幕末短編集

阿野ミナト

1000人の天誅組に立ち向かった高取藩

1 異変の始まり

 大和には高取藩と呼ばれる藩がある。

 3代将軍家光の時、旗本の植村家が大名に取り立てられ立藩した。

 石高は2万5000石と立派な城持ち大名である。

 大和は1万石の陣屋が多く、高取藩は郡山藩に次いで石高が高い。



 文久3年8月17日、五条代官所で変が起こった。

 その日の夜、すでに高取藩にもその知らせは届いていた。


 8月18日、月番家老の多羅尾儀八たらおぎはちは下土佐の藩屋敷にいた。

 彼は朝早くにも関わらず、政務を始めていた。  

 かたわらにはこの数日に京から送られてきた報告書がある。

 報告書にはこの数日の京の動向が書かれている。

「この大和に今上きんじょうが来られるのか」



 彼が顔を上げると障子の陰に人が見えた。

「多羅尾さま、昨晩に知らせが届きました」

「わかった。渡せ」

 

 彼は異変の知らせを受け取ると、すばやく文を広げた。

 文面を見ると、五条代官所が襲われたとある。

 彼はたちまちに顔の表情をくもらせた。

「宇智郡五条と言えば近くではないか」


 多羅尾儀八は廊下を走りながら城代のいる部屋に駆け込んだ。

中谷なかねや城代殿! 一大事ですぞ! 五条の代官所が暴徒に襲われたようですな」

「多羅尾。その情報はまことか?」

「確かでございます」

「藩の防衛を強化しろ。情報収集に当たれ」

「はっ」


 中谷栄二郎なかねやえいじろうは藩主に代わって藩政をつかさどっていた。

 

 中谷なかねや家は禄高1000石をはくぐむ家老だ。

 高取藩には筆頭家老を務める家が2つある。一つは中谷家、もう一つは林家だ。

 彼らは植村家が徳川の旗本であった時代から仕えてきた。つまり古参である。

 




  ☆



 夕刻、多羅尾は下土佐にある屋敷に帰った。

 家には妻と息子と2人の奉公人がいるだけであった。

 数百石の家老としての暮らしは質素なものだ。


 大広間御番所が掲示した書の写しが家に届いていた。

 『昨日五条役所にいて異変の儀之有これあり候に付、若当番に押移り候も計難はかりがたし、之御沙汰有之候迄は御家中之面々末々に到迄在宿罷在候事』


 文面には昨日五条で異変が起こった。我が高取藩にも軍勢が押し寄せるかもしれない。御沙汰があるまで自宅で待機とある。


 書には甲冑を着た際の注意事項も書かれていた。

 鉢巻は白木綿を着用するように、黄色と白が混じったものは使うなとある。


 多羅尾は家に帰ってすぐに妻に聞いた。

「飯は出来ているか? 腹が減った」

「はいはい。できてますよ」


 多羅尾家の昼食が膳に上がる。

 多羅尾は、ほのかに温かみのあるみそ汁を口に含んだ。


 多羅尾の妻は円筒形の飯櫃めしびつから白飯をよそう。

「あんた、戦になるんかい?」

「京都所司代次第だろう。鎮圧せよとのご指示が出れば出る」

「やっぱり戦かい」

「ああ、案ずるな。高取城下は焼かせんわ」


 多羅尾は飯をほおばりながらしゃべった。

「言い忘れていた。今日から城下町の釘抜門が閉まるぞ。城代は門番もつけると言っていたが」

「あんたも最難だね。今月は月番家老だから全て決済しないと」

「ああ、しばらく会議漬けだ」





 



 ※文久3年は1863年

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