第10話 狭間のフィス
拠点として使われる建物は邸宅と呼ぶには質素で、小屋とするには広すぎる。
拠点の大きな会議用テーブルには、不気味な物体が置かれていた。
「……ふむ」
腕を組んだカーライルがぼそりと呟く。
掘り起こした後、不測の事態に備えて氷漬けにした塊からは今は、臭いも漏れ出ていない。
それでも、異様な光景であることは間違いないだろう。氷に上には棘草がもっさりと茂っていて、氷越しに肉というには不気味な赤黒い塊とそれに絡みつき、一部は肉の内部にも入り込んだ根が見えている。
まわりを取り囲んでいるのは、カーライルのほかに中隊長たちとを含め、隊員たちが少し離れて覗き込んでいる。
運んできてすぐにウィルライドは、表情をさっと変えた。
「保護魔法はかけてあるんだろうね?」
「はい。保護魔法をかけた後凍らせて、包み込んでいます」
「それでは足りない」
険しい顔でウィルライドは、すぐ結界魔法をかけた。そうしてようやく、テーブルの上に今乗っているわけだ。
「カーライル隊長。中を調べるべきだと思いますが」
大体のところ、見た状態だけでも騎士団の面々にはおおよその推測はついていたが、それでも確かなことを知らなければならない。
「よし。皆も同じ認識だと思うが、再確認しよう。魔獣を討伐した場合は必ず核を破壊するか、核を回収する。その理由は、魔獣の核は肉を得て時間がたつと魔獣に再生するからだ。皆、それは同じ認識だな?」
カーライルの言葉に、その場にいた隊員たちはみな、頷く。騎士団員にとっては常識のようなものだ。フィスも、学院時代に魔獣図鑑で見た覚えがある。
ただし、ストーンバイター《岩隈》の核だったとしても、同じ岩熊に再生するとは限らないことも知られている。
再生させないためでもあり、魔獣の核は素材として利用されることが多いこともあり、魔獣を討伐してもそのままにしておくことなどまずないのだ。
「このスパインクランプ《棘草》も魔法生物の一種ではある。この肉の状態からすると……」
その先を口にせずに黙り込んだカーライルがどう考えたのかは、言わなくてもわかる気がした。
同じように黙り込んだ拠点の中で、何とも言えない空気が広がる。
一人で生きてきたフィスも、魔獣を相手にすることがあった。薬の素材には必要なこともあるし、薬草を摘みに行って遭遇することもある。弱点を探ったり、核の場所を知るためにも透過魔法は重要だ。ただ、この場の空気が物語るものを考えると簡単にできますとは言えない。
透過魔法は、そう難しい魔法ではない。だが、魔力の消費が多いのだ。フィスにとっては大したことはない魔法だが、騎士団にいる魔導士たちが透過魔法を使うと、一日は魔力が復活しなくなる。
まだ、到着して一日目が終わるところで、三人いる魔導士のうち一人が丸一日魔法が使えなくなるというのは、リスクが高い。
「あの、自分が透過魔法をつかってもよいでしょうか」
その場の空気に押されたわけではないが、ウィルライドとサルジェと自分を考えると、実際の魔力量はさておき、ウィルライドとサルジェのほうが実戦慣れしているのは確かだ。
となると、見習のフィスが一番足を引っ張る立場である。
「自分の魔力量ではいっぱいいっぱいかもしれませんが、自分がやるべきかと」
「フィス、それを決めるのは」
反射的にウィルライドが止めようとしたが、カーライルが黙ってあげた片手に止められた。
魔導士の中ではウィルライドが中隊長役となるが、全体の指揮権はカーライルが持つからだ。
「フィス。回復にどのくらいかかるとみる?」
「わかりません。でも、あまり魔力量が多くない分、自分は回復が早いほうです」
「そうか。わかった。では頼もう」
