第8話 死ぬほど大嫌いな、元カノがおっぱいを揉ませてくる理由




 ――『……ねえ、腕を洗うときは、おっぱいとふともも、どっち使って欲しい?』



「おっぱいで、お願いします……」


「え、なんか泣きそう? 真剣すぎて気持ち悪い……」

「ここまできて、それで引かれることある?」

「たしかに……、人間の可能性は無限大だ」


 返しがテキトーな気がしたが、おっぱいで腕が挟まれてるのですべてがどうでもよかった。

 気持ちいい。

 背中よりも、ハッキリとシオリが自分の体をこすりつけているところ見えてしまうので、生々しい。

 

「……『ふともも』も、ダメか……?」

「欲張り~……、しょうがないなあ……」


 椅子に座ったまま、俺が突き出した腕に、シオリがまたがる。

 ……いや、これも倒錯的だな。

 シオリが腰を振って、腕を挟んだふとももを前後させる。


「……んっ♡♡」


 シオリは、肘あたりでしばらく何度も同じ動きを繰り返した。


「……いや、おまえ……なんか声が甘いけど」

「は? なによ? 洗ってあげてるんでしょ?」


 よくここからキレてこれたな。


「感じてたろ」

「ここにいいデ○ルドがあるのがわるいの」 


 でた。

 エロ漫画みたいな台詞だ。

 俺も『おまえを肉オ◯ホにしてやるから感謝しろ』くらい言ったほうがいいのか? マゾってそうなの? むずくね? 


 ……しかし、悪い気分ではないかもしれない。

 想像してみて欲しい。


 ヒロインが教室の机の角でオ○ニーをしているというシーンを。

 それが自分の机の角だと、やはり嬉しいだろう(そうかな……そうかも……)。

 

 自分の腕が『道具』にされるのも、わるくない。


「……洗ってる途中に汚すなよ」

「すぐに洗うから一緒じゃない?」


 たしかに?


 ……そこで唐突に、閃いた。


「……そのままイケる?」

「え? これで?」


 腰の動きが止まるシオリ。

 しばし考えてから……。


「試してみてもいい?」

「……もちろん!! お願いします!」

「なんか必死で草、キモすぎる」


 どの口がどの口がどの口が?

 

 先ほどよりも、動きが多彩になってきた。

 大きなストロークになってみたり、ものすごく小刻みになったり、膨らんできた突起の部分を擦り付けたり。

 だんだん、泡が落ちて、代わりにシオリがそこから溢れる液体が増えてくる。

 そちらの方が、温かくて、気持ちがいいかもしれない。

 

「……ん、ぁ♡ ……はぁ……はぁ……、……ぁん♡」

 

 シオリは声を漏らして、息が荒くなってくる。


「……んっ、んんっ……あぁぁ……ッッ!!!♡♡」


 ぶるっ! とシオリの体が激しく震えて、それから何度かびくん、びくんと体が跳ねた。


「はぁー……。うん……。イケた……」

「初めてイクの見たけど、はじめてがこれでよかったのか?」


 ピキ……、とシオリがフリーズした。


「普通に、ちゃんと正面から正常位でぎゅ~って抱き合って繋がった時か……、せめて指がよかった……」

「残念。腕だったな。正確には肘? 聞いたことなさすぎるシチュ」


 俺は別におまえとちゃんとセッ○スするつもりはないが……? という野暮すぎるし今さらすぎる訂正は、しないでおいた。

 ……ここまできて、それもどうなんだろう。

 まだセッ○スしてないほうが不思議というか、意味不明な関係だ。


 □


 それから、シオリの長い髪に丁寧にトリートメントを馴染ませるさまを見てたりした。あの美しい髪は、毎日の努力で保たれているんだな……と実感すると、より美しく見えてくる。

 そして、一緒に浴槽に入る。

 シオリを後ろから抱く体勢は、悪くない。

 というか、かなり良い。

 意外と小さい肩幅。自分の体とぴったりくっつくと、やっぱりどのパーツも小さくて驚く。すっぽりと自分の中に収まってしまうような。

 

「……この体勢、付き合ってるみたいだよね」

「付き合ってた時、こんなことしてないけどな」



 俺たちは、よくあるすぐ別れるカップルだった。

 そんなもんだった。

 そんなものでしかなかった、と何度も自分を納得させてきたから。


「……じゃあ、セフレ?」

「まだそっちのが近いかもな」

「……でも、セッ○スしてないよ」

「したいのか?」

「……ここまできたら、してもよくない?」

「そうか……」

「なんか、そこだけ避けるの、なんで? 私のおっぱいに乱暴しておいて……」

「なんで、って……」


 なんで?

 そりゃ……。

 嫌いだから。

 何度も繰り返してる、言い訳のようなもの。


 嫌い。

 どうして、嫌いなんだ?

