オルタナティブ・ワールド・コーリング 略してオワコン ーーー黒歴史と相対するVRMMOーーー

第拾捌話 小休符 エリアボス前 リンゴの木

「到着～～～！」

　特に危なげもなく道中のモンスター達を突破していき、2つ目の休憩所に到着した2人。

「鳥さんたち～ありがとね～」

「……じゃあね」

「「ピピピピピ～!」」

　名残惜し差を感じつつもここで小鳥たちとはお別れ。零門は森の奥へと飛び去って行く小鳥たちの背を眺めつつ、今度から他のエリアでもこんな要素がないか事前に確認しておこうと密かに心に誓う。

「さて、この次にあるボスフロアを抜ければ次の街にたどり着くわけだけど……」

「わあ……！ すっごい大きい木～！」

　二人の目線は休憩所中央に生えた大木に向けられていた。

「この木からはおいしいリンゴが取れますのよ！ リンゴは回復アイテムにもなりますのよ！ ボスとの戦いの前に英気を養うのをおすすめしますのよ！」

　嘘夢の説明するとおり、目をこらせばあちこちの枝に真っ赤な果実が実を成しているのが見て取れる。

「ほんとだ～。でもどうやって採るんだろう？ 私も零門も全然届かない高さになってるよね？ 登るの？」

「フッフッフ……ですのよ。それは……」

「この木を殴ればいいんだぜ。スキルで殴ったらリンゴが落ちてくるんだぜ」

「あ～～～！ 説明を盗られましたのよ～～～！ いきなり出てきて何なのですのよ！」

「もったいぶるのが悪いんだぜ！ 早くリンゴが欲しいんだぜ！」

　やいやいと言い争いを始めるMENU達に苦笑いをしつつも零門はつぶやく。

「これもミニゲームの一つってところかな？」

「サンドバッグとかカカシとか車を攻撃してダメージに応じた報酬をゲットするみたいなのだよね？」

「木に攻撃するっていうのは何か気が引けるけど……」

「『木』だけに？」

「やかましい」

=====

「とにかくスキルを打ったらいいんだよね～？」

「そうなんだぜ～。さっさとリンゴを食わせろなんだぜ～」

「よ～し！」

　アマオーは杖を握りしめ、目の前の大木に挑む。それはさながら蟻が寝ている象に挑むが如き無謀さ。それでも物怖じする様子を見せることなく、自身の持つ杖を大きく振りかぶった。

「えいっ！」

　二度三度四度と打ちこまれる打撃。それに付随してポカポカと気の抜けたエフェクトが炸裂する。スキル「めった打ち」。魔法職のキャラがデフォで覚えている唯一の攻撃スキルであり実用性は……お察しの通り。

「……これでいいんだよね？ ね？」

　不安そうに木を見上げるアマオーの目の前に、まん丸に実った見事なリンゴが二つ落ちてきた。不安げだった顔が一転して喜びの色に染まる。

「やった！ 採ったよ～！ 2つ！」

～～～

「じゃ、次は私の番ね……」

　零門は拳を握りしめ、目の前の大木に挑む。それはさながら蟻が寝ている象に挑むが如き無謀さ。それでも物怖じする様子を見せることなく、スキルを打つための構えをとる。

「せやぁっ！」

　二度三度四度と撃ちこまれる打撃。その一つ一つが単なる攻撃に留まらず、複数スキルの重ね撃ちによるもの。炸裂する多種多様なエフェクトはいわゆる魅せプであり、そして今の零門に出せる最大威力の打撃の数々であった。

「これでどうかな？」

　あっけにとられるオーディエンス達（3人）を尻目に、零門は不敵な笑みを浮かべる。そんな彼女の前にしわしわに萎びたリンゴが二つ落ちてきた。

「あれ……？」

「零門様～！ スキルの威力や数は全く関係ありませんのよ～！」

　戸惑っていた零門の顔がみるみるうちに赤く染まっていく。　

「そ、そういう大事なことは最初から言ってよ！ も～！」

=====

「すごいよね～！ こうやって皮むきもできちゃうなんて！」

　切り株に腰かけ、手にした果物ナイフで起用にリンゴを捌いていくアマオー。その膝元には一繋ぎになったリンゴの皮がぐるぐると円を描いてある。

「『もう一つの現実を』って標榜するくらいだからね……こういう細部でもこれでもかってくらいに作り込んでるよ……」

　ご機嫌なアマオーに対し、零門は今もさっきの出来事を引きずっているのか頭を抱え続けていた。

「零門もそんなに落ち込んでないで一緒に食べよ？ 二人とも切ったのいる？」

　アマオーが差し出すのはお皿に盛り分けられたリンゴ。片方は綺麗に皮をむいてあり、もう片方は耳がピョンと立ったウサギ型……

「いや、いい……こっちも二つあるし……」

「私は大丈夫ですのよ！」

「そっか。じゃあショート、二人で食べよっか？」

「わ～いなんだぜ～！」

　一緒にリンゴを食べるアマオーとショート君を眺めながら、ふと

零門はつぶやく。

「能天気で優しい姉と照れ屋で甘えん坊の弟……」

「……？ 零門様？」

　零門――柚葉の頭をよぎったのはとある噂。それは「MENUの性格はユーザーが潜在的に求める存在を模倣する」というもの。

（潜在的って言うか……苺花ってよく弟か妹が欲しいって言ってたもんね……）

「ねえ、ライム……MENUってさ……」

「なんですのよ？」

「……いや、なんでもない。私たちもリンゴ食べよっか。萎びてるけど……」

「わ～いですのよ～！」

　零門は切り株、ライムは彼女の膝の上。一緒に腰かけ、萎びたリンゴを口にする。見た目の割に味は悪くなく、零門は目を丸くした。

「なんか初めてって気がしないかも。前にもこうやってたのかな？」

「ふふっ……私は全部覚えていますのよ？」

～～～～～

「ええ！？ ここのボスってソロ限定なの！？」

　ボスフロア前に設置された立て札を読んだアマオーはそう叫んだ。

「……二人で同時に入ったらどうなるのかな？」　

「入った途端に片方が消える。アマオーから見たら私が消えるし、私から見たらアマオーが消えるね」

「神隠し……！」

　一見オープンワールドに見せかけて、別マップに飛ばすというのはフルダイブ系のVRではよく行われる処理だ。とはいえパーティープレイで挑むプレイヤーのための措置もきちんとなされてある。