あっさりと許可を出したカーライルに何か言いたげだったウィルライドはなんどか、手を上げかけたもののぐっと拳を握りしめて押し黙った。
支度をするといって、フィスは自分の荷物を取りに戻る。羊皮紙に弱い魔法でも反射させる小さな魔法陣を描く。
不安などは一切ないが、両腕に隠したアームレットを撫でて、急ぎ足で皆のいる大部屋に戻った。
「お待たせしてすみません」
テーブルに置かれた棘草の周りに羊皮紙を囲むように置く。ウィルライドを振り返って、フィスは小さくうなずいた。
「じゃあ、始めます。皆さま、少しだけ距離をとっていただけますか」
フィスの言葉に、テーブルとフィスから、皆が一歩下がるのを待って、両手を上げた。
顔を伏せ気味にして目元が分かりにくいように巻き毛を直すふりで、前髪で目元を隠してから、息を細く長く吐く。
「……クレアコグニス」
誰にも聞こえないくらいのちいさい呟きで、手のひらから魔力を流した。わかりやすく流れていく魔力に隠して、フィスの目の色がわずかに変わる。
物の内部構造や隠された物を透過して視認することができる魔法である。魔力に応じて、透視できる深さや解像度が変わるものだが、フィスの力であれば、ほとんどの場合は見通せないことはない。
氷の中にある肉の塊の輪郭に続いて遂げ棘草の根、そして中心に光るものが見えた。透過魔法を使って視ているフィスの目には、実際のものとは異なり輪郭と形状がわかる。
なめらかな石のような塊だが脈打つような波動が見える。
おそらく、あれが核で状態からすると、ほかの魔獣に対して共鳴効果を持っている。弱い魔獣は近辺にいる強い魔獣を呼び寄せることもあり、その逆で弱い魔獣は逃げることもある。
小さな石サイズの核ならば小型の魔獣の核のはずで、こうして目で視て波動まで感じることはないはずだ。
あるとすれば、中型以上の核ならばありえる。核は周囲の魔力を吸収するからだ。
魔獣の肉に埋まっていることで、周囲の魔力を吸収する力が一層増す。それほど遠くない限り、魔獣は再生するか、周囲の魔力を吸収しさらに大型になる可能性がでてくる。
つまるところ、この棘草の根元にあったものは魔力を吸収しさらに大きな魔獣を作り出すための装置ということだ。
フィスが目に魔力を込めて読み取ったものとは別に、透過魔法として周りにも見えるようにかけた透過魔法で周りの者たちにも、氷の中の様子は見て取れたはずだ。
「予想通りか……。いや、予想以上か?」
「核が大きいですね。早々に取り出さなければ」
カーライルをはじめとして、皆口々に感想を言い始めた。見習いとはいえ、フィスも騎士団の一員である。今回の遠征は討伐と共に魔獣発生の原因を究明することも仕事なのだ。
集まっていた中隊長たちだけでなく、隊員たちもざわざわとテーブルを囲んで口々に思ったことを口にする。
「うぇ……。気持ち悪いなぁ」
「そもそも魔獣の肉を加工するのって冒険者ギルドだっけ?」
「いや、魔導士でもできる、はず……だよな?」
ひそひそと交わされる会話にさすがに討伐で見慣れているはずの隊員たちもあまり気分のいいものではないことがわかる。
透過魔法によって、この不気味な物体を見れば、何らかの魔獣を引き寄せる要素の一つの可能性が高い。誰が、どういう意図でこんなことを考え出したのかを考えると、ウィベリアの魔獣発生は人為的と考える方が自然である。
カーライルが指摘するまでもなく、皆思うところは同じのようだった。
「この塊がほかにもあるのか、調べて、掘り返して、か?」
「そうだな……」
「まずは、町の周辺を徹底的に調査して、すべて回収するしかないな」
おおよその意見が出そろうのを待って、カーライルが片手をあげた。
「皆の意見もどうやらそろったと思う。明朝から、町の周囲の調査、そして同じような仕掛けを見つけ次第、回収する。それでいいか?」
