第12話 痕跡とフィス
翌朝、騎士団の面々はチームに分かれて町の周囲を捜索し始めた。
前日の調査から、地中に埋まっているものも含め、棘草を中心に魔力を含む植物を手がかりに捜索することになった。
フィスたちは前日に続いて、ルクスーゲルとソラーシュと三人での行動だ。
「今日は三人ともグローブをしているから少しはましだな」
「おい、ルクスーゲル。スパインクランプ《棘草》は刺さると厄介だぞ。見つけたら上部は刈り込んでからと決まっただろう?」
「わかっているさ。昨日はほかに何もなかっただろ?」
確かに、今日はどのチームも棘草を刈るための短剣や麻袋を用意している。茂った部分を刈って麻袋に入れ、一か所にまとめて燃やす手はずだ。
火魔法を使える者が限られているため、処分を一か所で行うことにしたのだ。
「しかし、どれくらい見つかるものか……」
ソラーシュが周囲を見回す。どれだけの仕掛けがあるのか、また仕掛けの状態によって、今後の動きが変わってくるだろう。
丸一日かけて騎士団が調べた結果、町の周りには初日にフィスたちが見つけたものも含めて、八つの仕掛けが見つかった。集めた棘草の処分を冒険者ギルドに任せて、ウィルライドとサルジェ、そしてフィスが魔獣の肉に埋められていた核を取り出す作業にあたった。
「これらは、埋められてからどのくらい経ったんでしょうか」
核を取り出すだけならすぐ終わるが、棘草から魔獣の肉を取り除くのは大変で、疲れたサルジェがぼそりと呟いた。
騎士団が調査をしている間に、町の外に急ごしらえの小屋が作られていた。町の中でこれらを処分するのは危険であり、町の外に野営地を設けると決めたカーライルが町の者や冒険者ギルドと協議し、野営ではなく小屋を用意してもらったのだ。
今はその小さな小屋の中で魔獣の肉と、棘草と、核の分解作業が行われている。
「サルジェの見立てではどうなんだい?」
「見立てといっても……。どうでしょう。土に埋まっていたため状態もあまりよくなくて」
確かに、どれも赤黒く変色しており、埋められた時期が判別できるような状態ではない。さらに、棘草が魔力を共有する状態になっているため、ものによっては核から棘草に魔力が流れているものもあれば、逆のものもあった。
埋められていた周囲も、真新しい痕跡はなく、かなりの時間が経っているように思える。フィスはどうにか調べる方法はないものかと首をかしげた。
「核に残っている魔力は判別できますよね?」
「確かに調べられるけど、元の核の魔力量がわからないと、埋められていた期間を推測するのは難しいな」
ウィルライドにあっさりと否定され、再び考え込む。ふと、フィスは棘草の根をはがしていた手を止めた。
「あの、ちょっと思ったんですが、風魔法で魔獣の肉を乾燥させたら、棘草の根がもっとはがしやすくなるかもしれません?」
「ああ!それはいいかもしれないですね。ウィリー先輩、試してみても?」
棘草の根に手を焼いていたサルジェがフィスの提案に飛びついた。
ウィルライドが頷くと、フィスは風魔法を魔獣の肉にあて始める。サルジェは土属性のため、フィスの様子を見守っている。
乾燥しすぎると逆に扱いづらいため、まだ柔らかさが残る程度で手を止めた。
「これでどうでしょう」
「さっきよりは、はるかに楽にできますね。これでいきましょう。フィスに乾燥してもらって私がはがしていきます」
「承知しました」
役割を決めればあとは早かった。セミドライの魔獣の肉から棘草の根をサクサクと引きはがして、麻袋に入れれば作業は終わりだ。
「棘草は冒険者ギルドの方たちが処分してくれるそうなので、任せよう。核は私たちが王都まで運ぶからね」
こうした時のための、魔封じが施された革袋に核を入れて、ウィルライドが厳重に口を縛る。これらの管理も魔導士の役目だ。
「魔獣の肉は……、これも王都で詳しく調べることになるね。馬車に積み込みだな」
「ではこれは自分が。フィス、風魔法、助かりました」
後片付けをしていたフィスに礼を言うと、サルジェはすっかり軽く小さくなった魔獣の肉を積み上げて、小屋を出ていく。残ったウィルライドはフィスを伴って拠点に戻った。
「ウィルライド」
「カーライル隊長。作業が完了しました」
「ああ。ご苦労だったな」
