第3話 学校で、シよ?


「……なんでいるんだよ」

 

 放課後。

 俺は、シオリと二人で部室にいた。


 部室というのは、文芸部。

 俺は、文芸部に所属してる。


 文芸部の部室は、部室棟の端っこで、滅多に人が来ない。


 ここ最近の奇行のせいで信じがたいけど、シオリは周囲には品行方正な優等生で通っている。


 だから、学校で変な噂がでるようなリスクは犯さないはずなのだ。

 はず、なのだが……。

 

 今のシオリは、これまでの彼女と同じとは思えないようなことをする。


 たとえば……。


「まさか、ここでするのか?」


「わかってるじゃない」

  シオリはYシャツのボタンを、上から一つ外した。


「……おい、嘘だろ?」


 俺の動揺をよそに、シオリはさらに一気に二つ、ボタンを外す。

 胸の谷間と、水色のブラが露わになった。


「……この間の大人っぽいのもいいけど、今日のもかわいいな」


「…………えっ!!?」

 ぴたっ……と、ボタンを外す手が止まる。


「そ、そう……? 見て。柄もよくない?」

「あ、ああ……」


 シオリが俺の隣に座り直して、ブラを見せつけてくる。


 いきなり威圧感が消えて、嬉しそうに笑うのは、反則だった。

 本当に、こいつはよくわからないやつになった。

 こっちを妖艶に翻弄したかと思えば、素直になったり。

 ……ずっと翻弄されてるといえば、まあそうか。


「フミトは黒いのと、水色、どっちが好き?」

「……う~~ん……。どっちもよく似合う……、けど、黒、かな」

「え、黒……似合う?」

「……大人っぽくなったしな」

「……そう? そうかな? なに? 今日、褒めるの上手くない? 偽物?」


 いきなり頬をつねられる。

 俺の頬がビリビリと破れて本当の顔が……ということはなかった。本物。


「なんだよ。褒めを要求しといて理不尽」

「常に褒め上手でないのが、悪い」

「理不尽~……」


 こうしてじゃれてる間も、ボタンが外されて大きく開いたYシャツの隙間から、下着は見えてるし、谷間も見えるし、胸がたゆんと揺れる。


 あまりにも目に毒だ。

 現実感がない。


 ……ふいに、沈黙が流れていく。


 遠くで、カァーン……と、野球部の音。

 ぷぁー……と吹奏楽部の音がする。

 放課後って感じの音だ。

 ちゃんと、まだ、学校に人の気配が残っているのに。


 ……シオリの乱れた姿に、俺は言葉を失っている。

 言葉で語り尽くされるよりも、突きつけられる。

 学校で、する、背徳。

 この部屋だけ、世界と常識から切り離された空間のようだった。


「……シオリ」

「……ん~?」


 甘えるような声音の、曖昧な返事。


「する、ってどこまで」

「さあ。どこまでがいい?」


 こ、こいつ……。

 正しい順番なんて、とっくにわからない。

 胸に触れた。

 ……その、ずっと先にも。

 俺たちは、とっくに別れていて、シオリは彼女でもなんでもない。

 今でも、こいつのことは嫌いだ。

 それなのに、どうしようもなく、興奮する。

 健全な男子高校生の、人並みな性欲だけで、シオリに狂おしいほどに欲情するには十分すぎる。

 そして、こいつは、煽るのがやたら上手い。

 

 正直、自分でも驚いてる。

 こいつのことが嫌いというだけで、俺はここまで性欲を押さえつけることができるのか……と。

 だってそうだろう。

 こんなの、獣みたいに犯してないほうが嘘みたいな状況だ。

 理性や道徳……とも、違う。

 それよりも、俺にとっては、もっと大切なこと。

 

「……いいのか? ここで……、……ここで、最後までしても」

「……どういうこと?」


 わかってるくせに、たぶん、俺の口から言わせたいのだろうか。

 どういうことかって?


 ここは……、この部室は、俺達が出会った場所だ。

 思い出の場所で、なんというか、『愛のない行為』をするのは、思い出が上書きされてしまうような感覚がして、なんとなく……嫌だった。


 情けない感傷と思うだろうか?

 シオリはもう、そんな過去のことは、どうでもいいのだろうか?

 シオリのことが、わからない。

 思い出を汚すことに、興奮するかもしれない。

 積み上げたものを崩す背徳感。

 それが大切であるほどに、二度と積み上げられないように崩してしまえば。

 

 認めたくはないが、確かに残る、好きだった頃の彼女を殺すように。

 踏みにじる、汚す、犯す、貶める。

 


「……いいんだな?」


「私は良いって言ってるでしょ? 私のせいにしてもいいよ、全部……そんなに怖いならね」


「お前こそ、あとからビビるなよ」


 もうどうにでもなれ。

 そう思いながら、シオリの口元に顔を寄せた。

 目をつぶる。


 ――――付き合ってる時も、こんなふうに少し強引にキスはしなかったな。


 唇の柔らかさ。体の柔らかさ。甘い匂い。

 せ返る程に、彼女を感じる。

 そのままシオリの細い体を、テーブルに押し倒す。


 息を合わせたダンスみたいに、シオリは体を委ねてくれる。


 長く綺麗な髪が、テーブルに大きく広がる。


 シャツのボタンを外して、白い肌が露出する。

 肩、鎖骨、ヘソ、普段目にしない箇所が、 目につく度に、とんでもないことをしてる実感が強まる。

 乱れた制服で倒れたシオリ。赤らんだ頬。汗。

 浅く、激しい呼吸。

 胸が、お腹が。乱れた着衣の隙間から見える、上下するシオリの肉体。

 生きている。自分よりもずっと細く薄い、けれど肉付きの良い体。 


 それを見下ろす。

 世界から、切り離された部屋。

 それなのに、放課後の音は、遠くから聞こえてくる。


 『日常的』な音と、眼前の『非現実的』な光景。

 噛み合わないことが、どうしようもなく淫靡いんびだった。


 自分の呼吸と、心臓の音が、うるさい。


「なに止まってんの? ……こんなになってるのに」

 シオリが体を起こして、俺の張り詰めた下腹部を、ズボンの上から、撫でる。


 それだけだ果てそうなほどに、興奮していた。

 そして、


「わっ、ちょ、な……っ!?」


 俺はシオリに覆いかぶさるように抱きついて、

 彼女の肩に顎を乗せて、こちらの表情を隠す。


 耳元で囁く。


「……やっぱ、イヤなんだけど」

「嘘でしょ……この流れで?」


「こうなって……、ここまでして、やっと気づいた。俺、あの頃のこと、好きだったよ……。だから、それを、変えたくない」


 『あの日』の決裂――――、

 冬。雪。純白。

 降り積もる雪に混じるみたいに、散らばった白い原稿用紙が、泥水に染まっていく。

 泥に塗れた雪は、もう二度と、純白には戻れない。

 俺の叫びと、

 涙を流すシオリ。


 あの日、俺達は、完全に、終わった。

 

 終わった、はずなのに……。

 嫌いになった、はずなのに。


「……わかった。じゃ、ここまでにしよっか」


 そう言って、シオリはシャツのボタンを閉めていく。


 ◇


【シオリ視点】


 一人になった部室で、シオリはあるものを眺めていた。


 小さな正方形のパッケージ。

 それは、今よりもさらに先に進むために必要なもの。

 


「……ばーか、へたれ……」


 あそこまで盛り上げてお預けとは。


 これがエロ漫画なら炎上モノでは?


 でも。


「そっかあ……。まだ、好きかあ……。……それは、私もなんだけどさあ…………」




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