「はい!」
全員がそろっているわけではないが、ひとまずは、明日からの行動が決まったところで、今夜の見回りを決めようと、中隊長とカーライルが顔を見合わせたその時、拠点のドアが大きな音を立てて開いた。
「隊長!ストーンバイターが出ました!!」
「どこだ」
駆け込んできたのは、周囲の警戒に当たっていた隊員で、割り当てられていた部屋に引き上げようとしていた隊員たちが一斉に振り返った。
「山側から出現を確認、そのあと、地中に潜ったようですが、移動を追跡しています!」
「よし、全員装備をと整え次第、出動だ!」
「了解!」
応じる声とともに、皆、装備を固めるために動き始めた。フィスも支度をしなければと、周りを見回すと、ウィルライドがフィスを振り返る。
「フィス。君はここに残りなさい。君はここでこの塊の監視が仕事だよ」
「ウィリー先輩!」
「君はもうすでにさっきの透過魔法で、魔力は限界だろう。短剣ではストーンバイターの硬い外皮には歯が立たない」
ウィルライドは、今までの中で一番厳しい顔を向けた。
「もう一度言うよ?ストーンバイターは外皮が固く、爪も鋭い。力も強いから、戦いづらい魔獣だ。地中に潜って出没するから、姿が見えなくなった後、足元から襲われることもある。暗い中で、見習いの上に、魔力も底をついている君が討伐に参加することはない。これは魔導士の中隊長としての命令だ」
「でも」
「二度は言わない。いいね?」
まだ見習いであり、大した魔法も使えないことになっているフィスが討伐に参加しても足手まといにしかならないという判断は、間違っていない。
しいて言えば、見習いから昇格できるチャンスが減ったことくらいだろうか。
「わかりました。拠点で、魔獣にかかわる物の監視をいたします」
素直に引き下がったフィスに、ウィルライドはほっとしたようだ。確かに見習や、若い騎士はついつい、功を焦って無謀な行動に出ることが多い。
それを心配していたのだろう。
「うん。一人に任せるようですまないが、あれも危険だと思うんだ。十分気を付けるんだよ」
「はい。承知しました」
フィスを置いて、ほかの隊員たちは支度ができたものから外に出ていく。それを見送って、一人残ったフィスは、自分の短剣を取り出した。
正直に言えば、自分も討伐に参加したかった。フィスが住んでいた町や王都の近くでは中型以上の魔獣はあまり出現しない。出現したとしても、即座に騎士団に討伐されるからだ。
素材としては扱ったことが何度もあるのに、実物は知らない。単純に、興味がわいた。
どういう動きを見せて、図鑑にあったような攻撃なのか、弱点はあるのか。実際に見てみたかった。
怖いという感情ではなく、興味だけで騎士団のほかの隊員に気を使わせ、庇ってもらうことになることは天秤がおかしなほうへ傾くだけだ。そうなったときに、フィスが今回の討伐メンバーに支払うべき対価はどのくらいだろうか。そんな面倒を考えるよりは拠点に残ったほうがいい。
それよりも、この棘草と同じものがほかにもあるならば、出現したというストーンバイターもこの不気味な仕掛けから発生したのか、呼び寄せられたのか、そのどちらかかもしれない。そう思うと、このままにしておくよりも、核を取り出すべきだ。
フィスにとっては、この不気味な塊も、あくまで素材でしかない。そう思うと、少しもためらうことなくテーブルに近づいた。
まず先に、棘草の茎の部分を短剣で落としていく。うっかり触ってしまうと絡みついて棘が抜けなくなるので麻袋をかぶせて、切り落としていく。
魔法で凍らせた場合、凍らせた対象は簡単に溶けはしない。扱いやすくなった塊にむかって、フィスは手にした短剣に強化魔法をかけた。