「何かありましたか?」
魔導士三人が作業をしている間、ほかの騎士たちは町の周囲の警戒にあたっていた。棘草の調査範囲からさらに広い範囲の警戒に当たっていたはずだが、カーライルの顔色はあまりよくない。
「警戒中の隊員たちが町の者たちから聞き取った話だが、マギノビア山から魔獣の気配が消えているようだ」
「はい?」
ウィルライドは思わず、聞き返した。
町の者たちは魔獣と戦っているわけではないが、資源を調達するためにマギノビア山には出入りしている。
その彼らが、普段なら感じる魔獣の気配がまったくなくなっているといっているらしい。
「鉱物掘りの洞窟近くや木材の伐採場所の周辺には、魔獣除けの柵があるそうだ。その近辺には魔獣の痕跡や姿を見かけることもあるが、今はまったくないらしい」
「それはいつからですか?」
「我々が調査に出た後、昼を過ぎたあたりからだろう」
それがよいことなのか、悪いことなのか、今の時点では判断がつかない。カーライルとウィルライドは顔を見合わせて何かを考え込んでいる。
「わかりました。サルジェが戻ったら、魔導士三人で山側の見回りに出ましょう」
「初めに回ったチームでいいか?」
「そうですね。そうしましょう」
カーライルが他の者たちに声をかけ、ウィルライドはフィスに振り返って言う。
「そういうことで、フィスも警戒しながら見回りに出てくれるかな」
「わかりました。あの、ウィリー先輩?」
「うん?」
探知魔法を使えばある程度の広範囲を捜索することができる。だが、それだけのパワーをかけるわけにはいかない。しかし、魔法印を使えば少ない魔力で広範囲を捜索することができる。
「自分は、先に見回りに出ていいでしょうか。ルクスーゲル先輩やソラーシュ先輩たちが来るまでに自分でも見て回りたいので」
「いや、でも……」
「大丈夫です。何かあればすぐに町に戻りますし、先輩方もすぐいらっしゃると思うので」
フィスはそう言ってウィルライドを押し切り、先に拠点を出て歩き出した。
大きく息を吸って吐く。
遠征に来てから、一人になる時間が少なくて、息が詰まりそうだ。大きく深呼吸する間も町の中を行き交う人たちとすれ違うが、それでもまだましかもしれない。
マギノビア山側に向かい、散らばっていた隊員たちが戻ってきたり、合流して山側へ向かう姿を見送りながら、フィスは一人で町を出て歩き始めた。
歩きながら、足元の大きな落ち葉を拾い集める。なるべく大きくて丈夫そうな葉を選びながら、木立の間を進んだ。いくつかの道が人の足跡でできているが、町の者たちが鉱物や木材などを採取する場所があるはずだ。
そこに向かいながら、手のひらに小さな魔法印を描いては足元に落とし、あるいは木の上に放りながら進む。
周囲を気にしつつ、広範囲に魔法印を散らして準備を整えた。
これはフィスの持つ誰かの記憶の一つだ。これはフィスが持つ誰かの記憶に基づいた方法で、支援魔法がない中、一人で広範囲の魔法や強化魔法を使うために編み出した技術だ。これを使って、フィスは一人のときも魔法を反射させたり、範囲を広げたりしていた。
だが、この方法は知られていないことを学院で知ってから人前では使わないようにしている。この方法を編み出した者も、知られない方がいいと思っていたのだろう。
そのうえ、フィスはここまで広い範囲で使ったことがない。
だが、今はやってみる価値があるだろう。
フィスが騎士団に入った理由の一つに、堂々と魔法を使えることがあったからだ。
普段の生活では、風魔法や水魔法のちょっとした技術を使う程度で、こうした探知魔法などは滅多に使わない。
町の者たちが通った痕跡をたどりながら魔法印を散らし終わると、ルクスーゲルとソラーシュが来る前に探知魔法をかけたい。強力な魔法を使うと、サルジェやウィルライドにはすぐに気づかれてしまうので、弱い魔力でかけるしかないのだ。
周囲に人影がないことを確かめて、両手の間に魔力を練り上げる。そして、押し出すように上に向けて放つと、周囲の魔法印に触れた場所から光が跳ねるように広がっていく。
ぶつかった場所の魔法印が小さな炎を上げて燃え上がり、どこまで届いたかわかるようになっている。
あちこちでポッと火がついては消えていく。魔法印が燃えて消える様子は、自分が描いたものだけに感じ取ることができる。
