【短編】先輩たちにNTRれた幼馴染が「よりを戻そう」と言ってきて断ったし、そもそも最早「NTR」とか「掌返し」とかそういう問題じゃなかった話

八木耳木兎(やぎ みみずく)

【短編】先輩たちにNTRれた幼馴染が「よりを戻そう」と言ってきて断ったし、そもそも最早「NTR」とか「掌返し」とかそういう問題じゃなかった話





「断る」

「うぅっ……!!」




 幼馴染の榛村はいむら美和みわの頼みを、俺、筧井かけい一也かずやは一蹴した。

 わざわざ頭を下げて頼んでくれているのに申し訳ないが、だからってさっき彼女が言った頼みを承諾するかというとNOだ。






「よりを戻そうと言われても、俺はもう君とは関わりたくないんだ。ごめんな、美和」

「ねぇカズ君……もう一度チャンスを頂戴? また昔みたいに仲良くやろうよ!」

「その昔の思い出を汚したのは、君自身だろ」






 昔と全く変わらないあだ名で、俺のことを呼んで来る美和。

 はたから見れば微笑ましい光景なのかもしれないが、その事実に俺は反吐が出ていた。




 確かに幼稚園の頃の俺たちは、実の兄と妹のように仲が良かった。

 中学に入って、異性として意識し合い始めた結果、付き合うことにもなった。



 


 だがその関係も、俺たちが高三だったあの日にすべて打ち砕かれた。

 俺のSNSにDMで送られた、彼女とチャラ男の高校OBたち数人とのハメ撮り動画を見たその日に。

 そして、そもそも……





「そんなに、私があの先輩たちになびいたのが許せないの……?」

「ああ、許せないね。大体……」

「でもマー君も知ってるでしょ……あの人たちは最低のクズだったのよ! だからになったんじゃない!!」

「一度なびいておいて、彼らを庇う気もないのか。俺のこともそんな風に裏切ったわけだな」

「そ、それは……」





 美和の言葉は、全てが白々しく聞こえた。

 なびいた先輩のことを今になってクズ呼ばわりしてはいるが、誠意が一つも感じられない。

 いや、そもそも仮に言葉に誠意があったとしても、俺は断じて、彼女の頼みを受け入れたりはしないだろう。

 彼女がやったことを考えれば。






「この後女性ひとと待ち合わせてるんだ、俺。君との会話次第では勘違いされかねないし困るんだけど。大体……」

 ある種の牽制のつもりで、俺はそう言った。

 これ以上何かおかしな事を言ってきたら、すぐに席を立って立ち去るつもりだった。

 そもそも俺には、既に新しい恋人―――後輩であり、仕事仲間の加納ドロシー(ハーフ)がいるからだ。

 金でも積まれない限り、こいつなんかには何の用事もない。今この瞬間も、これからも。






「なんで、こんなに頼んでも許してくれないの……?? ひどいよ、カズ君!!」

 にもかかわらず、しつこく食い下がってくる美和を、俺は苦虫を嚙み潰すような顔で見つめるしかなかった。

 何を被害者面しているのだろう。





「あの動画のことなら、もう何回も謝ったじゃない!!! 何か原因があったら修正するから!!」

「…………原因がである以上、仲良くなんてできない。なんというか、そもそもキミのことは、恋愛対象として見られないんだ」











 今すぐ関係を絶ちたい、という思いの元そう告げる俺に、この期に及んで美和はまだ納得していない様子だった。

 こうなったら改めて、真っ向から自分がしでかしたことを告げよう。

 そう思って、俺は目の前の美和に向き直った。






















「お願い!!! ワケだけでも教えて!!!!!」

「キミあの後八つ裂きにしただろ、先輩たちのこと」















 部屋―――都内拘置所に設置された面会所で、俺―――フリー記者、筧井一也はガラス越しに応えた。

「あの先輩たちは確かにクズだったけど、になったのは先輩たちがクズだったからじゃなくて、キミがそういう性癖だからだろ」

 ガラスを挟んで目の前にいる、彼女―――猟奇的殺人犯にして死刑囚・榛村美和の問いに。








「仮に俺とよりを戻してさ、その後どうするつもりなわけキミ? その【愛した相手を殺したくなる性癖】でさ」

「で、でも、カズ君が、こうやって会いに来てくれたわけだし……」

「二つ理由があって、一つは仕事。もう一つは、間接的に俺、あの先輩たちに助けられたようなもんだから。二度と顔も見たくないキミにこうやってわざわざ会って色々追求しないといけないわけ、あの先輩たちのためにも」