シャーベットに向かって刃を下すような感覚で、核をの周辺の肉を割く。
きらきらと輝く濃い紫色の核が肉の間に光るのがみえて、それを割らないように慎重に抉り出した。
「割と大きいな……」
鳥の卵よりも二回りくらい大きくて、フィスの小さな手では片手でようやくという大きさだ。手の中でまるで生きているような拍動に背筋がぞわりとする。だが、無事に核を取り出せた場合は簡単に壊すわけにはいかない。
加工したうえで、ロッドやキューブや、魔法具の一部に使用することができる素材なのだ。
加工するための封印は高位魔法に入るもので、フィスができるものではないことになっている。その代わりに、核を保存するための革袋が騎士団には支給されている。その皮袋に核を入れて、口を縛った。
残った棘草は、茎から切り落とされたが、魔獣の肉から魔力を吸い上げたのか新しい茎を生やし始めている。その速度にも驚くが、これも加工次第で素材になるものだ。
これか一人でフィスの小屋にいるのであれば、さっさと乾燥させて薬の素材にでもするのだが、今は遠征に来ている拠点である。もう一枚麻袋を持ってきて、棘草の上部にかぶせた。
こちらはこれで一段落というところだが、外のほうがどうなっているのだろうか。
ストーンバイターは熊に似た魔獣だが動きが速い。地中に潜り移動する姿も鋭い爪からしても土竜のような動きをする。うまく進む方向を誘導し地上で制圧するのだがなかなか難しいらしい。
町にいる冒険者ギルドの者たちも参加しているようだが、指示する声なのか怒声が続く。遠くから届く金属のぶつかり合う音や、魔力の動きを感じて無意識にフィスはごくりと喉を鳴らした。
焦りや不安よりも、どうなっているのか、ここまで来て現場にいられないことが悔やまれる。
その攻防戦が終わるのを一人拠点の中で待った。
* * *
カーライルの指示により、急いで装備を整えた隊員たちは拠点を出て町の北側に向かった。
すでに、冒険者ギルドの者たちと、町の者たちが武器を手にストーンバイターを追っている。ルクスーゲルも剣を手にしているが、相手が相手だけに接近戦を主にする剣士たちは後ろに下がっていた。
「どこだ?!」
怒声の先を追って走り出すと、町の北側からぼこぼこと土が盛り上がった場所がいくつかできている。
「向こうだ!」
「あっちです!」
あちこちから聞こえる声を追って向かうと、走る目の前に黒い大きな塊が地面から飛び出した。反射的に後ろに飛びのいたルクスーゲルが、剣を構える。近くにいた剣士の中隊長、コンラッド・ギルデロイドが大剣を肩に担ぎあげた。
「目の前にわざわざ出てくるとは、こちらに好意的なのか?」
「良心的ならもう少し考えた場所に出てくるべきだと思いますが!」
「グァァァァァ!」
土魔法が効きづらいストーンバイターは、魔導士と盾部隊が追い込んで火魔法や水魔法で弱らせた後に剣士たちがでる。その囲いを抜けてきた相手に、後方で構えていたルクスーゲルたちは驚きもせずに、周囲にいる隊員たちに軽く顎を引いて構えるように合図を送った。
「ルクスーゲル。普段の相棒のようにはいかないかもしれないが、相方を頼む」
「光栄です!」
そろって走り出すと、先にルクスーゲルが剣を振り、それを避けようとするところに大剣を下から切り上げる形でコンラッドが走り込む。平均的な個体だが動きが速い。
ルクスーゲルの剣が一閃し、鋭く空気を切り裂く音が響いた。ストーンバイターの硬い外皮にこそ大きな傷を与えられないが、その一瞬の隙をつくことで、さらに追撃のチャンスを生み出していた。
だが、ストーンバイパーの方も二人の攻撃を大きく腕を振って、簡単に弾き返す。長身のコンラッドは、続けて打ち込む間に、体格のいいルクスーゲルが想像以上にやわらかい体でストーンバイターの動きを邪魔する。
