第拾漆話 音に聞く それと一緒に 君に聞く
BGM……それは場面の雰囲気を盛り上げるために映像の背景で流される音楽であり、ゲームに限らずドラマ、アニメ、映画、演劇等、様々な場面で活用される。
だがフルダイブ系VRはBGMと相性が悪いとされている。何故なら、BGMはあくまで外側から物語を見ている視聴者に向けられたものであり、内側にある登場人物が関知するものではないからだ。物語の内側に入り込み、物語の登場人物となりきる仮想現実において、「どこからともなく奏でられる出所不明の音楽」はもはやホラーなのである。
無論、音楽を使った演出自体はこのゲームにも存在する。町の各所では音楽家のNPC達が絶えず楽器を演奏し続け、集会所やレストランでは歌姫が歌を歌う。プレイヤーが扱う魔法の中には楽器や歌声を媒介として発動するものも存在する。
だがそのどれもが「理由」を持っている。そこに音楽を発するものが存在し、音楽を奏でる理由が存在しているのである。
故に、フルダイブ系VRにおいてBGMは相性が悪いものとされているのだ。
=====
「たぶんこの子達だよね? 店主さんが言ってたの……」
「うん……」
それは休憩地点から出てすぐ横の木々。そこにはピヨピヨと賑やかに鳴く小鳥たちが群れをなして止まっていた。
零門とアマオーは露店で買ったペレットを手のひらに載せ、小鳥たちの前に差し出す。すると群れの中から2羽の小鳥がこちらへ飛び寄り、私たちの手のひらに止まった。
「あ、来た! えへへ…かわいい」
「~~っ!」
意外と擽ったい感触に、零門は思わず身震いする。昔から犬猫兎鳥その他諸々の小動物たちから警戒対象として扱われてきた彼女にとって、小動物を手のひらに載せるのは初めての経験だった。
「あれ? 零門、震えてる? もしかして怖い?」
「そ、そそそそんなわけないでしょ……!? 思わず握り潰しちゃったりしないか心配してるだけ……!」
「あ、うん、それは別の意味で怖いね。でも大丈夫だよ。こういうのはリラックスするのが大事なの!」
アマオーに言われた通り、零門は深呼吸をしてリラックスに努める。しばらくすると小鳥がペレットを啄み始めた。
「……」
「真剣だね?」
「……やばい……ずっと見てられるかも……」
とは言うものの、ずっと見ていられるはずもなく小鳥はペレットを完食。すると零門に向かってピヨピヨと鳴き始めた。
「小鳥さんは零門様にお礼の歌を届けたいみたいですのよ」
「わわっ!? ライムかぁ……いつの間に……」
「通訳は私にお任せくださいまし。ローディンローディン……」
[ご利用中のアプリが音声ストレージの権限を求めています。許可しますか?]
[ご利用中のアプリが動画ストレージの権限を求めています。許可しますか?]
「いや、雰囲気……」
目の前に現れたアプリ権限云々のウィンドウ。[許可する]を選択すると、さらなるウィンドウが展開される。どうやら再生可能楽曲のリストのようだ。
「『始まりの街』『旅立ちの一歩』『果てしなく続く旅路』……フィールド楽曲かな? 『メインテーマ』『3周年記念コラボ楽曲』『イアの黄昏(劇中歌ver)』……『共鳴戦線』『神龍墜とし』『戦士たちの饗宴』……タイトルだけで大方察しが付くものもあれば、わからないものもあるわね……」
「いいなぁ……私は始めたばっかだし『メインテーマ』と『始まりの街』と『旅立ちの一歩』しかないよ……」
「というかゲームの楽曲以外も色々選べちゃうみたいね……」
このゲームの楽曲のみならずデバイスのストレージに保存した一部楽曲や、提携サービスの配信曲、果てはラジオ番組等も聴くことが可能となっている(一部コンテンツは課金必須)。
これこそが「フルダイブ型VRゲームはゲームの枠を超えた複合的娯楽コンテンツ」と言われる一端だ。
「何か聞きたいのある? 選ばせてあげる」
「う~ん……タイトルだけ見せられてもなぁ……」
「それもそうだね……」
とりあえず2人は「旅立ちの一歩」を一緒に選択。すると小鳥たち口(嘴?)を揃えて囀り始める。音楽とも鳥の鳴き声ともとれる絶妙な歌声が周囲に響き渡った。
「「ピーピピピピーピピーピーヨピヨピピピヨピヨピーヨピヨピ~♪」」
「あはは! かわいい~!」
「うん……」
片やパシャパシャとスクショを連発するアマオー。
片や小鳥たちに見惚れる零門。
「ってそうしてる場合じゃないでしょ。ほら、先行かなきゃね!」
「見て見て! 零門! あの子達ついてきてるよ~!」
小鳥たちは木々を飛び渡り、零門達の横の位置を常にキープしているようだ。
「この先の休憩所まで一緒についてきてくれるみたいですのよ」
「何その健気さ。一生愛でてたいんだけど……」
「零門って案外そういうの好きだよね……」
~~~
小鳥たちの歌声をバックに、時々戦闘を挟みながらも森の道を進んでいく。そんな中でアマオーはとある話題を切り出した。
「ところで三連休の予定はどうするの~?」
世間は今ゴールデンウィークの真っ只中。柚葉達の通う桜和大学も、明日から土日祝の3日間は講義の数は0となっている。学内では新入生の歓迎コンパを中心に様々な催し事が企画されていた。
「予定? 特に決めてないけど……」
そんな中で、そういったイベントに参加せずに「朝起きたらランニングして朝食食べて課題終わらせて、昼食食べた後は友達と遊ぶかジムに行って運動するかして、少し遠回りにランニングして帰宅したら夕食食べてヨガして寝る」といういつものルーティーンを実行しようとしているのがアマオーの目の前にいる少女だった。
「じゃあさ、そっちの家に泊まりに行ってもいい?」
「ええ!? まだ荷物が片付いてないから狭いよ?」
「じゃあ手伝うからさ! お願い!」
「う~ん……その片付けにアマオーを手伝わせるのが気が引けるんだけど……」
「あ、頭少し下げてて」
「うん」
「ゲギョッ!?」
樹上から会話に割って入る不埒なゴブリンを迎撃しつつ話を続ける。
「なんで来たいの?」
「だってせっかくの連休だからお泊りしたいし~! それに……」
「グガァッ!?」
アマオーの杖先から放たれた火の玉が前方に待ち構えるゴブリンを黒焦げにする。
「家にいたままずっとゲームしてるとお母さんとお父さんに怒られちゃうかもだから……」
「メインの理由そっちでしょ?」
「お泊りしたいのは事実だからね!」
「ギョゲッ!?」「ゴバッ!?」
消滅するゴブリンを尻目に会話を続行。
「ま、いいよ。明日にする? それとも明後日?」
「やった! じゃあ明後日で!」
「了解。それじゃ、アレの相手しよっか」
「そうだね!」
立ち塞がるのはゴブリン2体を傍に従えたホブゴブリン。小鳥たちののどかな歌声をバックに、二人は武器を構えるのだった。
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