 

 言いながら俺は脳裏で、あの日の悪夢のような出来事を思い浮かべていた。





 NTR動画の本来の送り主だったはずの先輩のスマホは、動画撮影中、犯行後の彼女に(物理的に)乗っ取られた。

 ブッ刺したり、手足を引き裂いたりなどの生々しい映像がそのまま映された動画のラストで、死した先輩のスマホを片手に彼女は俺に「改めてごめんね、カズ君」と言った。詳細はもう思い出したくもないけど、とりあえず言い訳じみた別れの挨拶をしてきたのだ。

 動画で潔く俺をフったつもりだったらしい。

 即通報したけど。





 その上での、今の彼女の「また仲良くやろう」は、最早NTRとか掌返しとかそういう次元の話ではなく、ただの殺害予告だった。






◆   ◆   ◆





 数週間前。

 約八年に渡った榛村美和の裁判がようやく終わった。

 大学生四人を殺した猟奇的殺人犯の彼女を前にして、最高裁はマスメディアの予想通りに死刑判決を下した。

 犯行当時彼女はまだ高校三年生なので、こういう場合少年法に守られて女子少年院行きになるのが通例だが、彼女が4月生まれであり、犯行時点で新成人の年齢に達していたことが、今回の判決の決め手となった。




 なお精神鑑定の結果、憎しみや金品収奪などの動機などは特になく、ただただ【そういう性癖】という結果だけが出た。

 一見よく【ヤンデレ】とかそういう通称で言われる属性に近い性癖だが、【意中の人を殺してでも自分のものにしたい】と【意中の人を殺したい】は似て非なる欲望だ。

 前者の殺しが行き過ぎた所有欲を満たすための手段なのに対して、後者は殺しそのものが目的。なんというか、愛情表現の一種にキスやセックスがあるように、美和のような人間にとっては愛情表現の一種に殺しがあったのだ。




 死刑判決の直後くらいの時期だったか、ニュースを見てほっとしていた俺のもとに、手紙が届いた。

 八年間の間で大学生になり、雑誌社専門の記者になり、フリー記者へと転身していた俺の元に届いた一通の手紙だった。

 「話がしたい」とだけ、書いてあった。大人になっても変らない、彼女の筆跡だった。

 一応電話でもやりとりはできるものの、直接会って話がしたいらしかった。






 もちろん、手紙はビリビリに破いて捨てるつもりだった。

 数週間前にきた、仕事の依頼さえなければ。





 会社時代の上司が持ち掛けてきた、彼女への独占インタビューだった。

 彼女の幼馴染の君になら特別なことを打ち明けてくれるかもしれない、報酬は弾むし君自身の気持ちの整理のためにもどうかな、という理由だった。

 ダメもとでのオファーだった、というのは(承諾後の)元上司の発言だが、ともあれあの動画が寝取られ動画であったが故、事件発覚当時は俺自身、かわいそうな寝取られ男としてあまり望ましくない注目のされ方をした(マスコミやユーチューバーに盗撮まがいの真似もされた)。最高裁の判決を前にして、そんな寝取られ男による元カノの死刑囚のインタビューという刺激の強い記事で今一度一儲けしたい、という魂胆が、その時の元上司には見え見えだった(社員時代はそういう彼の人柄が、いっそ却って清々しくて嫌いじゃなかったけど)。





 被害者遺族たちにもぜひ彼女の真理を暴いてほしい、と頭を下げられたことに俺は根負けし、結局二度と会わないと心に誓ったはずの幼馴染と再会することになった。

 そして美和にも言ったように、本来親の仇のように憎むべきはずの彼女を寝取った先輩たちへの、俺の身代わりに死んでくれた、という恩を返すという意味も、今回の取材にはあった。





 まったく。

 裏切られて、二重の被害者なのにな、俺。






「あんな動画よく送れたよなお前、先輩たちのアカウントを乗っ取ってさ」

「その、カズ君にはケジメをつけたかったから」

「ケジメつけたいなら最初から寝取られるなよ!」





 面会室の中でつい荒げた声が虚しく反響する。

 自分の声の反響にさらされながら、ガラスに映った自分の感情的な顔を見て(あ、でも寝取られなかった場合は俺が代わりに……)と冷静になった。




 面会というシステム上この場でスマホを使って直接見せることはできないが、俺達にとっては視線だけで【あんな動画】が何を意味しているかが通じ合っていた。

 英語だったら【the movie】と定冠詞が付いているところだ。





◇   ◇   ◇




「イェーイ!!! 新聞部の後輩君見てる~~??? 今キミの彼女、俺の上で腰振ってまーす!!!」

「ごめんねェ♡ カズくぅん♡ でもセンパイたち、すっごくイイんだァ♡」

「だってさァ!!! ギャハハハハハハハハハ!!!!!」




 

