深き藍、虹の彼方へ

乾杯野郎

第1話

「金城先生に連絡!オペ室準備!」

「戸平さーん?!聞こえてますか?!病院ですよー!」

「これから処置しますのでお連れの方はここでお待ちください!」

救急患者受け入れ口は慌ただしかった

戸平 真樹人は佐原の協力の元、ヘリで移送されヘリ発着場から救急搬送

救急車の中で意識を取り戻したがまた意識を失い病院に着いた後はストレッチャーに載せられ看護師が声掛けをしながら真樹人は手術室へ

名城のキズは軽傷だったのでストレッチャーに乗るのを拒んでいたが看護師達に促されストレッチャーに乗り処置室に

山城 芽衣と弟村 史はカンファレンス室という札がかかった部屋に案内されると山城 芽衣は呆然としながら椅子に腰掛けた

「山城さん、ご無事で何よりです」

ジャケット上からでも筋肉質な身体と分かる男が乱れた髪を直しながら山城 芽衣の前で深々と頭を下げた

「頭を上げてください…もう私には何がなんだか…」

「ですよね…お察しします。申し遅れました、俺、社長の運転手の弟村 史と申します。」

「真樹…戸平さんの会社の…?」

「そうです、運転から雑用までやらされてますがね、あ、少しお待ちください」

それを言うと弟村はカンファレンス室から出ていき数分後にペットボトルの紅茶を買って戻ってきた

「これ、良かったら…紅茶はリラックス効果がありますので」

「ありがとう…ございます」

ペットボトルを受け取り封を切って口へ運ぶと冷たい微糖の紅茶が体に沁みる

「あの…弟…弟村…」

「落ち着いて、あんな事があったばかりだ」

「何がどうなってるの…?真樹人…真樹人が!あんなに!あんなになるまで…どうして……」

山城 芽衣は両手で目を抑え無理やり涙を止めようとするが効果は無く

「まず落ち着きましょう、ゆっくり深呼吸してください」

弟村が肩を撫でながら落ち着かせるが一向にやまない

「私はなに?あの人はなに?もう何なの…私は普通に…こんな仕打ち…もう嫌…嫌…」


「…分からない事をそのままにするのはバカがする事だ…」


弟村のその一言で山城 芽衣は我に返り弟村が続ける

「答えがあるのに知ろうとしないのははただ自分から逃げるだけ、知りたくないなら一生そうやってるといい…すみません、キツいこと言って。でも社長だったら今の貴女に言いそうだなと。」

「……どうして私なんかに?そもそも関係なかったじゃないですか?!」

「たしかに仰る通りです、でも26年前の秘密がもうそこまで露呈しかけていた、それをなんとしてでも社長は阻止したかったんだと思います、山城さんご本人がまだ何も知らないのに他人が箱の中身をさらけ出すのは本人が1番傷つくだろうと、だから社長は俺達に厳命しました」

「厳命…?それは…」

「山城 芽衣さんを守り抜け…そしてどんな結果…自分がどうなっても山城 芽衣さんが真実を知りたがったら嘘をつくな、真実のみを伝えろ…と。おそらく社長はこうなる事を分かっていたのだと思います」

「…どうして私なの?お父さんの事が関係してるの?」

「きっかけは上原 誠二さんの事ですが…社長の中ではおそらくですが…それはもう関係ないと思います、実は半年程前から3ヶ月程社長は貴女を調べていました」

「ストーカーされてたって事?」

「ハッキリ言えばそうですね、社長は徹底的に貴女を調べました、産まれ、育ち、学歴、普段の行動…あの老人の六道 正義と関係があるのか…最後俺達にこう言ってました「あの娘は僕と違う、潜在的に愛されてたから欲してしまうんだ、人に裏切られても人を信じ人を大切にできる…啓介を守れずマキも手をかけ名城君の為と責任転嫁し他人を演じ続けた俺にできる事が残されてるならあの娘を守りたい」と」

弟村も買ってきた水を飲む

「何を言っても弁解にすらならないのですが…憶測ですかおそらく社長は貴女の事を疑いがあるから調べてたと言うより貴女の潔白、あの六道とは関係ないという事を証明したかったんだと思います」

「…なんか複雑です。知らない間に調べられたのは…」

「気持ちのいい話ではないですよね…すみません」

「嫌だとかそういうのとは違うんです、どう表現していいのか分からなくて…あと…弟村さんのさっきの言葉、真樹人さんみたいでした」

意外な言葉に少し驚いた顔をした弟村

「え?」

「少ししか一緒に居れなかったけど…真樹人さんならそう言うかなって」

「…ありがとうございます、社長の事…理解してくれて」

「真樹人さんは何に対しても…事実だけを言ってくれる。結果私に言えなかった事や嘘もあったけれどそれって人を陥れたり損得でつく嘘とは違う…だからこそ何がどうなってるのか分からなくて、あの目や身体のキズを見た時、普通の人じゃないとは思ってたけど…この国で戦争も起きたから人は誰でも触れられたくない事もあります、だから触れないようにしてました」

