第拾参話・下 人いて人なく うつつ幻

(あー! 私が本調子だったらなぁー! 実質レベル1状態じゃなきゃあんなイノシシ一撃でぶっ飛ばしてあげたのになぁー! そもそもなんで最初の草むらでレベル45なんて出てくるのよ! おかしいでしょ? 絶対おかしいって!)


 始まりの街サーガワンの中央西寄りに位置するフィルスト市場。零門は隅のベンチに腰掛けて不貞腐れていた。


(いや実際アクセルボアを倒しただけでも大殊勲だし? 先の戦いで片脚無い状態だったからすぐやられただけで、両脚残ってたらもっと持ちこたえられたし?というか、片脚無い状態でプレイし続けるのもキツかったから、ちょうど殺してもらえてラッキー! みたいな?)


「~~~~~!」


 頭の中でどれだけ言い訳を並べても、負けたという事実は変わらない。負けて悔しい気持ちも収まらない。


「いつか絶対リベンジしてやる!」


 レベル差の暴力に叩き潰された少女は、レベル差の暴力で相手を叩き潰すことを固く心に誓うのだった。


――――――――――


「ただいま~!」


「おかえり~。というかその荷物の量なに!?」


「いろいろ買いすぎちゃってさ~」


 中身がパンパンに詰まった買い物袋を両手にぶら下げ、アマオーは零門のそばに腰を下ろした。

 買い物袋を持ってるということはアイテムポーチやインベントリが満杯になって入りきらないくらい買い物したということだ。


「それにしてもよくそれだけ買い物できたわね」


「『初心者応援キャンペーン』でお金はたくさんもらえてたからね~。はい、これお土産」


「え……む、むらさき……」


 アマオーから謎肉の串焼きを受け取りしぶしぶそれに齧りつく。


「あ、意外と味いいかも……」


毒龍ヒドラの串焼きだってさ」


「んぐっ!?」


 急いでステータスを確認する零門。


「毒抜きは完璧だから安心してくれって屋台のおじさんが言ってたよ?」


―――


 旅立ちの平原での戦いを終え、零門たちは今このサーガワンのフィルスト市場にて3か月に一度開催されるイベント、「オルタラシア・バザール」に足を運んでいた。


 街の大通りにはたくさんの露店が並び、大陸各地から集った商人達NPCが自慢の商品を売り買いする。その中にはこの街では手に入らない、先の街で扱われている物品も多数扱われていた。

 メタ的に言ってしまえば、このゲームの世界観を表現する側面、商人系ジョブの晴れ舞台としての側面、プレイヤー達の交流の場を設ける側面、そして初心者に「先の要素」をチラ見せしていくことでモチベーションを上昇させる側面がある。


 最初の街なのにそんな先の街のアイテムを開放してバランス崩壊しないのか?

それに関しては、ある程度対策が練られている。店売りの装備は「頭・胴・腕・腰・脚の一式で装備することで効果を発揮するもの」だが一部位しか取り扱われていない。これでは装備本来のスペックを発揮するには程遠い。そして何より……


「ジャジャーン! これが今の私の最強装備!」


「ねえ、アマオー。ほんとにその装備で行くつもり……!?」


――――――――――

Player Name:アマオー


Head:南洋孤島原産呪術仮面 ←なんかドロドロした茶色い仮面

Torso:洗礼の魔法鎧 ←なんかゴツゴツした黒い鎧

Arm:魔金の腕輪 ←なんかキラキラした金色の腕輪

Waist:儀礼袴【葬】 ←なんかユラユラした赤い袴

Leg:スノーフェアリアブーツ ←なんかフワフワした白いブーツ

――――――――――


 「現状所持してる強い装備で身を固めたら、見た目がすごく残念になる」

 そんなゲームあるあるを身をもって実演してみせることとなるのだ。


 元々一式装備前提でデザインされたであろう装備を一部位ずつ持ってきただけあってどの装備も見事なまでのアンマッチぶり。特に「いかにも原住民な仮面」「いかにも騎士な鎧」「いかにも巫女な袴」の三連コンボが強烈なインパクトを放つ。

 それはひたすらに恥ずかしい零門のそれとはまた別方向の酷さと言えた。


 姿見の前で一通り飛んだり跳ねたり一回転したりしながら装備の具合を確かめるアマオー。彼女は少し落胆した風に感想を述べた。


「う~ん……買ってみたはいいけどなんか微妙……いつものゲームだと序盤の見た目は割り切れるのに……」


「レトロゲームとはそこのところ違うでしょ?」


「うん。自分で着てみるとやっぱり感覚違うね……重ね着とかはないの?」


「無い! 私が知ってる範囲だとね」


「え~!」


(重ね着なんてあったら真っ先に私が着てますぅ~!)