(ハメ撮りアングルからスマホの位置を変え、自撮り風にスマホを構える先輩グループのリーダー格)





「この快感、わかるかなァ? 後輩君。もう何回やったかしれねぇけどな、この快感がよぉ、たまんねぇんだよ俺たちは……」

「センパァイ、ワタシもう我慢できませェん♡♡」

「だって!!! 彼女のを奪われて残念でしたァ!!! ギャハハハ!!!」




(後ろで何かおかしな動きをする美和)



 ザスッ!!! ドシュッ!!!

 ブシャアッッッッッ!!!!!




(真っ赤になる部屋)

(後ろで倒れる、男たちの身体)




「なァ、ミ…………わ…………?」

(振り返り、唖然とするリーダー格)



 グサグサグサグサッッッッッ!!!!!!




「う……うわああああああ!!!! マサヤの首がアアアァァァァァ!!?? ヤマトの手足がアアアァァァァァ!?!?!?!?」






(腰を抜かし、その場に尻餅をつくリーダー格)

(そろり、そろりと包丁を持って近づく美和)

(床からのアングルになり、誰も映らなくなって音声だけが聞こえる画面)





「あとはリョウセンパイだけですよ…………♡ ワタシの愛……受゛け゛取゛っ゛て゛く゛れ゛ま゛す゛よ゛ね゛エ゛エ゛エ゛エ゛エ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛ェ゛!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「あ、悪魔だ……この女、令和に蘇った悪魔だアアアァァァァァ!!!!!」




 ザシュッッ!!! ブシャアアアアアア!!!!!





(自撮り風にスマホを構える美和)





「改めて……ごめんね、カズ君。カズ君のこと、ダイスキだったけれど……代わりにセンパイたちに、私の愛を受け取ってもらったの。ほら見てェ? リョウセンパイのだよォ♡」





(刃物にブッ刺されたままの眼球をアップで見せる美和)