 その理由を、突き詰めていけば……。


「……なら、聞いてもいいか?」

「なに?」


「……あんなことがあったのに、なんでこんなことになってるんだ?」


 『あんなこと』。

 あの、雪の日。

 俺たちが、別れた日。


 『こんなこと』。

 別れたのに。

 もう付き合っていないのに、仲良く一つの浴槽にいる。


「わかんないの?」


「……わかんねえよ」


 そう言うと、シオリが体をひねって、唇を重ねてくる。


「わかんない?」

「わからん」


 わかんない? 唇を重ねる。

 わかんない? 唇を重ねる。

 わかんない? 唇を重ねる。 


 何度も、何度も、シオリはキスをして、俺は首を横に振る。


「結局さ……。あんたは、私のこと、いらなかったんでしょ?」


 いきなり、そう切り出してくる。


「……それは、おまえの方だろ」

「そうだったら、私は、別れてから毎日あんたでオナニーしてないでしょ……」

「…………、」

 

 してたんだ。

 毎日してたんだ。

 ま、毎日、俺で……。


 どんな説得力の出し方?


 ただ、説得力がある。

 この謎の関係が始まってから、こいつの必死さみたいなのは感じ取っていた。

 ただ、めちゃくちゃ性欲が強すぎるという可能性も捨てきれないけど。


「あんたは? してた?」

「……してたよ」

「してるし! このヘンタイ!」

「どの口が?」

「どの口……? 下の口ってこと? セクハラ……?」


 もうなんの脈絡も筋道もない。


「……いや、この口は関係ないな」


 シオリの下の口がすぐ近くにあるので、指で撫でる。


「ん……っ♡♡ ちょ、真面目な話してるんだか、らぁ……♡ やぁ……♡♡」


 ……してたか? 真面目な話。

 下の口とか言い出したのは、こいつだ。


「してたよ。忘れられるわけない。お前のこと……嫌いだけど、好きだよ。忘れられない。何度も、何度も、おまえのこと想ってた」

「……じゃあ、なんで? もう前みたいに戻れないし、えっちもできないんでしょ?」


「なんで……」


 あの冬の日。

 散らばった原稿用紙。


 あの時、俺たちは一緒にデビューするはずだったのだ。

 合作。

 俺たち、二人の作品。

 一緒に書き上げた作品を応募して、賞を取って。

 編集者とも一緒に、デビュー作の発売に向けて、書き直して。 


 けれど、実際に出版された作品は、シオリ一人の手で書かれたものだった。

 

 あの日。

 あの雪の日。

 俺は、『俺たちの原稿』から変わり果てた原稿を見て、それを投げ捨てて、シオリにキレた。

 ふざけんなよ。

 なんだよこれ。

 俺はいらないってことかよ?

 

 みっともなく、そう言った。


 本当に、情けない。

 わかってたのだ、本当は。

 シオリのほうがすごい。

 あいつは天才で、俺はシオリには届かない。

 俺は、いない方がいい。

 

 全部、俺が悪い。

 俺が弱いから。

 俺がへたくそだから。


 合作から俺を抜いて、シオリだけで書いたものをデビュー作とする。


 それを、

 すれ違いで俺は知らないとか、

 シオリが決めたとか、

 編集が勝手にやったこととか、

 実際のところ、真実がなんだったのかは、もう全部、関係ないのだ。


 だって事実、デビュー作は、よく売れた。

 シオリは、大人気作家になった。

 


 ――――それだけが、真実。



「ただの意地だよ……。お前に負けてるって思ったまま、お前に哀れまれたくない。それだけだ」


「だったら……、はやく、迎えに来てよ……。私、ずっと、待ってるんだから……」

「……ごめん。……まだ、待っててくれるか?」

「これ以上遅れたら、やだ……」


 ぷいっ、と俺に背を向けるシオリ。

 俺はそれを後ろから抱きしめる。

 抱きしめて、シオリの小さな背中に頭を乗せる。

 背中越しでも、うるさい心臓の音は聞こえるだろうか。


「ところでさ……。なんでエロいことしはじめたの?」

「は?」


「いや……。普通に、わかんないんだけど……」

「……いい? あんたはエロの天才なの。誰でも、自分の才能には、自分で気がつけないものなの。天才じゃなかったら、あんなに私のお尻スパンスパン叩けるわけないでしょ?」

「…………なる、ほど…………」


 一理あった。

 俺も自分で驚いたくらいだ。


「私は、あんたに出会って、自分を見つけたの。だから、あんたが自分を見失うなら、何度でも私がまた見つける。私はもう、あんたの才能を見つけてる」


 シオリが言う、俺の才能。



「……えっちな話、書ける気してるでしょ?」


「……してるな」


 強引なやり方だが、説得力はあった。


「……なあ、シオリ。もう一回、勝負してくれるか?」


 もう一回。

 あの雪の日、俺はシオリに負けたのだ。

 これは、それだけの話。

 

 俺は、大好きな女に、負けた。

 その情けなさが許せないから、もうシオリとは一緒になれない。

 だから、『嫌い』だと言い聞かせるしかない。


「私と、全力で戦うことを、誓える?」

「誓う」

「じゃあ、誓いのキス」


 そう言って、

 シオリは強引に、熱く、長いキスをしてくる。

 俺も応じて、熱く、長く、深く、深く、唇を重ねる。





 きっと、ここからだった。

 

 死ぬほど大嫌いな、元カノがおっぱいを揉ませてくる理由はわかった。


 だから。


 ――――死ぬほど大嫌いな、弱い自分を越えないと。





 …………って。

 なんで、全裸で、かっこつけてんだろうな。




 

 

 



   














  

 














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