第3話『罪』

「もう4年も経つのに、よく一目で分かったね」

「当たり前でしょ。小学生の4年間ならまだしも、中2からの4年だよ。それとも千春は、私の事なんて忘れちゃった?」

「忘れては、なかったよ。忘れられる訳がない。むしろ、忘れられたら、楽だったのにと思う時も有った。紅葉にも、私の事なんて忘れて、新しい恋をしていて欲しかった」


 彼女に出してもらった麦茶を飲みながら、私達は机越しに会話を続ける。昔は、いつも隣の席で笑っていたのにな。今は心も肉体も、遠くて冷たくて、自業自得とはいえ寂しかった。それでも、こうして話せている事は、少しだけ嬉しくもあった。


「なによ、それ。そんなに私からの恋心は、迷惑だったって言うの? 今でもまだ、『気持ち悪い』とか、『変態』だとか言うつもり?」

「違う、そうじゃないよ。私が酷いヤツだって、絶対に言っちゃ駄目な事を、やっちゃ駄目な事をしたって分かったから。私みたいなロクデナシの事なんて忘れて、違う誰かと幸せになっていて欲しかったの」

「あっそ。でもお生憎さま。私は死んでも千春の事を忘れないし、許さないから」


 そう吐き捨て私を一睨みすると、目線を手元のコップへと向けた。量の減ったコップの中で、軽やかな音を立てて氷が位置を変える。その様子を見つめながら、それっきり彼女は黙り込んだ。

 彼女が怒る……ううん、憎むのも当然だ。あの時の私は、それだけの事をした。紅葉と祖母、2人の大切な人を踏みにじってしまった。先にこれ以上ない位に拒絶しておきながら、拒絶されるのが怖くて、ちゃんと謝る事さえ出来なかった。

 私がしたのは、逃げる間際に吐き捨てるように、数文字の言葉を発した事と。そのあとちゃんと向き合わずに、何年も逃げ続けた事だけだ。意識をそらして、忘却の海に追いやろうとしたのだ。あの時の言動だけでなく、逃げ続けていた事も、私の罪だった。

 紅葉に対しては、謝る事自体は、これからも出来るだろう。許してはもらえないとしても。だけど、祖母はもう手遅れだった。死んでしまった相手には謝る事も、その上での孝行もできないから。そんな関係性のまま、逝かせてしまったから。

 チクタク、チクタクと時計音が鳴り響く。そんな時間がどれ位経っただろうか。つと、紅葉が呟いた。


「もしも過去に戻れるのなら、あの時に戻れたのなら、私の告白になんて返すの?」


 答えは考えるまでもなかった。


「ごめんね、って言うよ。私も紅葉が好きだけど、あくまでも『友達として』の好きであって、紅葉の『好き』とは違う。だから、付き合う事はできないって答える」


 これだけは真っ直ぐに、揺らぐことなく。彼女の瞳を見ながら、そう言葉を返す。紅葉は驚いたように目をパチパチとさせると、『……そう』とだけ呟いて、やりきれなさのにじみ出る顔をした。『あの時に、そう返して欲しかった』と、声じゃない言葉が聞こえた気がした。

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