第64話

ちゃぶ台に3人分の飲み物が置かれ、なんとなしにオセロをすることになった。



私と陽太、相手は美沙。



もうすでに3回目の勝負だが、美沙は一勝も出来ずにもう1回もう1回とおかわりをしている。



ちらりと覗く腕の打撲跡に目を背け、私たちはお互いの現実からも目を背けるようにオセロを楽しんでいた。



気づけば夕方になって、私はそろそろ戻らないといけない時間になった。神谷があと1時間もすれば帰宅する。




「私、そろそろ部屋に帰らないと」



「えーーもう1回しよーよー」



陽太が私の腕にまとわりつく。



「宮ちゃんを離してあげて、陽太。ありがとうって」


「ええー、またくる?」


「ああまた来るよ」


「わかったあ」



聞き分けよく陽太は離れる。

美沙が「本当に今日はありがとう」と礼を言って玄関へ案内しようとするが、



私は「訳あって、玄関から帰れないんだ」と苦笑いした。



「あら、そうなの?」


「だから、ベランダから帰る。多分、次来る時もベランダからになる」



自分でも奇妙なことを言っている自覚はあるが、あらゆる物事に寛容すぎる美沙は



「じゃあ、ベランダの鍵は常に開けておこうかしら」と口に手を当てて笑った。



母親は強しと言うが、美沙のその強さが心配になる。



「なんかあったら、壁をたたいて知らせてくれ。私はあいにく電子機器を持ってないからな、連絡手段がないんだ」



「ありがとう宮ちゃん」



私は来た時と同じようにベランダから帰り、部屋へと戻った。

三毛猫が擦り寄ってくる。寂しかったのか、1人にしてごめんな、と撫でてやる。



ゴロゴロと喉を鳴らして気持ちよさそうに目を細めた。




私は足枷をはめて、神谷の帰りを待った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る