第2話

2023年 12月


稀に見る大寒波で東京もすっかり雪景色になったXmas直前の日、帝都大学病院救急患者受入口に1台の救急車から酸素マスクを着け口元には血がついていた男が意識が朦朧とした状態で運ばれた、免許証から身分証会が終わり、連絡後連れと思われる男女が病院に駆け込んで来たのはちょうど1時間後だった



「ステージ3…?!冗談言わないでくださいよ!」

「……?!」

銀の長髪をひとつに結んだ女は両手を口に当てながら絶句しノータイスーツの男が医者に詰め寄る

「申し訳ない…もう外科的処置は不可能なレベルで…」

「なんだよ不可能って!なんとかしてくれよ!」

「無理なんです!どこから手をつけ…」

「…そう!治験薬とかあるんだろ?未承認だから保険が効かねぇ実費の奴とか!あの人金は腐るほどあ…」

「そういう問題ではないんです、組織片を病理検査に送ってますので結果待ちですが…初めて見る形の病巣も見られました、こういった悪性腫瘍…いわゆる癌という物は現発した所、初めに出来た箇所が進み血管や神経を通って転移するのですが、松田さんの場合、胃の他にも同時期にできたと思われる同じ大きさの物があります。これは今まで症例がないのです。オペをするという選択肢もありますがその場合、検査結果待ちですが他にも可能性がある場所も全て特定し一気に取り除かなかればなりません、もちろん放射線治療も選択肢に入りますが…恐らく目新しい効果は期待出来ません」

「そんな…そんなのって…」

「もう…治療は……」

医師は目をつぶって首を横に振り

「残念ですが…根治は難しいです、麻酔から覚めたら改めてご説明させていただきますが…御家族の方と連絡できますか?」

名城は出て目を拭うと気丈に振る舞いながら答えた

「家族はいません、私達だけです、近い関係の人間は」

「そうですか…告知等はどうされますか?」

「は?告知?本人わかってねぇのかよ!」

「カルテを見るに眼球摘出の時はまだ何も症状は出てませんでした、いつからこんなになったのか…お心当たりは…」

名城と弟村は2人顔を見合わせ肩を落とすと医師は察してくれたようだ

「なるほど…で?告知の方は…」

名城が一瞬考え込むが即答したのは弟村だった

「告知…お願いします、あの人は隠されるのは嫌がる人ですから。それと先生?あの人は後どのくらい生きられるのですか?」

「こればかりは…病巣の大きさと進行から考えるに…恐らく長くて1年程かと…」

「一…!!…」

2人が驚いていると看護師がカーテンを開けて

「先生、松田さん意識戻りました」

「今行くよ、ではこのまま説明させていただきますね」

3人は部屋を後にし松田がいる病室へ向かうと到着そうそう医師は病気の説明、治療の可否、余命を説明していたが説明中、松田はずっと天井を見つめていた

一通り終わり医師と看護師が退出、3人だけになるとやっと松田が口を開いた

「まいったね…こりゃ…」

「なんで治療拒むんだよ!アンタ!」

納得のいかない弟村は食いかかった

「仕方ないだろ?手が付けられないんだから…それに何となく予想はついてた…いつか体が壊れると…」

「だからって」

「…どうしてそんな事…?」

名城は気丈に振舞っているが声が少し震えていた

「ガラムトラドでわけのわからないウィルスに感染したけどワクチンで事なきを得た、でもあのウィルスは細胞を変異させる物。田舎町が吹き飛んだ後もウィルスは改良していたんだろ、隠してるけど香港でもBSAAが秘密裏に部隊を展開していた…改良を重ねて大して実験もしてないようなモノを体に入れたんだ…何かしら反動はくるなと予想はしていたんだ。ほら?この左目、知らない間に視力が落ちて水晶体が壊死していたんだ…まさかな…と思っていたけどこれが合図だったんだね…でも1年かぁ…何するかなぁ」

名城が点滴の針が刺さっている腕の手を掴む

「社長諦めないで…治療してください、お願いですから…」

「もういいよ、自分の身体のことは自分がよく分かる。もう手遅れだよ…それにこれは呪いなのかもしれない…啓介の」

「啓介さんがアンタを呪うわけないでしょうよ?夢にまで出てきたのに、バカも休み休み言ってください」

「そうですよ!そんな事な…」

2人の言葉を遮るように松田が喋る

「君らは啓介を知らないだろ?僕は託された事を何もできなかった…何も…何も…マキもカミサカ任せ…平和に生きろって意味すらもわかってない…この左手見ろよ…この噛み跡、濃くなってる気がする。だからもういいんだ、それに調べたい事も分かったし」

