない状況で困惑するしかなかった。
アレクサンドル・レノールはよく言えば意欲的、率直な感想で言えば野心家だけにグレンフィルの疑いも初めは当然と思えた。
自信家でプライドも高く、思慮深さに欠けるが新しいものを取り入れるのはどこよりも早い。ウィベリアには強烈な対抗心を抱えており、アレクサンドルの代になって、領内の農地改革に力を入れて張り合おうとしていた。
特に、ウィリアム・ウィベリアの行った流通改革の恩恵を受けているものの、それがウィベリアの行ったものだけに強烈なジレンマを抱えていることは誰もが知っている。
ミニアレクサンドルと言われる嫡男のヴィクトールが、年長のウィベリア家嫡男エドモンドに対して、とある夜会で食って掛かったことで社交界では知らない者がいないほどの醜聞として広がった。
幸いなことに、ウィベリア家ではまだ学生のヴィクトールのいうことであり、将来の当主として焦りがあったのだろうと不問にしたことと、アレクサンドルがヴィクトールを王城騎士団の訓練に放り込んで厳しく鍛えなおした、ということでその一件は収まったが、両家の関係は微妙なものではあった。
「レノール家以外にウィベリアに噛みつくところが浮かんでこない……」
ひっそりと呟いたグレンフィルがいう通り、結局ほかに疑う要因が出てこず、宙に浮いている状態なのだ。
ふと、ウィリアムからの書簡を手に取る。
「そうか……。まだ手詰まりではないな」
ぼそりと呟くと、引き出しをもとの通りにしまって、部屋の外の従者を呼ぶ。
「すまん。カーライルを呼んでくれ」
「承知しました」
立ち上がって、窓から外をに目を向けたグレンフィルはその目を細めた。
* * *
あれから本当は要請が出ていないにもかかわらず、依頼を受けたということで遠征する、とウィベリア伯に再度連絡を取り、驚いたウィベリア伯を調査のためと押し切った。そして、カーライルを隊長として遠征隊を組んで出発させた。
まさかついて早々、勘のいい、と言われていたフィスが不気味なものを見つけてるとは思いもしていなかった。
カーライルの報告を受け取って、監査役を呼び寄せたグレンフィルはその報告を三人にも話して聞かせた。
「はっ、面白いじゃないですか。俺たちも遠征行けばよかったな」
目を見開いて食いつくエストリードの顔は、笑顔なのに少しも明るい空気はなく、むしろ獰猛という表現が似合いだった。
「現物が見たいです。俺、向こうに行っていいですか」
「待て。まだ遠征の状況をうかがっているところだ」
つづいてザイアスの先走りをディランが止めるという混乱しかけた場をグレンフィルが巻き戻した。
「魔獣の肉に魔獣の核を埋め込んで、棘草のような魔力のある草を埋める。これをどう思う?」
「それはどう考えても魔獣を発生させようとしてるってことでは?逆に聞きたいですが、ほかに何が考えられるってんです?」
「念のための確認だ。核から再生する魔獣が核を取り出したものと同じとは限らないだろう?」
「そりゃそうですよ。でも下位の魔獣になるとしたら変異種でしょうし、上位種になる可能性の方が高いんじゃないですか?」
ディランは腕を組んで考え込む。
「……そうだとして、領地全体が危険にさらされることになる。魔獣を意図的に発生させて何を狙っている?」
エストリードがテーブルを指で軽く叩きながら、口を挟む。
「領地そのものを混乱させたいのか、それとも特定の誰かを狙っているのか……。ただの混乱だけが目的なら、もっと雑なやり方でもいいはずだ。ここまで手の込んだ仕掛けを用意する以上、狙いがあるはず」
「目的が領地の破壊ではなく、特定の家門への攻撃とすれば、ウィベリア家に対して何をさせたいのか、だな。この仕掛けがレノール家に関連している証拠は今のところないが、疑いは晴れていない」
エストリードが笑いながら身を乗り出した。
「やっぱり俺たちで直接確認しに行きますか?遠征隊に合流して現場を調べる。ついでに、例のフィス・クローニとやらの動向も追いやすくなる」
「いや、全員で動くのは早計だ。遠征隊に目立たない形で接触するか、ウィベリア領のほかの地域で同じようなものが仕掛けられていないか調べるのはどうだ」
どうしても遠征に追いついて現場を見たい二人と、ほかの地域を調べるべきという、ディランの提案に割れた三人に、グレンフィルは全く違うことを口にした。
「いや。三人にはウィベリア伯の従者を探ってほしい」
「……は?」
すっかり遠征に行く気満々だったザイアスが低い声を出す。
「この前の一件で、混乱の魔法をかけられたという従者を探せ。そして、その動きを追え」
「待ってください。先に理由を教えてもらっても?」
「ウィベリア伯に疑いはない。それは初めにお前たちに調べてもらった通りだ。だが、この前の件で従者が魔法で操られたとしたらその理由は?現地はカーライルたちがいるがこちらでやるべきことはまだ残っている」
結果的に、あの後従者がどうなったのかの情報はない。そこを追いかけることで、人から手繰れないかと考えたわけだ。
顔を見合わせた三人はしばらく黙り込んだ後、それぞれが頷いた。会議場の件の追跡調査をしていたのはディランである。その後の様子をそういえばと口を開いた。
「……承知しました。あれ以来、ウィベリア伯が同じ従者を連れてきてはいないようです」
