第57話
その時、外で物音がした。
玄関からでは無い、どこだ、見渡す。
────ベランダからだ。
僕は窓に駆け寄り、鍵を開けようと手をかけたが、すでに解錠されていた。ああ、どうしょう。
僕の手が震えている。
手の先が冷たい。
死んでいってるのかな僕の手。
窓を開け放ち
飛び出ると
「……っ!!!」
そこには、探し求めていた彼女の姿があった。
「宮さんっ!」
「あ、神谷」
彼女は隣人のベランダとを隔てる非常扉から、平然と出てきた。
全身から力が抜けていくのを感じる。
無意識に息を止めていたせいで、肩で息をしなければならなかった。
隣人の子供が「バイバーイ」と手を振っている。
「じゃーなー坊」
宮さんが手を振り返すと子供はすぐに家に入った。
ベランダに二人取り残された瞬間から
どうしようもない焦燥感と安堵と独占欲の氾濫で心が決壊しかけていた。
こらえろ、落ち着け、と何度も繰り返し唱えたが
プツンと糸が切れる虚しい音が聞こえた気がした。
後ろ手に扉を閉めた宮さんの腕を、僕は乱暴につかみ、部屋の中へ引きずり込んだ。
「おわっ、痛いって神谷っ」
いつものハグとは全然違う、貪るように彼女を抱きしめ、首に顔を埋めた。
頭を押し付け、ちゃんと宮さんの存在を確かめるために。
「逃げたかと思った……」
「わ、悪かったって。別に逃げようってわけじゃないから良いかなって。実は鍵も結構前に見つけてて、足も痛かったから、神谷が仕事に行ってる時は外してた」
それには僕も気づいていた。
だから、宮さんはここにいてくれるんだと、甘い考えを持つようになったし、元はといえば逃げてもいいようにそうしていた。
僕の胸を押して顔を見ようとする宮さん。
「………神谷?」
見ないで。醜い顔をしているだろうから、平静をとりもどすまではそのままでいて。
「宮さん、僕は僕が怖いです。あなたがいないと分かってから、取り乱すという言葉では生半可な感情に支配されて、おかしくなりそうでした。
……というより、僕はおかしかった」
「そうか………」
宮さんはそうつぶやくと、背中に腕を回し、ぽんぽんと一定のリズムでなだめてくれた。
子供をあやすのと同じように、寝かしつけるみたいな声色で、宮さんは話す。
「ごめんな、神谷………もともとそんな奴じゃなかったのに、私が神谷を変えてしまったのかもしれないな」
「そんなこと、ない、です」
「……私を、離すか?」
悲しい問いかけに、僕はさらにギュッと力を込める。
「それ以上、言わないで下さい……」
「私が、所長や探偵事務所のみんなや、神谷に甘えていたから、事がややこしくなってしまったんだと思う」
「違います。僕は僕の意思で宮さんをここに閉じ込めました。
全部僕がやったことです、宮さんは誘拐された被害者で、僕はその犯人です。
それが全てで、事実です」
「違うんだろ? 神谷。───私を大事にしてくれてるのはよく分かってるから……自分のことをそんなふうに言うな」
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