2  那須慎吾 高取に来訪す

 8月18日の夜4つ。

 天誅組の那須信吾なすしんごは高取の下土佐を訪れた。小具足を身につけた5人の仲間をともなっている。

拙者せっしゃ中山忠光なかやまただみつ前侍従の使者である。那須信吾が植田駿河守にお目通り願いたい!」


 釘貫門で起こった騒ぎに、たちまち他の藩士が駆けつける。

 駆けつけた藩士の中に軍監役の浦野七兵衛うらのしちべえもいた。

「ここでお待ちくだされ!」

「貴様らなど相手にせん。駿河守を出せ! これは勅命なるぞ!」


 那須信吾には、浦野七兵衛うらのしちべえ築山貢つきやまみつぐが応対した。だが、両名には那須は目もくれない。 

「浦野七兵衛と築山貢が取次ぎます」

「植田駿河守との面談はゆるされぬか!」

「那須信吾殿、俵屋旅館で話しましょう」


 藩では上土佐にある俵屋本陣で応対することにした。

 月番家老である多羅尾儀八、内藤伊織ないとういおりが応対に出た。

「植村駿河守に面談できぬか?」

「殿はやまいにてお会いできぬ。その代わり家老が応対いたすが。納得して頂けるかな」

「是非にあらず」 


 もちろん、これは詭弁きべんであった。

 藩主は病気などではない。

 こうでも言わなければ那須は引き下がらなかったであろう。


 那須信吾は親書を手渡した。

 文面は孝明天皇の大和行幸に協力し、兵を差し出せというものであった。

『今般この表発向の趣意は、近々大和行幸 神武帝山稜春日社にご逗留とうりゅう、御軍儀あらせれ候て神宮行幸御座候につき、正義の諸藩は神宮に参りたすべしとの御沙汰につき、義兵をつのり、鸞輿らんよを迎え寿り候。

 あらかじめその許趣意を承知いたし候は使者さしむけ候間、御応接の上急度御覚悟持ち入り候こと』



 最初に口を開いたのは多羅尾だった。

「書は受け取ったが、返答は公儀にうかがってからにしたい」

「多羅尾殿、これは帝の勅命である。勅命に逆らうと言うのか」

「勅命とはな」

「現に我々は狭山藩と白山陣屋には協力を得ている」


 那須は語気を強くして宣言する。

「要求が受け入れられぬ時には五条に控える忠光公と兵が来るぞ。


 返答に困り、口を閉ざした多羅尾に代わって内藤が答える。

「協力しましょう」

「内藤殿。なら、明日の朝に返答願いたい」

「承知した。明日の朝には返答しましょう」


 夜8つ時、那須は「返書は早々に差し出すように」と言い残して去っていった。

「内藤殿、私は中谷殿に相談する」

「多羅尾殿、私は奈良奉行所に書を出して判断を仰ぎます」


 多羅尾儀八はその足で城代の在所に向かった

「中山殿、夜分遅くに失礼つかまつる。多羅尾が参りました」

「入れ」


 多羅尾がふすまを開けると、中山は起きていた。

「彼らは何と言っている」

「勅命で兵と武器を差し出せと」


 中山は困った顔をした。

「本来ならば、ご公義に相談するべきだが……」

「京都所司代に書面を送りたいところでございますな。しかし、時間がありませぬ。なにぶん、明日には返答しなければなりません」

「もし、勅命に従わないとなると藩の評判は地に落ちる。逆賊の汚名は被りたくない」


 


      ☆




 8月19日の朝、那須信吾は再び本陣を訪れた。

 応対に出たのは多羅尾儀八、内藤伊織の両人である。

 家老が書を差し出すと、那須は新しい書を差し出した。

「甲冑100領、槍100筋、刀100振、銃100挺と玉薬、馬二匹と馬具を借り受けたい」


 書には高取藩から武器を借り受けたいといった内容が書かれている。

 馬2匹を除けば、どれも100というすざましい数だ。

 小藩である高取藩がすぐに用意できるものではない。



 多羅尾は「協議の時間が欲しい」と言って奥へ退いた。さっそく、内藤伊織と協議を開始する。

「これは尊大な要求だと思われるな」

「ならどうされる? 武器を渡して帰らせるか」

「穏便に済ませるならそれがよかろう」


 二人の家老は那須に畏まって申し上げた。

「藩では武器の用意が行き届かぬゆえ。槍30本、火縄銃20挺と玉薬、馬2匹と馬具を提供しよう」  


 那須信吾は書面を見て静かにうなづいた。

「多羅尾殿、米は五条本陣に届けていただきたい」

「武器は人足に持たせ、米百石は24日までに遣わす旨を約束する」


 那須信吾は意気揚々と本陣を後にした。

 多羅尾と内藤はホッとした表情で、互いの顔を見渡した。

「あの男、武士らしい堂々とした態度であったな。内藤」

「あれは武士の鑑じゃ」



 



〈注釈〉

 ※文久3年は西暦1863年

 ※夜4つは午後9時から午後11時の間

 ※夜8つは午前2時

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