「フィス!どこにいる?」
ルクスーゲルとソラーシュの声が聞こえ、フィスはそちらを振り返った。声を上げようとしたが、ふと動きを止めた。
「えっ……?」
「おーい、フィス?」
自分のつぶやきとフィスを探す声が重なったが、それどころではない。
あまり大きな声で呼びかけると、周囲の魔獣を呼び起こしかねない。ほどよく抑えた声なので、二人はそれほど遠くにいるわけではなさそうだ。
フィスは身を翻し、声の方へ走り出した。足元や木の枝に構わず、駆け寄った先で、ルクスーゲルとソラーシュの姿を見つけ、二人の腕を掴んだ。
「先輩方!お願いがあります!向こう側に光っている葉っぱを探してください!!」
「待て、落ち着けフィス。説明を」
「すぐに消えてしまうんです!急ぎます!」
顔色を変えたフィスは、説明する間も惜しいとばかりに走り出した。
一瞬、顔を見合わせたルクスーゲルとソラーシュも、すぐにフィスの後を追って走り出した。
「フィス!足元か?木の上か?」
「上です!目線より上くらいに……」
何を急いでいるのかはわからないながらも、ルクスーゲルとソラーシュはフィスに追いついて、周囲の木々に目を向けた。ちらほらと、小さく燃えている葉が見えるが、光っている、といったフィスの言葉を二人とも的確に捉えていて、注意深く目を凝らす。
「フィス!あれか?」
ソラーシュが指差した先には、他の木々よりもひときわ大きな木があり、フィスが見上げると首が痛くなりそうな高さの枝に、一枚の葉がくるくると光りながら回っている。
「あれです!!」
フィスは全力でその木の下まで走り、上を見上げたが、その葉は少し届かない位置にあった。
何とかして取れないかと周囲を見回したフィスの頭越しに、ソラーシュが軽々とジャンプしてその葉を手にしてくれた。
「よっ、と。これでいいか?」
「はい!保護魔法をかけないと……」
フィスは小さな声で呟きながら保護魔法をかけ、回転が止まった葉がきらきらと光る。ソラーシュの手にある葉にそっと手を伸ばし、フィスが描いた小さな魔法印の上に覆うように魔法陣が浮かび上がった。
「……すごい」
フィスが驚くのも無理はない。通常、魔法印や魔法陣は描いたらそこに変わりなく存在するものだ。しかし、今、葉の上に浮かんでいるのは、一定の時間が経つごとにくるくると光が渦巻き、異なる魔法陣が次々に浮かび上がっているのだ。二つ目の魔法陣を確認し、フィスは葉をまじまじと見つめた。
保護魔法はかけたが、いつ消えるかわからない。今のうちに目でしっかりと覚えなければならない。
「フィス、それは一体……?」
「待ってください!今、これを……」
くるっと回転するごとに、三つ目の魔法陣が現れ、一つ目の魔法陣に戻る。三つのパターンが繰り返されているようだ。
「三つ、三つです。お二人も見ましたよね?この魔法陣が……」
「ああ。確かに細かくてよくはわからないが、確かに3種類ある気がするな」
ソラーシュが目を細めて葉を見つめる。これで確認が取れたので、フィスはウィルライドとカーライルへの報告を急がなければ。
「急いで拠点に戻りましょう。道々、説明します」
「わかった」
ルクスーゲルは黙って身を翻し、町に向かって歩き出した。
「あの、まず私が探知魔法を使いました。魔獣の気配が消えたという話を聞いて、状況を確認したくて」
「ああ。カーライル隊長から聞いている」
「自分、魔力がそれほど多くないので、葉っぱに魔法印を付けて支援魔法の代わりにしていたんです」
「待て、そんな方法があるのか?聞いたことがないが……」
しまった。
うっかり口にしてしまったが、通常、一人で魔法を使う際に魔法印を支援魔法の代わりとして使うのは一般的ではない。
フィスが知るのは、誰かが研究し、編み出したものであるからだ。
足を止めたルクスーゲルをどう誤魔化そうか焦ってしまう。
説明すれば問題があるわけではないだろうが、隠していたことをどう思われるかと思うと、つられて足が止まる。
「あ、あの……」
「フィス、急いでるんだろ?ルクス、今は話をざっくり聞いて戻るのが先じゃないか」
あえてなのか、偶然なのか。ソラーシュが先を急ぐべきと遮ってくれたのを聞いて、素直なルクスーゲルはすぐに頷いた。
