第3話 壊れ始める心

「二人だけの世界ねえ……」


 沼糸土先輩はニヤリとする。


 俺はその表情に、背筋が凍る思いがした。


 まさか、二人は……。


 いや、希望をまだ捨ててはいけない。


 沼糸土先輩は、俺は弥居子ちゃんからあきらめさせる為に、意味深な表情をしているだけだ。


 弥居子ちゃんの言葉を待とう!


 俺がそう思っていると、沼糸土先輩は、


「なあ、弥居子。俺たちは既に恋人の最高の段階の一つに到達して、幸せになっているよな?」


 と弥居子ちゃんに向かって言う。


 それに対し、弥居子ちゃんは、


「もちろんです、集七郎先輩と一緒にその段階に到達することができて、人生で一番うれしかったです。幸せです、集七郎先輩」


 と応えた。


 微笑んで、幸せ一杯な様子を俺に対して見せつける弥居子ちゃん。


 俺は愕然とした。


 俺の恋人だったはずの弥居子ちゃんが、沼糸土先輩によって染め上げられてしまっている。


 俺に対してはいつも恥ずかしがっていて、それを愛おしいと思っていたところもあったのに、そうしたところは全くなくなってしまった。


 俺という恋人の前で、堂々と愛を語る女性に変貌してしまった。


 俺のことなどただの物体にしか見えていないのかもしれない。


 こんなことって、ありえるのだろうか?


 信じられない。


 信じたくない!


「どうだ。これでお前もわかっただろう。弥居子は俺のものなのだ! なあ、弥居子」


「そうです、わたしは集七郎先輩のものなのです」


 そう言い合って見つめ合う二人。


 二人の言葉を聞く度に、俺の心は壊れ始めていく。


 涙が流れてきた。


「弥居子ちゃんは俺に愛を誓ってくれたんだ。弥居子ちゃん、今までのことは全部冗談だったと言ってくれ! 『陸時ちゃんのことを愛してる』ともう一度言ってくれ!」


 俺は弥居子ちゃんに涙声でそう叫ぶ。


 しかし……。


「わたし、陸時ちゃんにそう言ったことを後悔してるの。先に集七郎先輩に出会っていたら、あなたにそんな言葉を言わなくてもよかったのだと思うと、悲しくなってくるの。集七郎先輩には申し訳ない気持ちで一杯だわ。こうした状況にしたあなたのことが憎いし、腹が立ってしょうがないわ」


 弥居子ちゃんは俺に対して、もはや愛情は全く持っていないようだ。


 それにしても俺に対してここまで言うようになってしまうとは……。


 あまりの変貌ぶりに信じられない気持ちは大きいままだ。


「そんな……」


 絶句する俺に対し、沼糸土先輩は、


「どうだ? もうこれであきらめもついたことだろう」


 と笑いながら言う。


 俺は涙をこらえながら、


「でも、でも、俺はあきらめたくはないです。俺と弥居子ちゃんは幼馴染。俺は幼い頃から弥居子ちゃんだけが好きでした。愛していました。弥居子ちゃんも俺に対してそう思っていました。幼馴染なのですから、深い絆があるのですから、これは一時的な浮気で、ほとぼりが冷めたら、また俺のもとに戻ってきてくれることを信じています。そうだよね、弥居子ちゃん。絶対戻ってきてくれるよね? だいたいなんで沼糸土先輩と付き合うようになったんだ?」


 と言った。


 それに対し、沼糸土先輩は、


「俺たちのなれそめか? じゃあ教えてやろう」


 と言って、弥居子ちゃんと付き合うことになった経緯を話した。


 弥居子ちゃんは恥ずかしがりながらも、うれしそうに聞いている。


 俺が知らない間に、沼糸土先輩は弥居子ちゃんを恋人にしていたのだ。


 俺はさらなる打撃を受けていた。


 このままでは倒れてしまいそうだ。


 それでも、


「俺はまだ、あきらめたくない……」


 と俺は涙声になりながら沼糸土先輩に言う。


 それに対して、沼糸土先輩は、


「まだあきらめないのかな。それにしても、幼馴染だから深い絆があるなんて、俺たちのラブラブなところを見てもそう思うのかな? それにこのベッドの様子を見てもそう思うのかな?」


 と俺をあざけり笑いながら言う。


 ベッドの様子……。


 いや、この部屋の入ってきた時から、通常の形態をしていないことは認識していた。


 それが意味することを想像していなかったわけではない。


 しかし、それはありえないことだと思い、すぐにその認識を心の底にしまっていたのだ。


 でも、今までのこの二人のラブラブぶりとこのベッドの形態が結びつくと、俺がこの部屋のくるまでに二人がしてきたことが、容易に想像できてしまう。


 俺が呆然としていると、弥居子ちゃんは、


「陸時ちゃん、いや、桜里くん。これでもうわかったでしょ。わたしは集七郎先輩の恋人で、あなたの恋人や幼馴染であった過去を捨てたいと思ってるし、今すぐにでも忘れたいの」


 と厳しく俺に言った後、沼糸土先輩の方を向き、


「集七郎先輩、わたしは集七郎先輩と二人だけの世界に入れば入るほど、過去のことを忘れ、幸せを味わうことができて、ありがたいと思っています。今日も集七郎先輩と幸せになることができて、うれしかったです。集七郎先輩、もっとわたしを愛してください」


 と甘えた声で言った。


「弥居子よ、ありがとう。俺ももっと弥居子を愛したい」


「集七郎先輩、好きです」


「弥居子よ、俺もお前のことが好きだ」


 沼糸土先輩と弥居子の唇が近づいていく。


「そんな、弥居子ちゃんの恋人である俺の目の前で、そんなことはしないでくれ……」


 弱々しく言う俺の言葉は二人の耳に入ることはない。


 重なり合う唇と唇。


 うっとりする弥居子ちゃん。


 どうして、どうして俺の目の前で、こういうことをするんだ……。


 俺の心は壊れ始めていく。

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