第拾肆話・表 果ての果て まだ私には 遠すぎて

 仮想世界から切り離された意識は無光無音の挟間の世界を揺蕩う。仮想世界の身体感覚が徐々に薄れていき、現実世界の身体感覚へと置き換わってゆく。


 まるで何かの引力に吸い寄せられるように、彼女の意識は現実世界へと引き戻され自室のベッドで目を覚ました。


「っあ゛~~~! 頭ガンガンする!」


 フルダイブゲーム特有の現実酔いに頭を抱えつつ、古城柚葉は現実世界へと帰還した。


~~~


・栄養ゼリー(国家推奨)3パック

・栄養ドリンク(国家推奨)1缶


 他人が見ればあまりにも侘しすぎると嘆くであろう夕食の献立。だが柚葉にとってはこれがいつも通り。


 「美食なんてVRでいくらでも味わえるんだから現実の食事は栄養補給だけでいい」

 そんな人間がこの世界には大勢いる。柚葉もこと食に関してはそれに近しいスタンスをとっている。


「あ、大家さんからもらったカレイがあったんだった……」


 別の扉を開けると、そこには日付の書かれたタッパー。期限は明後日まで。ならば明日の夕飯としていただくのもいいだろう。柚葉はそう判断した。


「あ、お湯沸いた」 


 急いでゼリーとドリンクを飲み終え、本日用の入浴セットを揃えて浴室へと向かう。半ばルーティーンじみたこの生活に、早くも柚葉は慣れてきていた。


 脱いだ服は洗濯籠へ。浴室に入った直後、鏡に映った自身を見て動きを止めた。


「……」


 女性としては長身の172㎝。整った目鼻立ちに綺麗な肌と艶やかな髪。すらりとした長い手足、全体的に引き締まりつつも、きちんと出るべきところは出た身体。その完璧なプロポーションは彼女自身の弛まぬ努力の結果に他ならない。


「フフフ……そうよ……これが私! あれはあくまでアバターなんだから……!」


~~~♨~~~


 髪を乾かしつつ、複数の攻略サイトを巡ってオルワコについての情報を収集する。

 何せ柚葉はゲージ技の実装すらも把握していなかった。ある意味アマオー――苺花以上にこのゲームの情報に疎い。だからこそ情報を得なければならないのだが……


「あ~~~ダメ。どのサイトも情報が当てにならない……」


 どのサイトも更新が止まってるか、荒らされてるものばかり。当てになりそうなものはほとんどない。「アナタだけに教えます! 月1万でアナタも仮想世界の人気者に! 今スグコチラへアクセス!!!」「VRで理想の体型に!あなたもお手軽バストアップ!」「フルダイブで現実の身長が伸びた!?衝撃の真相はコチラ!」等と謳う広告だけは山ほど出てくる有様だ。


「とりあえず公式サイト見ようかな……攻略情報には期待できないけど嘘の情報を掴まされることはないだろうし……超大型アップデート?」


 ついでに公式SNSを見てみると、つい先ほど公開された情報。ひとまず詳細ページへとアクセスを試みる。


―――――


 5月13日よりいよいよ待望の超大型アップデート

「オルタナティブ・ワールド・コーリングVer15.0/『世界アウトサイド・ザ・外側ワールド』」

が実装されます!


 今回の目玉は第1ステージ「もう一つの世界オルタナティブ・ワールド」や第2ステージ「また一つの世界アナザー・ワールド」に続く第3ステージ「外側の世界アウトサイド・ワールド」の実装です。


 今までメインシナリオや一部サブシナリオで存在が示されていた「外側の世界」。外界の神々が住まうこの場所についに私たちプレイヤーも進出します!


 この門出を記念して、「アップデート直前ブーストキャンペーン」を現在開催中のゴールデンウィークキャンペーンと並行して行います。


・新ステージ「外側の世界」実装!

・新シナリオ開放!

・新フィールド多数実装!

・新モンスター多数実装!

・新種族「ビジター」他実装!

・新規ジョブ実装!

・新規スキル実装!

・新規魔法実装!

・ギルドシステムに新機能実装!

・クランハウス・マイルームがさらに便利に!

・新たなる決闘システ……

―――――


 ここで柚葉は公式サイトを閉じた。


「いやいや、『第3ステージ』って何? 『外側の世界』って何? そもそも私『第2ステージ』とか『また一つ世界』すら知らないんだけど……!」


 知らない固有名詞と登場人物ばかりが並ぶシナリオ概要、比較対象に出されてるもの自体が分からないフィールドギミックの説明、繰り出してくる魔法やスキルが名前だけで表記されてるせいで結局何してくるのか分からないモンスターの紹介、「皆さんお馴染みのビジターについに転化可能に!」と言われても柚葉にはお馴染みの欠片もない。

 どの情報も「今までオルワコを追い続けた君たちならわざわざ説明しなくても分かるよね」と言わんばかりに説明がなされてない。このお知らせを読んでる人が「知ってる前提」での記載だった。


「ここが復帰者の辛い所。まるで浦島太郎にでもなった気分ね……」


 非効率な情報収集に見切りをつけ、ベッドに横たわってデバイスをセッティングする。


「結局身体で覚えるのが一番ってわけね」


 こうして予定よりも少し早く、柚葉は再びオルワコへとダイブするのだった。

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