「仕方ないよね、このセンパイたち、すっごくよかったんだもん……♡」





◇   ◇   ◇





 動画越しにああやってフッた俺に、今更会って寄りを戻したいなんて言う神経が理解できない。

 大方恋愛対象を殺した、恋愛対象がいなくなった、別の恋愛対象を探した、っていう流れで、元彼の俺に行き着いたんだろうけど。

 将来AIが自我を持って人類を滅亡させたら、彼女みたいなバグり方をするのかもしれない。




「ご、誤解だよ。ついカッとなって先輩たちをやっちゃったんだよ。カズ君と私の関係を力ずくで壊したあの人達が許せなかったから……」

「じゃあキミの部屋で見つかったあの手記は何なんだよ」



 くだらない言い訳を繰り返す彼女が嫌になったので、俺は事件直後、警視庁による家宅捜索で発見された手記の話をした。

 SNS時代に珍しい手書きの手記に記されていたのは、『愛する男の人に私がしたいこと計画』。

 内容はと言うと、包丁でメッタ刺しにしたい、手足を四本全部切断した後斬首したい、生きたまま眼球をくりぬきたい、などの凄惨な内容が記されていた。

 全部彼女が先輩に対して行った犯行だった。

 彼女の精神鑑定の際も、あの手記が大きな手掛かりとなってたな。





 だがところどころに傷ができていた年紀もののあの手記は、明らかに先輩たちと出会う前―――俺と彼女の関係が良好だった時期に、使われていたものだった。

 つまり。





「……直前まで標的ターゲットにしてたの俺だよね? キミ」

「だ、だって……」




 何が”だって”なんだ。

 殺すつもりだった相手に何を今さら言語的コミュニケーションをもちかけようとしているのか。




 俺は子供の頃彼女と遊んでた時も、高校時代付き合ってた時もあんな手記を見た記憶がなかった(あんなどぎつい手記、読んだら覚えてるはずだし)。

 つまり彼女は、ギリギリまで本性を見せず、思い人が自分に心の全てを任せた時―――一夜を過ごした時などに、一気に性癖を解放させることを計画していたと考えられる。





 何が言いたいかと言うと。

 付き合ってた当時の俺は、彼女が自分の初体験の相手になるのかな、と思春期らしい妄想していたけど。

 その妄想が現実になった場合、俺は血だるまになって短い人生を終えていた、ということだ。





 急に恋愛……っていうかの対象がすり替わった結果、そのまま死ぬ人物まですり替わったけど。





 史上初じゃないのか、彼女を寝取った間男に命救われる男。

 寝取られた男へのよくわからない慰めの言葉として「結果的に地雷女から離れられたからよかったじゃん」って言うのはよくあるものの。




 彼女がサイコかビッチのどっちかだったら彼氏は救われないけど、サイコでしかもビッチだったから結果的に本当に俺、救われちゃってんのよ。

 そんなマイナスとマイナスをかけてプラスになる、みたいな。





 …………そんで俺は俺でよく今彼女と話せてるな。

 幼稚園の頃から一緒だった幼馴染が猟奇的殺人犯だったのに。

 彼女の性癖的に、ガラス越しで話してる今も、ガラスをぶち割って破片で俺の喉を引き裂いてもおかしくないのに。

 こいつは既に十分そうとして、自分で自分のことまでヤバイ奴なんじゃないかって思えてくる。





「そういえば……」

 自分自身のことに向いていた俺の意識を、彼女の言葉が引き戻す。




「ママはどうしてる? 元気?」

「うん、ちょうどな、こないだ衿子さんを訪ねにキミんに行ったところなんだよ」

「その感じだと、【榛村ベーカリー】は閉店しちゃったみたいだね……」

「ちょっと疲れてたみたいだったしな、あの人」





 八年前の時点でとっくに閉店してるよお前のせいでな、と言いかけてやめた。





「ともかく衿子さんを訪ねたのはな? 単身赴任で海外へ行ってるキミのお父さんに結局会えてないな、ってのを思い出してさ。で、逢いに行ったって言うのがあるんだ」

「パパか……懐かしいなァ」

 なぜか会いたい、とは言わない美和。




「で、キミん家のリビングから庭を見てさ。昔おもちゃをタイムカプセルに入れて、二人で一緒にキミの家の庭に埋めたことを思い出してさ、庭の土を掘らせてもらったんだ」

「あのタイムカプセルって……そっか、カズ君、昔のコト覚えててくれたんだ!!」

「で、キミのお父さんの死体が見つかった」




 一瞬ぱぁっと明るくなる美和の顔が、そのまま一時停止みたいに止まった。

 どの面下げて、という言葉がよく似合った。





「DNA鑑定の結果も出てる」

 目の前のこいつ、知ってたよな。絶対。





「おかしいとは思ってたんだ、キミのお父さんが務めてるって聞いた会社を調べてみたけど、その会社に海外支社なんかなかったから」

「ひ、ひどい……誰がそんなむごいことを……」

「そうだよな、気になるよな? 被害者。刺し傷と刺された箇所から言って、被害者の身内の成人女性による加害だそうだ。何が言いたいかと言うと」




 庭の穴を掘りさえすればいち早く彼女のヤバさに気づけていたとは、不覚だった。

 ミステリー映画の肝の謎が明かされる場所が冒頭と一緒、みたいな。





「今収監中なんだ、衿子さん。キミと同じく」

 一年前のことだった。

 俺がフリーになったばかりの頃で、よくフリー記者仲間が親子のことでガセ記事を書きまくってたことを思い出す。





「死亡推定時期は十年前だったらしい。つまり時期的にキミがアレをやる前から、キミのお父さんは埋まってたわけだ」





 性交渉した雄を殺す雌って。

 何なんだ、このカマキリとかクロゴケクモみたいなDNAの親子は。

 これがほんとのブラックウィドウ、じゃねーんだわ。




「ちなみにキミのお父さんとは別の誰かの死体も埋まってた。一緒に埋まってた身分証から言って、北欧系の外国人だった。遺留品を調べると、キミのお父さんが生きてた当時に、彼と衿子さんが映ってる写真も見つかった。衿子さん浮気してたんだな、キミに同じく、それでいてキミよりスケールでかく国境超えて」