軽快に動くルクスーゲルの剣は、まるで風のようにしなやかに敵の懐へと滑り込み、鋭く切り込む度に、わずかな隙間から筋肉を抉るように確実なダメージを与えていた。ルクスーゲルの剣がストーンバイターの脇腹をかすめた瞬間、ストーンバイターの目が鋭く光り、ルクスーゲルに敵意を向ける。次の瞬間、反撃に備えるように前脚をわずかに引いた。
その一瞬の隙を狙って、コンラッドが大剣を振り下ろす。
対峙した二人と逆側から盾を構えている隊員の間に少し離れたところからサルジェが土魔法で地面を固めた。切り込んでいる二人の邪魔にならないように、ほかの隊員たちは囲むように剣を構えて、周りを囲い込む。
「こんのっ」
「速さで負けはしないのだが!」
「ルクス!」
背後からの怒声を聞いて、瞬時に二人が剣を下げて身を低くする。頭を下げた二人に向かって、ストーンバイターのほうが攻撃しようとしたところに、空気を裂く音がして弓が飛んできた。
「グアゥッ!!」
「ちっ、やはり硬いな」
ストーンバイターはその名の通り、厚い岩のような皮膚を持つ。短い毛も硬く、ただの弓矢では刺さるどころか跳ね返るばかりだが、矢じりを強化した上に炎魔法がかかっている。
弓手が放った矢の先端は、魔力の炎で輝いており、まるで小さな彗星のように飛んでいった。ストーンバイターの硬い外皮にかすめて火が燃え移ると、魔獣が激しく腕を振って炎を振り払おうとする様が見えた。
「グガルゥッ」
いくつか、刺さった矢が落ちて、大きく吠えると地中へと勢いよく姿が消えた。サルジェが地面を固めていたにもかかわらず、もこもこと町の外に向かって隆起した跡が続いていく。
「追うぞ!」
まだ討伐は終わっていない。逃げたストーンバイターを追って、隊員たちが走り出す。町の中で暴れさせることなく、このまま被害を最小限に抑えて町の外で討伐するのだ。
「町の外に出ればこっちのもんだ」
「まだ若い個体で助かったな」
騎士団の面々はお互いの役回りをよく理解している。魔獣によって、弱点も異なり動きが変わるのは当然のことだ。
そして追い立てた柵の外には重厚な両手斧を構えた隊員が待ち構えている。盾と大型武器の担当騎士、マルコムが両手斧エクスプローダーを地面に向けて構えた。
「来るぞ!」
隊員たちの声掛けで、地面の下を移動するストーンバイターの動きで、地面に近づいてくると土がもりあがり、場所によっては堅い地中を進む振動波が広がる。走っていても足元の震えによろめきそうになる。
地中を移動していたストーンバイターの進行方向を見定め、マルコムがエクスプローダーを振り下ろした。エクスプローダーが地面に叩きつけられた瞬間、周囲に鈍い地響きが広がり、足元に強烈な震動が伝わる。
ストーンバイターの衝撃波にも負けずとも劣らない、衝撃で地中を移動していたストーンバイターが地上に飛び出してくる。
「ガルァァッ!!」
「ふんう!!」
飛び出してきたところに、もう一撃とばかりにエクスプローダーが横殴りに振られる。
「グガッァ!」
マルコムが構えたエクスプローダーは、鋼の塊のように重く、その一撃は地面に鈍い振動を走らせるほどだ。彼が振り下ろすと、エクスプローダーの一撃がストーンバイターの肩にめり込み、重い打撃音と共に土煙が巻き上がる。硬い外皮にひびが走り、苦痛に吠えるストーンバイターの体がぐらりと揺れた。
隊員たちと一緒に戦おうと、武器を手にしていた冒険者たちは続けざまの衝撃に耐えられず、その場に膝をつく。
それを後ろに下がらせるのも隊員たちの役目だ。ストーンバイパーを囲むのは騎士団の隊員たちだけになって、さらにその囲みが狭まる。
