第63話

「……あの、お隣さんですよね。なんで分かったんですか? もしかして色々聞こえてたり……」



母親はおずおずと聞いてくる。



「なんにも聞こえてないよ。……あれだ、背中、こっちに向けて倒れてただろ。打撲痕が何ヶ所か見えたから、そうかなって思っただけだ」



「へぇ、そうですか。凄いですね、探偵みたい」



「あんた、呑気だな」



人様の家のことに口出しなどしたくないが、ここまで踏み込んでおいて、おいそれと部屋に戻るのもなんだかもやもやする。



「あ、このことはご近所さんには言わないでくださいね」



母親は人差し指を立てて、しーーっとジェスチャーをする。



「言わないよ」



隣の部屋で監禁されてるんだし。とは、お首にも出さない。



「で、子供には手、出さないのか。その夫は」



「ええ、今のところは私だけです。

でも、いつかはこの子にも、と思ってしばらくの間、児童相談所に預けようかと思ってるんです」



「……そうか」



母親はぱっと顔を上げ、



「あ、そうだ。お茶でもいかがですか!」



とキッチンの方へ行った。

戸棚から3人分のコップを取り出している。



「動いて大丈夫なのか?」


「ええ、慣れてますんで」


「その慣れは、危険だと思うよ。なあ? 坊」



坊の方を見ると、涙の跡がついたほっぺをゴシゴシと擦って「ママ、強がりだから」と答えた。



しっかりした子供だ。母親のことをちゃんと見ている。


母親の名前は美沙。子供は陽太というらしい。



陽太は5歳だ。あんまりしっかりしているから小学生かと思ったが、まだ幼稚園に通っている。



児童相談所に預けるとなると母親とも離れ離れになる。


それが美沙にとっても心苦しく、迷っているのだと言う。

こればっかりは私が口を出せないことだった。

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