「調べたかったこと?」

「うん、なんとなくだけど目がおかしくなってきた時から調べてたんだ」

「…何なんです?それって」

一呼吸置き松田は口を開いた

「実はさ4ヶ月前にカミサカから相談があったんだ。それを涼木ちゃんと調べてたの、だから会社は君らに任せてたんだよ」

名城は部屋の外に誰かいないか確認しトビラを閉め鍵をかけ、弟村に目で合図

恐らく人に聞かれない為の処置だろう、弟村も黙って頷く

「相談って?」

「とんでもない物さ、国が消し飛ぶ代物、それを日本が作ってた」

「…まさか?!また…!!」

弟村の口調は少し怒りが篭っていた

「弟村君さ?核兵器とか生物化学兵器を想像してるだろ?残念、大ハズレ。国を滅ぼす物は何も武器だけじゃない」

「…どういう事です?社長?」

名城も首を傾げながら尋ねた

「国を守るのに必要なのは武器だ、それは分かるね?なら国を運営するのに必要な物は何?答えはこれさ」

松田は自身のマネークリップから血が付着した100元札を出して見せた

「お金…?」

「金…あ!」

名城はピンと来なかったが弟村は理解したようだ

「経済だ…経済で使うもの…それは金!!」

「正解、弟村君。国家を運営するのには金を自国の実体経済や市場経済で回して経済を潤わせ徴収する…国家が身体としたら金は血だ、だがその血が偽物だったら…?」

「まさか!偽札?!」

名城も気が付き驚いた顔した

「そう、どうやら今大陸ではこの偽札が大量に出回ってて大変らしい、共産党のトップはひた隠しにしてるけどね」

「それをカミサカさんがなんで?」

弟村は興味津々らしく食い気味だ

「アイツは極東アジア担当だろ?下手に大陸が潰れると難民が押し寄せるからね、今アメリカ的には潰れて欲しくないらしい。恩を売って延命させるみた…」

点滴が気になったのかジロジロ見ながら答えた

「ちょっといいですか?どうしてそれを社長に?」

「カミサカが捕まえたスパイ…大陸のね?それが26年前に日本のとある場所で日本人からその偽札を受け取りある活動をしてたんだと…うわぁ、薬まみれだなぁ」

針が刺さってる箇所が痒いのか気になるのか触ろうとしてたので名城が制止する

「ダメですよ、触っては。でどこで何をしてたんです?」

「26年前に沖縄で基地反対運動だと。沖縄は昔から基地ありきの経済、賛成も反対も五分五分なんだ。でも反対運動はしたい、なら人をどう集めるか…当時の沖縄は本土から入るのが少し面倒な場所だったんだよ、西と東の合同管轄だったからね。本土から人を入れられない…なら外国人をって事で雇ったらしいよ。幸い沖縄は台湾にも近いからね、船で頑張ればどうにかなる、それに外国人なら観光ビザで入国しやすいしもっと言えば密入国させればいい。そして当時この偽元札で買収し半基地運動をやらせてばら撒かれた…僕と涼木ちゃんで当時の基地反対活動をしていた人間を探して調べたらどうやら上原 誠二って当時の県議会議員が関わってた事までは突き止めたんだ」

「相変わらず凄いですね、社長と涼木さんの情報収集力は」

「…死ぬ気でやればなんでも出来るって事だよ…後はカミサカにこれを報告して終わり、さて…少し眠くなってきたから寝てもいいかい?」

「…本当に治療しない気ですか?」

名城は俯きながら泣きそうになるのを堪え口を開いた

「…もう決めた…決めたんだ」

「どうして勝手に決めるんです!」

名城が身を乗り出したので弟村が止める

「名城さん!ちょっと!」

「僕の人生は僕が決める…それの何が悪いの?」

「バカ言わないで!希望があるのに捨てるの?なんで捨てるの?!貴方は!」

「希望か…笑わせるなよ」

「はぁ?!私達が貴方に長く生きて欲しいって思う事のどこを笑うんですか?!」

「希望ってのは明日がある奴がすがるものだよ、僕の明日はいつ終わるか分からない、今日寝て明日が来る保証はない、なら希望するだけ無駄だ!事実を受け入れ限られた時間をどう生きるか考えた方が有意義だね!」

松田も声を荒らげた

「もう終わりが見えてる僕に君たちの価値観を押し付けるな!出ていけ!帰れよ!君たちが言う事は所詮綺麗事!他人事なんだ!頭にくるんだよ!」


パチン!


名城の右手が松田の右頬を捉えた


「…綺麗事の何が悪い悪いんですか……私は貴方に何も返せてない…生命を救ってくれた貴方に生きて欲しいって思ってはダメですか…」

「名城さん…」

弟村が名城の肩に手を置いたがそれを力強く払うと

「弟村さんだって!なんでそう傍観できるんですか…見損ないました!」

「名城さん、俺だって同じっす、でもこの人…言い出したら聞かないっすよ。そういう人です社長は…」

松田も言いすぎたと思ったのか視線を逸らす

「社長?俺だって貴方に生きて欲しいと願う1人です、でもそれが窮屈に感じるならもう言いません、でも代わりに社長に残された時間を有意義に過ごせる手助けを俺たちにさせて貰えませんか?」

「意味わかんないよ…僕が時間を有意義に使える手伝い?」

「例えば…エンディングノートとか、やり残した事書いてみてそれを俺たちでやりましょうよ、社長は金はあるんだ、それ使い切ってからでもいいんじゃないですか?」

弟村は必死で表情を作りながら穏やかに話をした

「エンディングノートか…いいねそれ!書き記した方が惰性にならなそう、弟村!冴えてるねぇ!」

「あざっす、とりあえず…着替えとかPCとか一旦ホテルに戻って取ってきて明日また来ます、携帯まだ使えます?一応俺のモバイルバッテリー置いとくのでまず携帯にでもエンディングノートを書いてみてください。明日までの宿題!いいっすね」

「わかった、書いてみるよ」

「逃げないでくださいよ、もし病院を抜けるような事したら東部署に頼んで指名手配してもらいますからね!さ、名城さん、帰りましょ」

名城の腕を引き病室を出ようとした時

「椿ちゃん、言い過ぎた、ごめん」

名城は一瞬立ち止まったが直ぐに部屋を出ていってしまったのだった








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る