ストーンバイパーは、唸り声とともに両腕で踏ん張り、再び隊員たちに向かって威嚇するように立ち上がった。
「懲りませんね、こいつ」
「生存本能は魔獣も変わらんだろう」
「それでも諦めてもらうしかないのですが!」
互いに呼吸を合わせるように間合いを取り、コンラッドが斬りかかると、ルクスーゲルが素早くサポートするように右側から踏み込む。敵の反撃の隙を見逃さず、マルコムが冷静に一撃を放つ。
マルコムの斧が深くストーンバイターの体に食い込み、周囲が静寂に包まれる。隊員たちの荒い息遣いだけが響く中、岩のような塊がずるりと崩れ落ちた。
暴れていたストーンバイパーがようやく倒れこんだ。
「……すまん。恨みはないがここに現れたことがよくなかったな」
とどめを刺したマルコムの一言も騎士団ではよくあることだ。とどめを刺したものが魔獣へと言葉を送る。魔獣の倒れた姿を見ても隊員たちは警戒を解かずに待っていた。
「やれやれ。夕飯の前に一仕事するにしてももう少し軽いのにしてほしいですねぇ」
ウィルライドが軽口をたたきながら前に出てくると、地面に転がったストーンバイパーの体に保護魔法をかける。手際よく核を取り出すと、立ち上がった冒険者たちに片手を振った。
この後は核をぬいた後、素材として使える部分は加工することになる。普段は核を抜くところまでで、加工をするのは冒険者ギルドの仕事なのだが、都合のいいことに冒険者ギルドからも出張ってきている。
「皆さーん。後の処理はお任せしても?」
「もちろんだ!だが、これから手を付けると夜遅くなって、魔獣どもが匂いに敏感になっているからな。明日、日がでてからでいいか?」
「ええ、大丈夫です。保護魔法をかけていますから、今夜は私たちの拠点の裏にでも運びましょう」
ウィルライドの掛け声で、冒険者たちとそれを手伝う隊員たちがストーンバイパーを運ぶための支度にかかる。このやりとりで初めて、隊員たちの警戒も解けて、ほっと息を吐くもの、軽口をたたく者たちが出始めた。
町の者たちは予想以上に早い討伐に、呆気にとられていたが、淡々と処理を進める隊員たちをみてようやく歓喜の声を上げた。
「すげぇ!!」
「やぁ、騎士団の皆さんはやはり強い!!」
あちこちから上がる声は、討伐に出た時にはまあまあ遭遇する出来事だ。
騎士団にとっては自分たちの仕事をしたに過ぎないが、町への損害も最小限で怪我人も少ないとほっとするのは毎度のことである。
「お疲れ様でございました。町への被害もなく、ありがたいことです」
町の代表がカーライルに向かって頭を下げに出てくる。カーライルは、鎧に身を包んだまま片手をあげた。
「いや。我らは仕事の一つをこなしたまでのこと。感謝していただくには及びません」
「とんでもないことでございます。食事の支度と皆様が汗を流していただくように支度をしておりますので、後始末がすみましたら宿のほうへおいでください」
「心遣いに感謝する」
きっちりと貴族に対する礼をとった町の代表に素直にカーライルは礼を返した。
しばらくの間滞在するのだから、毎度歓待してもらうわけにはいかないが、初日の夜に一仕事したのだ。このくらいはよいだろう、と判断した。
「よし!撤収が済んだものから宿屋で汗を流させてもらえ」
あちこちで、やった、という嬉しそうな声が聞こえてくる。討伐が終われば、一気に硬い雰囲気が崩れて、気安さが広がる。それぞれが自分の役回りに従って動き出した後、カーライルのそばに中隊長たちが近づいてきた。
「隊長」
「わかっている。拠点に戻るぞ」
「はい」
声を落としてひそかにうなずいた、数人が拠点に向かって歩き出した。
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