第58話
「だったら、尚更です。気付かないふりをしていてください、今まで通り、このまま……」
僕の涙声と対照的に、宮さんは聡明な声でゆったりと言い聞かすように問いかける。
「だけどな、ずっとこのままだったら埒が明かないだろ? いずれはここを出て、私たちはそれぞれの日常に戻っていく。
私は探偵として。神谷は会社員として。
私がいて出来なかった飲み会に顔を出したり、女の子と付き合ったりする、そういう普通の日常に」
「僕だって、そのつもりでした。一ヶ月で、もしくは所長から連絡があればお開きにする。そういう予定でした」
「じゃあもうそろそろだな。あと一週間もない」
「でもっ!」
「でもじゃない。私といると歪みが生じる、人と暮らすと良くないんだ」
こんなの黙って出ていかれるよりも苦しい。
私とはいない方がいいと言われているのだけれど、そうなると僕の気持ちはどうなるんだよ。
ああ、そうか。僕が執着しはじめた瞬間から、足元はがたがたと崩れていたのかもしれない。
幸せだと感じていた瞬間にも、崩落は進んでいて盲目さゆえか、見たくなかっただけか、ここまで酷くなるまで宮さんと距離ができていることに気づけなかった。
「今までありがとうな、神谷」
────その時、この空気を切り裂くように電話が鳴った。
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