「そうか。そうだな」
「だろ?さ、フィス、行こう」
ソラーシュに軽く背を叩かれて小走りで進むフィスは、そっと礼を述べると、彼は頷いてフィスの頭を撫でてくれた。
* * *
拠点に戻って、残っていたカーライルのほか、中隊長たちを呼びに行き、揃ったところでフィスは何があったのかを話した。
「ウィルライド。魔法陣の解析を始めてくれるか」
険しい顔のカーライルに、しばらく黙ったままだったウィルライドは首を振った。
「申し訳ありません。ここで『できます』と言い切ることはできません。まず、この魔法陣のつくりや術式は我々騎士団で使用しているものとは明らかに違いますし、神殿のものとも違います」
くるり、くるりと今もまだ回り続けている魔法陣だが、その様子はまるでこれ見よがしというか、解けるはずがないだろうといっているようにも見えてくる。
当然、カーライルも見たことがないものだ。騎士団の資料を確かめないとここで断定することは難しいとウィルライドは判断したらしい。
「ウィルライド先輩。我々が描き起こすなら魔法陣に書いている文字も読めるものですが、ここに書いてある文字は古代語かどうかはわかりませんが……」
「調べなければわからないな……」
魔導士二人の難しい顔を見つめていると、ほかの隊員たちも難しい顔を見せた。騎士団には魔導士ではなくても魔法が使えるものが多い。ほかの隊員たちが見ても見慣れぬものということだ。
「それは任せるとしても、魔法印?フィスのその使い方はなんなんだ?」
「確かに。そんな使い方聞いたことがないぞ?」
中隊長だけでなく隊員たちからも、疑問の声が上がる。先ほどはソラーシュが話を止めてくれたが、今回はカーライルだけでなく、ほかの隊員たちも聞いている。
誤魔化しようがなく、どこまで説明すればいいだろうか。
訝しむ目とひそひそと話し声が聞こえてきて、フィスが焦りながら考え込んでいると、ルクスーゲルがフィスの前に立った。
「フィスが自分で編み出した方法だろう。小さいころから一人で育ったから誰かに教わるだけではなく、自分で考えられるということだ」
先ほどは、ルクスーゲル自身も問いかけていたのだが、いつの間にか自分なりに納得したのだろう。この発言をきいて、ルクスーゲルの騎士団での信頼度もあって、空気が一気に変わる。
「ああ、確かにどうしたら効率よく動けるか、とかフィスってよく考えるよな」
「魔力が少ないって言ってたもんな」
ルクスーゲルの擁護に、疑問を持っていた者たちが勝手に納得していく。話がそれたことで、ほっとしたのと同時に、これから少しだけ魔力の多さを隠していても、自分が持つたくさんの知識を使えるようになるのかも、と思うと二つの意味でフィスにとってはよかった。
時にどうしていいのかわからなくなることもある、この知識と能力をうまく活かせるならそれに越したことはない。
「天秤計りってちょっと馬鹿にしていたけど、ちゃんと考えてたんだな」
「ちょっと見直したな」
そんな声にどうしていいかわからなくなって、フィスは口を開いた。
「あの!その魔法陣は保護魔法をかけましたし、いまのところ変異してもいないので、ここで調べられることも限られているので、町や周囲の調査を続けるべきではありませんか?ほかにも見つかるかもしれませんし、これは明らかに誰かが仕掛けたものだと思うので、この町に来た人とか……」
話をそらそうとして思いついたことを言ったまでだが、一気にフィスを受け入れる空気ができていたことで、すぐに話は進み始めた。
「それは確かにそうだな。ウィルライド。それはお前ひとりに任せてもいいか?フィスとサルジェを中心にさらに調査を進めたい」
「承知しました。カーライル隊長」
頷いたウィルライドは分析のために部屋に籠ることになり、ほかの者たちは、引き続いての調査に当たることになった。
一つ違うことといえば、魔力の痕跡や魔法陣を中心に調べるということだ。
今度は町を中心に扇状に散らばって、何かを見つけたものから順次報告することになった。サルジェとフィスは左右に分かれて探知魔法を使う。今度は広範囲ではなく、先ほど魔法陣が見つかった大木を中心に調べて回る。