「ライム、“観戦席”はどこだっけ？」

「あの黄色い葉っぱの木の下が“観戦席”ですのよ」

「かんせんせき？」

　零門の言う観戦席とは、他のプレイヤーのボス戦を観戦するために設置された特別なオブジェクトを指している。そこに陣取れば戦闘に直接介入することは不可能なものの、同行者のボス戦を間近に見ることができるのだ。

「エリアボス前とエリアボス後にそれぞれ一つずつ設置されてるから、お互いの戦闘を見られるよ」

「へぇ～そういうところも色々気遣ってるんだね～。でもソロでボス戦ってちょっと不安だな～」

「大丈夫大丈夫。ここのエリアボスは弱めに設定されてるから。夕方に戦ったあの大イノシシの方がずっと強いよ。」

「なら安心かな？」

「ついでに予習しとこっか」

　零門はモンスターの図鑑データを開き、アマオーに共有する。そこには過去に零門が交戦したことのある3種類のボスについての情報が記載されていた。それを元に、対策をまとめ上げる。

・グレートゴブリン

　ゴブリンの3倍くらいの大きさのホブゴブリンをさらに一回り大きくしたゴブリン。

　基本的なモーションはホブゴブリンの焼き直しだが、その大きさからくる攻撃力と攻撃範囲、タフさは侮れない。そして何より手下のゴブリンを招集するのが厄介な点だ。しかし遠距離攻撃持ってないため遠距離職にとってはカモである。

・ストレイオーガ

　オーガの生息域から離れこの辺境の地にやってきたはぐれ鬼。

　タフさはグレートゴブリンほどではないものの、攻撃力の高さとそれなりの身のこなしを両立している。また、他のボスよりも高度なAIが組まれており、柔軟な戦い方をしてくるのが厄介な点だ。しかし遠距離攻撃持ってないため遠距離職にとってはカモである。

・サベージベア

　牙も爪も毛皮も真っ赤に染まった血染めの残忍熊。

　攻撃自体は他のクマモンスターと同じく単調だが、とにかく攻撃力が高い上にダメージを追うごとに凶暴さを増していく。さらにエリアに生えた木から木の実や蜂蜜を摂取することでHPを回復するのが厄介な点だ。しかし遠距離攻撃持ってないから遠距離職にとってはカモである。

「総じて遠距離攻撃無しだから魔法使いのアマオーにとっては楽勝のはずだよ」

「楽勝はなんかつまらないなぁ～。いっそのこと私も零門みたいなナイフ殺法で……」

　ゴブリンからドロップした錆びたナイフで素振りを始めるアマオー。振り自体は零門から見てもそれなりに様になってはいる。だが……

「言っとくけど負けたらサーガワンからやり直しだからね？ あまり変なことして負けたら付き添ってあげないぞ～」

「わかってます～。冗談冗談。それじゃ、どっちが先に行くかジャンケンしよ！」

「了解」

――――――――――

「それじゃ、いってきます！ ちゃんと見ててよね。零門！ ライムちゃん！」

「了解」

「了解ですのよ！」

　零門とのイカサマ無しのジャンケン勝負に見事勝利したアマオーは迷わず先行を選択した。 装備を整え、必要アイテムをポーチに移し、準備万端の状態でボスフロアへと足を踏み入れる。

　ボスバトルエリア傍の観戦席には彼女の戦いを見守る零門と嘘夢。事前に零門からは各ボスのモーションについては教えてもらっており、何かしらのピンチに見舞われた場合は彼女からアドバイスをもらう算段にもなっている。

（でもできればアドバイスなしで完全勝利するのがいいよね～）

「何が来るかな～何が来るかな～」

　アマオーは零門からあらかじめボスの「登場演出」についても話を聞いていた。

　例えば、グレートゴブリンであれば右側の木々を掻き分けながら飛び出してくる。ストレイオーガなら奥の方からこちらへまっすぐに歩いての堂々入場。サベージベアに至ってはエリア中央の地面からいきなり飛び出してくる。

（右側確認！ 異常なし！　前方確認！ ……異常なし！　中央確認！ …………異常なし！）

　「あれ？ 何も出てこないよ？」

　そう言おうとした瞬間、それは上から落ちてきた。

　まずアマオーが最初に疑ったのはサベージベア。だが砂煙の中に映ったシルエットはクマにしてはあまりにもずんぐりむっくりとしている。そして何よりも頭に生えた一本の大きな角。あれは……

「アルミラージ……？」

「デュマママママママママママ！！！」

　垂れ耳姿の巨大角ウサギの奇妙な咆哮。その大きな角はまるで自身がこの森の主であると主張するかのように神秘的な光を帯びる。

　そして観戦席の方では零門が口の前で手を合わせ口パクで「ゴメン！」とつぶやいていた。

[エルミラージとの戦闘が開始されました。]