「おそらく山城さんが深く聞いたら答えてましたよ」

「セールスマンって言ってました…真樹人さんは一体どんな人なんですか?」

「…社長らしいや、実際そうです…ただ売っていた物が非合法…主に武器弾薬を扱ってました。これは内密にお願いしたいのですが政府関係にも卸ていました、褒められた仕事ではないですが社長は非合法的な集団とは取引してなかったんです、まぁあの人にとっては武器売買が主な収入ではなかったんですけどね」

山城 芽衣は少し驚いたが様子だったがすんなり受け入れたようだ

「なんか、本当にあるんですね、そういう事…でもここまできたら驚かないかな。あの人はあの人だし…悪ぶってるけど本当はとても優しい人だと思ってます」

「…ありがとうございます、俺も同感です」

ペットボルの紅茶を飲み何かを決めたかのような目つきで山城芽衣は弟村に問うた

「私の知らないところで何が起きてたんです?ここまできたら本当の事を知りたい…真樹人さんが言った「ご両親は深く深く君を愛していた」の意味を知りたい。それに真樹人の事を本物が偽名を使ったと言ってた…結局あの人は誰なんでしょうか?」

弟村は一瞬困惑したが口を開いた

「…分かりました、俺は全てを知ってる訳でもないし…話、長くなりますが良いですか?」

「構いません」

「あと俺社長みたく頭良くないんで話が脱線したら…」

「大丈夫です、私も聞き直しとかしますし」

「まずあの人、山城 芽衣さんが戸平 真樹人と思ってる人間の本当の名前は「松戸 和平」です、ただ俺達や今の会社を作ってからの知り合いは彼を「松田 啓介」と呼びます。」

「ごめんなさい、理解力なくて…どうして名前が3つもあるんですか?」

「これにはとても複雑な理由があるのです…」

弟村は重い口を開いて山城 芽衣に分かるように説明した

生い立ち、少年時代、日本に帰ってからの学生時代、そして本物の松田啓介との出会い、別れ、水流木マキとの事、名城との出会い、そして自分、今…と

山城 芽衣は時折絶句していたが弟村の話に何も言わずただ黙って聞いていた

「長くなりましたがこれが松戸 和平さんが松田 啓介を名乗る理由です」

弟村はペットボトルの水を飲み干し時計を見ると21時を超えていた、弟村が話を続けようとすると扉をノックする音

「コンコンコン」

扉が開くと髪を下ろし腕を保護具で吊るしたスーツの女が入ってきた

「名城さん、怪我大丈夫ですか?」

「えぇ、大丈夫、弾は抜けてましたので」

名城と呼ばれた女が山城芽衣の前に立ち深々と頭を下げる。

「ご挨拶が遅れて申し訳ございません、私、社長の身の回りのお世話を申し付けられてる名城 椿と申します。はじめまして、山城 芽衣さん」

かしこまった挨拶にびっくりした山城 芽衣は立ち上がり名城を気遣った。

「やめてください、私の方こそ見ず知らずの人間なのに守ってくれて…怪我までさせてしまって…本当にごめんなさい」

深々と頭を下げるが弟村と名城両名に止められた。

「私達の方が謝らなくてはなりません、社長から貴女を無傷で守れと厳命されてました…失礼を重ねた上に力及ばず申し訳ございません」

「その事はもういいんです、それに私なんて怪我ありませんから…」

「弟村さんもうお話は…」

「社長が社長たる所以、松田 啓介を名乗る理由までは話しました」

「驚いたでしょう?」

「まぁその…なんて言うか…真樹人…あのなんて呼べばいいのですか?その…」

山城 芽衣の問いかけに名城はそっと近寄り肩をさすりながら

「呼びやすい呼び方で大丈夫ですよ、もしかしたら社長は…貴女には「戸平 真樹人」と呼ばれたいのかもしれない」

「え…?」

「言ってました…別れる時「古い自分に戻りたいなら南へ、新しい自分になりたいなら北へ…って言うけどさ?行先で自分に古いか新しいかなんて誰が決めたの?今度こそ僕は…自分で生き方をえらぶんだ、明日死んだしても、新しい自分になる為に…南に行くんだ」と、だから名前も変えたんだと思います」

「なんでそんなに私に…真樹人さんからしたら私は赤の他人…放っておく事もできたのに…どうして…どうして…」

山城芽衣の目はまた涙が溢れた

それを見た名城はそっと背中に手を置き

「貴女のお母様に頼まれたからです」

「え…?!お母さん…?」

「えぇ…葉山 茜…貴女の本当のお母様です」

「葉山さんが?…私の…?」

山城芽衣が言葉に詰まると弟村が説明をした

「今回の件…葉山さんの嘆願のだいぶ前に社長は今回のきっかけとなる事案の調査をすすめてました、それは26年前に作られたパンドラの箱の中身…それは外交上大問題になり得るとんでもないスキャンダル。事態が大きく動いたのはご自身のお身体の事が分かった半年ほど前…」

弟村も黙って頷き名城が淡々と語り出した…


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る