さっきは偶然にもフィスの放った魔法印が探知魔法に反応し、魔法陣を取り込んでしまったが、普通はそんなにうまくいくわけではない。
魔力の痕跡をたどることは得手不得手はあるが、ほかの隊員たちも可能だ。
「フィス!こっちに来てくれ」
「はい!」
あちこちからフィスとサルジェを呼ぶ声がかかる。
呼ばれては走り、見つけては調べる。
「これは、紙……でしょうか」
「だよな?」
「はい。百歩譲って羊皮紙ならわかりますけど」
弓騎士のガイアスがこんな山の中にあるわけもない紙の切れ端を見つけてフィスを呼んだのだ。ガイアスは背がそれほど高くないので、フィスからすると身長だけは親近感が持てる。
少し皮肉屋なところはあるけれど、小柄な体格を生かして、軽やかに駆けまわる人だ。
「どう思う?」
答えがわかっていそうな問いかけだ。
紙は高級なもので、庶民はあまり手にしづらいものだ。デラヴィツナでは、必要性もないので、羊皮紙の方がもっぱら必要とされるもである。
「ウィベリアで紙が使われるとしたら、中心の都市か、ウィベリア伯爵家の関係者か、そんなところでしょうか」
「ほかには神殿か……」
「神殿の関係者がこんなところに祈りに来るとかありますか?来ても町の中だけではないでしょうか」
切れ端なのではっきりとはわからないが、魔法陣のようにも見える。しかも先ほど見つかったものとは違うもののようだ。
「ほんじゃ、これも報告だな」
「はい」
「よし、行ってくる」
「お願いします」
身軽に走りだしたガイアスを見送って、フィスは大木を見上げた。
こうした大きな木には、自然に様々な気が集まり魔力の増幅をしやすい。それを利用して何か、いやここまでくればはっきりとしているだろう。
何らかの仕掛けを誰かが施したのだ。
「フィス」
「サルジェ先輩」
「こっちはどうです?」
「一つ、ガイアス先輩が紙の切れ端を見つけて報告に行かれました」
頷いたサルジェが手招きしてついていくと、近くの木の幹に何かを彫ったような跡があった。
「たぶんですが、魔法陣を書いてここに焼き付けできたんでしょう。焼き付いているから正確には読み取れないですが……」
手を伸ばしかけたフィスを驚く速さでサルジェが止める。
「触るな!何があるかわからないんだぞ!」
「あ……、すみません」
触っても多少のことならどうとでもなる。そう思って手を伸ばしたのに、サルジェの勢いに驚く。
反射的に詫びを口にしたフィスは、サルジェの顔をみて、本当にフィスを心配していっているのがわかって、何度も目を瞬いた。
「……すみません」
「詫びることではないです。でも、何かあったらあなただけのことでは済まないことをちゃんと理解して行動してください」
一瞬、素の口調になったサルジェがの口調がすぐに元に戻る。気まずそうに顔を逸らして、サルジェは手持ちの羊皮紙におおよその魔法陣を写し取った。
「このくらいでいいでしょう。私たちも拠点に戻りますよ。調査はだいぶ進んだでしょうし」
「わかりました」
周りにいた隊員たちにも声をかけながら、拠点へと足を向ける。その間にもほかの隊員たちが見つけた痕跡がでてきて、サルジェは頭を抱えそうに見えた。
「誰がこんなことを……」
その声を聞きながら、フィスはふとした違和感を覚えた。
こうした何かを行う場合、見つからないようにするものだろうに、こんなにも痕跡をたどりやすくなっていることを考えると相手が杜撰なのか、それとも見つけられたとしてもわからないだろうと思ったのだろうか。
それに、ウィベリア領で魔獣の出現が増え始めてだいぶたつ。その間、こうした痕跡は誰にも見つからなかったのだろうか。
考えれば考えるほど疑問ばかりが浮かんでくる。
そうこうしている間に拠点に着くと、カーライルをはじめとして中隊長たちが集まって、見つかった痕跡を話し合っているところだった。
「ご苦労。お前たちで最後だな」
「どのくらい集まりましたでしょうか」
「よほど豪胆なのか、長いことかけて準備したのか、まあまあだな」
サルジェはカーライルにそういわれて、少しばかり嫌そうな顔になる。
大テーブルの上には集まった痕跡が並べられていた。ぞっとするのは、すべて違う魔法陣に見えたことだ。
「さて。随分と集まったものだな」
「隠すつもりがなかったとしか思えませんな」