 なおその外国人の死亡推定期間は十一年前なので、俺にとっての決定的な事件だったあの動画の夜の三年前から、この親子たちの異常性癖は具現化していたことになる。




 ……あれ? そういえば……

 そもそもカマキリの雌もクロゴケクモの雌も、性交渉した相手を殺すというよりは―――





「……【榛村ベーカリー】の名物商品だったハンバーグサンドってキミ…………」

「ち、ちがうよォ!!! 流石に食べるのは専門外だよ!!! 殺し止まりだよ私もママも!!! そんなこと言われるなんて心外だよ私!!!  カズ君ひどーい!!!」





 カニバリズムには人並みに嫌悪感を抱いているのか、立場もわきまえずマジトーンで怒りだす美和。

 そういう通常の倫理観は一応備わってるのが、却って彼女のサイコパスっぷりを際立たせていた。




 これ以上彼女の心理を聞くと深淵を覗くハメになりそうなので、俺は自分の話をすることにした。。




「そのさ、俺の母さん……衿子さんと親友だったじゃんか」




 そもそも俺たちが幼馴染なのも、母親の彼女たちが幼馴染だったからだった。




「あの人さ……昔キミのお父さんに恋してたけど、恋よりも友情をとる形で泣く泣く身を引いたらしいんだよね」

 母さん、衿子さんの事件が発覚した当時も、ショックで仕事休んでたな。

 まあ次の日にはパート行ってたけど。





「たられば論になるけどさ、もし母さんがキミの父さんとそうなってたら、俺もキミも生まれなかったし、先輩たちも死ななかったし、俺もこんな苦しい思いしなくって済んだ……って言いたいところなんだけど……」




 ……まあ多分それだと、多分衿子さんは別の男と家庭を持ってたに違いない。

 で、その家庭が惨い事件を起こしていたに違いない。

 何のかんの言って美人の親子だし、男は引く手あまただろうし。




「どこかの男性に起きようとした不幸を、キミのお父さんはともかく、俺や、人の彼女寝取るようなクズが被った……って意味では、ある意味それでよかったのかもな、って思ってるよ」

「カズ君……」

「早い話が、家系とか運命とかのレベルでボタンの掛け違いが起きて、その割を食っちゃったんだろうな、俺たち」

「……私はともかく、カズ君は、カズ君が悪いわけじゃないじゃん」

「……一応慰めの言葉として受け取っておくよ。あくまで、旧友からの、な。でも」

 俺は彼女に向き直り、言った。





「キミとよりは戻せない。キミの性癖はこの際どうでもいい。ただキミは一度俺のことを最低な形で裏切った。そんなキミが掌を返してくれば、はっきりNOを返すのが、裏切られた男としての筋だと思ってる」

