第4話: 闇に潜む観察者

ガイゼルがガロを倒し、その場に冷たい静寂が戻ったとき、周囲の森の中には異様な気配が漂っていた。だが、ガイゼル自身はその気配に気付かないまま、死霊たちを従えながら静かに歩みを進めていった。


その森の上空――隠れるように浮遊する小さな影が、彼の動きを見つめていた。金色のマスクに覆われたその者は「イビルアイ」。ブレイン・アンガウスに次ぐ、リ・エスティーゼ王国の戦士長ガゼフや、アダマンタイト級冒険者チーム「ブルー・ローズ」に所属する強力な魔法使いである。


「…信じられない…」


イビルアイはマスクの下で小さく呟いた。彼女は先ほどから続く戦闘の一部始終を空中から観察していた。その場で繰り広げられた力の圧倒的な差、ガイゼルという男が、アダマンタイト級冒険者を超える実力を持つことを、彼女は認めざるを得なかった。


「アダマンタイト級冒険者を凌駕する力を持っているなんて…あの男、一体何者なの…?」


イビルアイは、彼の一挙手一投足を注意深く観察し続けていた。彼女がこれまでに見てきた強者たちの中でも、ガイゼルの戦闘技術は異常なほど冷静かつ効率的だった。彼の一撃一撃が、相手の弱点を的確に突き、無駄のない戦闘スタイルを持っている。


「その力...いや、ただの力だけじゃない。まるで戦場そのものを支配しているかのような存在感…」


イビルアイは鋭い目でその男を追いかけた。ガイゼルの実力は、明らかに並の冒険者や魔法使いでは太刀打ちできるものではなかった。アダマンタイト級をも凌駕する第1形態――彼がまだ「完全な姿」ではないことを感じ取ったイビルアイは、思わず背筋が冷たくなった。


「これが彼の第一形態なら…次の形態は一体…」


彼女の頭の中に浮かんだのは、戦闘中に漏れ聞こえた「変身形態」という言葉だった。ガイゼルが本気を出していないにもかかわらず、ミスリル級の冒険者たちが次々と無惨に倒されていく光景に、イビルアイは危機感を募らせていた。


イビルアイはその場から動けなかった。今すぐにガイゼルに挑むべきか、それとも観察を続けるべきか――彼女の中で戦いが繰り広げられていた。だが、彼女は冷静だった。自分一人では、ガイゼルのような未知の強敵に勝てる可能性が低いことは、痛いほど理解していた。


「今、私が突っ込むのは愚策…いや、愚かすぎる。あの力と戦うには、もっと情報が必要だ。下手に動けばブルー・ローズに危険が及ぶかもしれない」


イビルアイは冷静に状況を分析し、最適な行動を取ることを決意した。彼女は感情的な衝動に流されず、あくまで知恵と戦略で物事を進めることを信条としている。そして、何よりも「ナザリック」に関連する情報である可能性があるとすれば、慎重になるべきだと理解していた。


「シャルティアやデミウルゴスとは別の存在かもしれない…けれど、この異常な力は…彼らと無関係ではないはず」


イビルアイの心中に浮かんだのは、「ナザリック地下大墳墓」に君臨するアインズ・ウール・ゴウンとその配下たち。彼女はナザリックの恐るべき力を知っており、その影響がこの男に及んでいる可能性を疑っていた。


「…ブルー・ローズに報告するべきね。レイナース様もこの事実を知る必要がある」


イビルアイは軽く魔力を操り、静かにその場から離れた。戦闘の観察は十分だった。ガイゼルの存在は危険すぎる――そう判断した彼女は、即座にブルー・ローズの仲間たちに知らせるべく、行動を開始した。


しかし、彼女は同時に焦燥感に駆られていた。このままガイゼルの力が強化され続ければ、いずれナザリックとの対峙を余儀なくされるだろう。そして、彼女が感じた恐怖の根源は、その先に待つ「第2形態」――その姿がどのようなものか、イビルアイ自身も想像することができなかった。


一方で、ガイゼルはイビルアイが去ったことに気付かず、無表情のまま前方に視線を向けていた。彼の目には冷酷な光が宿り、彼が何を見ているのかは誰にも分からない。


「私が求めるものは…まだ遠い」


彼の囁きは風に乗り、闇に消えていった。ガイゼルは次の標的を探し続け、ナザリックへと向かう道を歩み続ける。

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