第14話
「あぁ、最近顔をみせないと思ってたら神谷じゃないか。なんだ私をこんなところに連れてきて」
私がそう答えると神谷は困ったように眉を下げて笑った。
「連れてきたんじゃないですよ。
誘拐ですよ、誘拐。鎖までつけられてるのに呑気に本なんて読んで、宮さん警戒心無さすぎ」
「毎日座ってこなす依頼ばっかりで、退屈してたんだ。所長、ぜんっぜん私を外の仕事に行かせてくれなくなったし。
そういば、神谷!この本たちはなんだ!滅多にお目にかかれないものばかりだぞ!」
私は興奮してこれも、これも、あ、これもだ。と神谷にひとつずつみせる。
「父から貰ったんです。好きに読んでいいですよ。………もうすでに読んでますけど」
神谷には目もくれず、私は一冊の本を手に取る。
太宰治の『人間失格』
そこにはこういう言葉がある。
『弱虫は、幸福をさえおそれるものです。綿で怪我をするんです。幸福に傷つけられる事もあるんです』
終わりがくる幸せなど、もはや恐怖でしかない。
泥ににまみれた真実を死に物狂いで引き上げようとしている時にだけ、私は生きていられる。
その結果誰かに恨まれるとしても脆い幸せの上に居座っているより、いくらか心の安寧になる。
私にとってここは、脆い幸せな暮らしに思えた。
誘拐犯とはいえ、神谷の傍はなぜか居心地が良すぎる。
ずっと居てはいけない。
「ここで本を読みふけって暮らせるならどれだけいいか。
けれど、そんな甘いことはさせてくれないのがこの世の中だからなあ────神谷」
「なんでしょう」
ここは一体どこなんだい?
「やっと聞いてくれましたね、ここは僕の家ですよ」
「ちがう、嘘だな………。
見ない間にこんな部屋をせっせと用意してたのか、家具から何からすべて真新しい。
生活感が全くと言っていほどない、この書斎以外」
「そうですね、元々父がここに住んでたんですけど引っ越したんです他のところに、それで僕が譲り受けたわけですよ。
この書斎は宮さんが気に入ると思ってそのままにしておきました」
「そりゃありがたいね。で、神谷もここに住んで私を飼い殺しにでもするのか?」
神谷はゆるりと笑顔を浮かべて
「そのつもりです」と静かに答えた。
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