「どういうことだ?」
「以前は、同じ従者が付き従っていたのですが、しばらく前より、頻繁に変わるようになっております。同じ従者がつくことは数えるくらいで……」
それだけ従者の数が多いのかというと、そうではなく、ウィベリア領の騎士団をかわるがわるに従者として連れているらしい。
「なるほど……。そういうことか」
「すみません。話がよく見えないんですけど?」
「同じ従者を連れていれば、その者が狙われる。それを避けるためにも騎士団の団員を使っているのだろう。さすがウィベリア伯だな」
しばらく考えていたエストリードが口を開く。
「それって……そういうことですか?」
自問自答のような呟きにディランとザイアスはそろって怪訝そうな顔を向ける。先に、舌打ちしたのはザイアスの方だ。
「うわー。面倒くさい。面倒くさいんだけど、そういうことか。さすがにウィベリアだからそれはないと思ったんだけどなぁ」
「ウィベリア伯も貴族だからな……。なるほど。伯爵のお人柄からその可能性を失念しておりました」
エストリードに続いて、ザイアスとディランが今まで浮かんでいなかった可能性に気づく。
グレンフィルは何も言わなかったが、グレンフィル自身も家門の中のごたごたには重々身に覚えがある。アルステッド侯爵家の三男であるグレンフィルは、兄二人よりも長身で代々騎士の家計であるアルステッド家において将来有望と思われた。
幼いころは仲の良かった兄たちとは成長するにつれ、身体能力や体格の差が見え始め、それによって微妙な空気が流れるようになった。
学院でも騎士科に進んだグレンフィルは、家門の中でもグレンフィルを次期侯爵にという声がで始めたことに気づいてすぐ、騎士団を志望したのだ。
貴族としての立ち居振る舞いにも優れたグレンフィルだったので余計にその関係性は微妙なものであり続けた。
騎士団に所属するようになってからも、グレンフィルは家門の名前を過剰に利用することを避けてきた。そのため、王城内では「アルステッド家の影」とも呼ばれてきただけに、監査役三人の動きに関しても扱いがうまく、必要な場合には容赦がない。
意思表示をしたことで兄たちとは形式上の和解が成立していて、身内といえどその感情は複雑なことをよくわかっている。
今のグレンフィルは、自力で爵位を得て伯爵ではあるが、いまだに王城ではアルステッド侯爵家のグレンフィルという扱いである。
侯爵家に呼び戻されることも避けるために、いまだに独り身なのもそのせいだ。
「子飼いを少し多く動かしてみます」
「ああ。早急に調査を頼む」
「ただメイドたちにも、それらしい裏がなかったので少々難しいかもしれません」
表に出ない形での調査ではこれ以上調べようがないかもしれない、というディランの言葉は、言外に荒っぽい手段に出てもよいかという許可取りである。
場合によっては、本当に荒っぽいことになりかねないのだが、グレンフィルはあっさりと許可を出した。
「構わん。どのみち、このまま放置しておけばウィベリア領内の被害は増えるばかりだ。それと比較するべくもない」
「承知しました」
「それとザイアス。これまでの研究結果の中で核に関するものをすべて持ってきてくれ」
核を使って魔獣を発生させるとしたらどのくらいかかるのか、魔力がどうなのか、並行して調べる必要がある。
少しばかりザイアスの顔がひきつる。
「……いや、あのそんなにないですよ?」
「核の大きさ、与えた魔力量、それによってどの程度、変異種が生まれる可能性があるのか。出現した魔獣の強さがどうなのか」
「いやいや、隊長?」
「……資料は全部持ってこい」
人為的に魔獣を発生させる、というのは禁断の研究だ。ともすれば魔獣の被害が出る可能性もあるのだ。
それをやっているという前提で話すグレンフィルにどんどん顔色が悪くなる。
視線を彷徨わせた後、それでも首を横に振った。
「お持ちすることはできません。あれは外に出すことはできないようにしてあります」
「……そうか。では私が行こう」
「護衛騎士も入れませんがよろしいでしょうか」
急に口調を改めたザイアスにグレンフィルは頷く。
「構わん。その程度のことでどうということもない」
「承知しました。では……、隊長。お時間をいただけますでしょうか」
「うむ。いつでも構わん」
「えっ、今からですか?」
じろりと向けられた視線を前に、にらまれた蛙のような状態のザイアスは頭を抱えてしまった。
ザイアスの家、グリフォール家は魔導騎士が多い。また、凝り性というのか、趣味で研究に興じるものが多い。グリフォール家の敷地にはいくつか塔がたっているのだ。
それぞれがその塔の中で研究に没頭しているようで、他者の侵入を禁じ、中の物を持ち出すこともできないようになっている。
「ザイアス、急がないと遠征組が戻ってくるぞ?」
「えっ」
「カーライルは間違いなく、こんなものが出てきたなら一両日中には何らかの始末をつけて被害が増えない状態にして王都に戻ってくるだろう。あれはそういう男だ」
畳みかけられて逃げ場をなくしたザイアスはグレンフィルを伴って、自分の家の塔へ直行することが確定した。
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