 目を見てはっきりと伝えた。

 それは現死刑囚であり、誰もただの女性として見ようとしない彼女に対して俺ができる、幼馴染に対する数少ない礼儀だと思った。

「…………カズ君には、教えようかな」

 そう言った彼女は、俺の拒否に納得してくれた風だった。





「私とママの座右の銘でね? 【花染めの移ろい易きあいぞう】っていうのがあるの」

「………………………………………………………………古今和歌集のもじりか」




 その言葉に、黙ってうなずく俺。

 なんとなく、肩の荷が下りた気がした。

 色んな意味で、彼女の人生で俺の人生振り出しに戻っちまったけど……

 今の言葉だけで、今回の取材のモトは取れた気がした。

 色々な意味で、彼女や衿子さんを言葉にして表すにはふさわしい五七五だった。




「ま、お互い不幸な人生だったよな。他人まで不幸にする程度には」

「そうかもね……来世では、せめて友達くらいにはなれるといいね」

「…………………………例えなったとしても、殺し殺されるのはごめんだぞ」

「どうかな……。カズ君は、これからどうするの?」

「俺はもうちょっと生きるよ。寝取られた時こそ首吊りも考えたけど、今は大事な人がいるし」

「そっか、よかった」

 その時彼女が一息ついて言葉を吐いた、その目は。





「今のカズ君にはちゃんといるんだね。人が」

 殺人犯でも死刑囚でもない、幼馴染特有の目であり、少しだけ、ほんの少しだけ、楽しかった子供の頃を、俺に思い起こさせた。





 その言葉とほぼ同時に、面会時間の終了を刑務官が告げた。

 面会の扉が閉まった。

 お互いそんな表情をしながらの会話だったが、それが彼女との、恐らく今生の別れだった。








 余談だが、拘置所を出る時刑務官に言われた。

「記者さん、猟奇殺人犯の彼女相手にすっげー冷静でしたね」

「…………ですよね。俺もおかしかったりして」







◆   五年後   ◆









 美和あの女の死刑執行の一報を伝えるニュース番組の放送を、俺はまだあたりも暗い早朝、自宅ベッドからテレビで見ていた。

 でもあのNTR動画を見た時と違い、今は隣で一緒に横になって、寄り添ってくれる人がいた。

 俺の後輩にして、恋人であり、同棲相手が。




「……落ち着きまシタ?」

「うん、楽になれた気がしたよ」

「よかったですネ、センパイっ」チュッ




 ドロシーはフリー記者仲間として知り合った恋人だ。

 スウェーデン系の血を引く、溌剌とした性格が金髪によく似合う女の子だった。

 フリー記者として色々なアドバイスを行う中で、自然と友人関係になり、やがて六年前、恋仲になった。

 美和のことで長年―――具体的には、あの夜からの十三年間で女性不信になっていた俺だが、記者魂と思いやりに溢れる彼女は、そんな俺を再び女性を愛する道に引き戻してくれた。





「なかなか人にも相談できない体験をした俺だけど……キミのおかげで、俺は今も元気にやれてる気がする。愛してる、ドロシー」チュッ

「センパイ……♡」




 今日は特に予定はないし、家でゆっくりドロシーと過ごそうかな、とりあえずこんな日くらいは朝っぱらからお酒飲んでもバチは当たらないだろ、と思ってベッドから立ちあがり、棚からシングルモルトスコッチウイスキーの25年物を取り出した。




「今日は、センパイに大事なコト、言いたいデス」

「何? 改まって」




 ベリッ。

 クルクルクル……。

 パカッ。




「日頃の、mottoにしてる言葉があるんデス」

「そっか」




 トクトクトク……。





「【                  】」






 バリン!!!

 












「…………………………………………その、言葉」








 散らばるボトルの破片。

 床にこぼれ落ちる、年代物のウイスキー。

 そして、今の言葉を発した彼女。







「なんデショウ? あっ、知ってたんデスカ? 嬉しいデス、先輩も私のmotto、



【The love and hate of a woman and the autumn sky are ever-changing】



 を知ってるナンテ♪」




  今ドロシーが言った英文は、訳すと【女の愛憎、秋の空】。

 そして、その言葉によく似た短歌の上の句。  

 古今和歌集に載せられた短歌のもじりであるその句を、俺は五年前、確かにから耳にしていた。




「…………………………………………聞きたいこと、あるんだけど」




 ドロシーの発した、そのモットー。

 これから彼女のやろうとしていることや、この後自分の身に何が起きるのかを、それだけで俺は察することができた。

 こんな状況下でも、俺は記者だった。

 ドロシーという一人の人間であり、俺の恋人でもある女性に、質問していた。

 ぼんやりしていたことを、突き止めるために。

 付き合っていた六年間、なぜか彼女が何度問われても家族の話をぼかしていたことの理由を探るために。




「……キミ、高校時代、バイトとかしてた?」

「ハイ、【HAIMURA BAKERY】ってパン屋さんの系列店デ」

「いつまで働いてたの」

「十六年前デス」

「お父さんは元気?」

「元気デス、天国デ」

「お母さんは?」

「元気デス、拘置所デ」






 そろり、そろり、と歩いてくるドロシー。

 どこに隠し持っていたのか、手に持っているの銀色が、やけに鮮やかに写った。







「愛する人にはactiveにappealしないと、って教えてくれたんデス、My Mother、と、My Sister、、が♡」

「………………………………………………………………………………………………」












 脳裏に、ある人のある言葉がフラッシュバックのように浮かんだ。







―――そっか、今のカズ君にちゃんといるんだね。人が―――










 ザクッッッ!!!  

 ドシュッッッッッッ!!!!!








 二人で過ごした昨晩の数倍気持ちよさそうな表情のドロシーに刺され、うつろな目で天井を見上げていた俺の脳裏に、とっくに忘れたつもりだった女の言葉が浮かんだ。

 自分が刺される音や痛みすら、どこか他人事のように思えた。






(はぁ、まさかもう一人いたとはなぁ……)






 辺り一面が血に染まり、最早視界すらも紅一色となったこの瞬間、大の字で寝てこときれる寸前の俺はなぜか冷静だった。






 むしろ、愛するドロシーに殺されるならそれも悪くない、とすら思っていた。






 朦朧とする意識の中、最期に脳裏に浮かんだのは、誰かとの会話だった。


 





 ―――記者さん、猟奇殺人犯の彼女相手にすっげー冷静でしたね。

 ―――…………ですよね。俺もおかしかったりして。







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