とあるおっさん冒険者、一念発起して剣術学園に入学する

@sasakitaro

第一話

 夢を、見ていた。物心ついたばかりの頃の、木の棒を握ってチャンバラごっこしていた頃の夢だ。同じ年くらいの子供たちと、木の棒で打ち合う。自慢ではないが、俺が負けることは少なかった。

 俺は、騎士に憧れていた。人々を守り、救い、助ける、そんな騎士に。騎士になるためには、金も、コネも、時間も、たくさんのものが足りなかった。夢をあきらめて冒険者になったのは、もう20年も昔の話だ。


「カァー!仕事終わりの一杯はうめえなあ!」


 冒険者の仕事は様々あるが、俺が日頃こなしているのは魔物の討伐依頼だ。そこらにいる魔物を殺して日銭を稼ぐ。よくいるベテラン冒険者。


「グリム、あんまり飲みすぎると、また嫁さんに叱られるんじゃないのか?」


 グリムとは、この街を拠点に暮らすようになってから長い付き合いだ。もう、10年以上になる。


「こんな仕事酒でも飲まなきゃやってられっかよ!アッシュ!ほらお前も飲め飲め!」


 そう言いながら追加の酒をオーダーする。俺たちはBランク冒険者。冒険者の中では上澄みの方で、上にはもうAランクしかいない。

 それでも、そこが限界だった。もともと騎士を目指していたせいもあってか、ランクを上げることにあまり熱意がなかったのもあるが、それでも。


「なあ、アッシュ」


 先ほどまでの熱を帯びた声色をやめて、グリムが真剣に話し出す。


「なんだ?」


「俺たちももう、10年以上の付き合いになるな」


「ああ、そうだな」


 グリムとはもう長い付き合いになる。こいつがこういうことを口にする時は決まった時だ。


「今振り返ると、あっという間だったよなあ」


 ああ、そうか。


「引退、するのか」


「ああ、やっぱり分かるか。そうだ。もう、腰を落ち着けようと思ってな」


 冒険者というのは、危険な職業だ。依頼中の死人も多い。だから、歳をとった冒険者たちは、みんな引退を考え出す。


「そうか。…さびしくなるな」


「ああ。俺らももう、35だろ?30よりも、40の方が近くなっちまった」


「俺はまだ34だけどな」


「変わんねーだろ、ほとんど。…ここいらが、潮時だと思うんだよ」


 潮時、か。


「そう、かもな」


「ああ。…すまん、しんみりさせちまったな。飲みすぎる前に話しときたかったんだ」


「ああ、いや、今日は飲もう!お前の引退祝いだ!」


「「新たな門出に乾杯!」」


 その後、酔い潰れたグリムを奥さんに渡し、定宿まで帰ってきた。


「引退、か」


 寿命の短い冒険者という職業だから、これまでも知り合いが引退することはあったし、なんなら年下が引退することもあった。

 それでも、ここまで心が揺さぶられるのはやはり、グリムだからだろう。

 この10年、何度も助け合い、その数以上に殴り合いながら共に冒険者をやってきたグリムが、同時期に冒険者を始めて年も近いグリムが引退する。


 潮時、か。俺も、身を引く時が来たのかもしれない。引退して、後進を育て、それがひと段落したら田舎に土地でも買って農家にでもなってやろうか。

 そんな考えが浮かぶ。そう考える自分がいると同時に、その考えを否定する自分がいる。

 考えれば考えるほどに、心が、記憶が叫び出す。


 ああ、そうだ。俺は騎士になりたかったんだった。



「本当に、行くのか?…いや、出発前に野暮だな。すまん」


「グリム、お前と出会えたことは俺の人生で最も幸福なことの一つだ。いままでありがとうな」


「おいおい、今生の別れみたいなこと言うなよ。戻ってくることもあるんだろ?」


「ああ、一月後か、一年後か、それとももっと先か分からんが、きっと帰ってくる。そうでなくとも手紙を送るよ」


 あの日の夜、騎士になる夢を思い出してからは早かった。荷物をまとめて、知り合いに挨拶して、王都へ向かう準備を整えた。


 王都行きの馬車に乗り込み、見送りに来てくれた友人たちに手を振る。

 グリムたち冒険者仲間や、武器屋や薬屋なんかの世話になった街の人たちが、早朝だというのにわざわざ見送りに来てくれていた。


 10年、だもんな。この街へ出てきてから。そう思うと、なにか、心から溢れるものがあった。


 それから、大したトラブルもなく馬車は王都へ着いた。


「Bランク冒険者か、すごいな。王都へは依頼で?」


「いや、冒険者は引退したんだ。王都へは、第二の人生を過ごしに来た」


「そうだったか、通ってよし。あなたのこれからの旅路に幸在らんことを」


「ああ、ありがとう」


 門番と少し話し、無事に門を通って王都の中へ入る。


「広いな」


 思わず声に出てしまった。いや、それにしても広い。この国で一番大きいだけあるな。前まで住んでいた街の数倍くらいの大きさだ。

 感嘆していると、馬車が通りそうになったので、慌てて避ける。王都だけあって人の数も段違いだ。


 そのまま、その足で冒険者ギルドへ向かう。冒険者は各地にある冒険者ギルドで依頼を受けるわけだが、職業的に冒険者は移動が多い。そのため冒険者ギルドには力のある冒険者の所在を把握する義務があるので、冒険者は移動先のギルドになるべく早く顔を出すのがマナーとなっている。

 別に冒険者ギルドに入っても、絡まれるようなことはない。ギルドに入るおっさんなんぞベテランか、難民か、依頼主かだからな。絡んでも得はない。

 一番空いている受付に並び、順番を待つ。


「冒険者ギルドへようこそ。依頼でしょうか?」


 獣人か、珍しいな。


「いや、今日王都に来てな。顔を出しに来たんだ」


「そうでしたか、冒険者カードを拝見しても?」


 言われて、カードを出す。カードは身分証にもなり、名前と共に犯罪歴やランク、年齢なんかの基本情報が書かれている。


「Bランク冒険者のアッシュ様ですね。王都にはどのようなご用件で?」


「ああ、騎士になりに来たんだ」


「そうでしたか、剣術学園の次の試験なら一週間後ですね!はい、本人確認完了しました。試験、頑張ってください!」


「ああ、ありがとう」


 用件は終わったのでギルドを出る。


 それから、宿を見つけて、適当に観光したりしながら一週間が過ぎ、剣術学園の試験の日がやってきた。

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