コンラッドもエリオットも、そしてグラントも、見たことがない魔法陣ばかりだった。
「ウィベリア領への攻撃とみて間違いはないでしょうね」
弓騎士の中隊長、エリオットの言葉に頷きはしなかったものの思うところは同じだっただろう。
明らかに人為的なものばかりである。
腕を組んで机の上を眺めていた盾騎士の中隊長、グラントが疑問を口にする。
「なあ。だとしても、こんなあからさまにわかりやすい真似をすると思うか?」
口にはしていないが、レノール領を思い浮かべていることは皆、同じだろう。そしてその疑問についても思い浮かんだ者が半々はいたようだ。
「これだけ、無造作に痕跡を残しているのならそこは考えていないのでは?」
「だとしてもだ。あからさますぎるし、見つかったらわかりやすすぎるだろう?それを狙っているとは考えられないか?」
「それならほかに何かを狙っていると?」
「それはわからんが……」
悪意だけが見え隠れして、その向こう側が見えない。
その不気味さにその場が静まり返る。ふいに、黙ってソラーシュが拠点の小屋から外に出ていく。
しばらくして、ソラーシュは町役のミロシュとともに戻ってきた。
「お話があると伺ってまいりました」
騎士団を出迎えた時に挨拶を交わしていた壮年の男性だ。日に焼けた肌と白髪のミロシュは腰が低いようでいて、この町の町役だけあって冒険者たちや町の者たちをまとめるだけの威厳がある人物である。
「隊長、町役さんからここしばらくでデラヴィツナに来た者たちがいないかを確認しませんか」
ソラーシュとカーライルの顔を見比べていたミロシュは、これだけの騎士団員に囲まれても、動じることなく頷いた。
「なるほど。どこまでお役に立てるかわかりませんが、この町によそ者が来ればすぐわかります。このあたりで町はここだけですし、用もないものがわざわざ来る場所ではございません」
「ここしばらく、そうですね。魔獣の出没が増えた頃からというと、覚えがありますか?」
「思い返すまでもございません。冒険者ギルドから定期的に人が来るのと、伯爵家の騎士の皆様と神殿から神官が定期的にいらっしゃるだけです。冒険者も、新しい方々はギルドの紹介だけでなく、一度はこの町に来たことがある方々の紹介がある場合に限らせていただいております」
資源が豊富なだけに、慣れない者たちは受け入れないことになっている。その上、不審者が来た様子もないとなると、ほかの可能性を考えるべきなのだろうか。
ミロシュに問いかけていたカーライルは、何度か頷くと、町役に今の状況を話し始めた。
町の周りに、何者かが意図した魔獣を呼び寄せるための仕掛けがあったこと。そして、わかる範囲で撤去はしたものの、その影響は今のところはわからないこと。
それを説明すると町役はわずかに眉を寄せたが、頷いた。
そして、今は魔獣の気配がないこと、もし変化があるなら今日明日でも動きがあるだろうから、それを待って騎士団は王都に帰還することを告げた。
「承知いたしました。騎士団の皆様には到着して早々にお力を貸していただき感謝しております。これまでも我らと冒険者ギルドで対応するはずが、お恥ずかしい限りです」
町役だけでなく、町の者たちは、これまでも魔獣の出没に自分たちで対応してきた。そのための備えもしてきた。にもかかわらず、騎士団の手を借りることになったのは口惜しかったらしい。
「いや、解決したと言い切って戻りたかったところですが、そうもいかず申し訳ない」
「とんでもございません。魔獣の気配がなければ町の者だけでもしばらくは対処できましょう」
再び魔獣が頻繁に出現するようになったら、すぐに知らせを出すように言って、カーライルは町の皆の対応に礼を言った。
拠点の小屋はそのままのこしておくとミロシュが約束して、外に出ていくと、カーライルは隊員たち全員を集めた。
「明日一日様子を見て、魔獣の出現がなければ我らは、王都に帰還する。皆、それに合わせて準備をするように」
拠点の大部屋とはいえ、男たちが集まれば部屋の中はいっぱいだ。
皆が頷いたところでその場は解散となり、隊員たちは各自の準備を始めた。
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