 フルダイブ系VRゲームにおける装備の見た目の重要度は、従来のレトロゲームとは大きく違う。VRゲームにおける装備とは、リアルでの服装と同義なのだ。見た目には関心がない、周囲の目線は全く気にしないという者でない限り、皆装備の見た目に最大限の気を遣う。だからこそ零門はあれほど必死になってネヴァーエンドを駆け回ったわけであり……


「まあ、次の目的地の途中にもう一つ町があるから、そっちでいい装備探そ」


「はぁい…………もう少し笑ってくれるかと思ったんだけどなぁ」


「なんか言った?」


「いや、何でもないよ! それよりさ、あっちの通りに行かない? 面白いお店があってさ!」


 聞き返す暇もなく、アマオーは零門の腕を掴んでズイズイと市場の中へと引き込んでいく。


~~~


「これください! あと、あれとそれも!」


「あいよ! 全部で680エーンな。お嬢ちゃんべっぴんさんだからオマケつけといてやるよ」


「わ~い! ありがとうございま~す!」


 それは人情味溢れたごく普通の買い物風景。だが零門からは全く違うものに見えていた。


(私の時と全く態度が違う……!?)


「あれ? 急に固まってどうしたの?」


(なによこのゲームは……本当にオルタナティブ・ワールド・コーリングだというの……!?)


「お~い!」


(私が知っているオルタナティブ・ワールド・コーリングはこんなのほほんとした風景が繰り広げられるものじゃなく、もっと殺伐としたものだったはず……!)


「もしかしてラグってるの~?」


(街の人々から恐怖と軽蔑の目線を向けられ買い物すらもままならない。店に出向けば門前払い、教会に出向けば糾弾されるのがこのゲームなのに!)


「ほら、そっちのお嬢ちゃんも何か買ってくれるかい?」


「あ……じゃあこれとこれを」


「あいよ! 全部で520エーンな。お嬢ちゃんべっぴんさんだからオマケつけといてやるよ」


「……」


「また来てくれよな!」


「……」


―――――


「人情っていいよね……」


「零門……どうしたの……さっきなんかバグってたよ……?」


「いや、なんでもないよ……忘れて……」


 街の人々から嫌悪の目で見られない……なんて素晴らしいことなのだろう……と、零門は肌身で実感していた。


 「お前に売る品はねぇよ!」「こっち来んな」と突っぱねられることもなく、「殺さないでくれ!」「息子には手を出さないでくれ!」と恐れられることもなく、「買いたきゃ力を示せ」「お前の死骸から剥ぎ取ってやる!」と脅されることもない。

 「これください」と言えば「あいよ!料金は───」と返ってくる。なんなら「お嬢ちゃんべっぴんさんだからオマケつけといてやるよ」と薬草をタダでプレゼントしてくれる……


「これが世界平和……」


「零門……ほんとに何かあったの!?」


「聞かないで……」


「う、うん……聞かないでおくね……あ、でも相談したいときは遠慮しないでいいからね……?」


(うぅ……当たり前のコミュニケーション(+α)が普通に出来るということに深い感動を覚える日が来るなんてぇ……)


~~~


「それにしてもびっくりした~。リアルのお店もゲームの中に出店してるなんて知らなかったよ~」


 凶悪なピンク色をした謎肉の串焼きを齧りながらアマオーは感嘆する。


「いまやVR仮想現実は現実と並び立つもう一つの世界だからね」


 何度目かのブームを迎えたタピオカ飲料を片手に零門はそう返す。


「このゲームに限らず、ゲーム内で現実のお店が出店してるのはよくあることよ。お店側にとってはお客さんが見込める有力な出店先だし、ゲーム側はユーザーを引き込む導線になるしね。特にここみたいな最初の街だとお店の出店には力を入れてる傾向があるみたい……」


「ふ~ん……確かに周りを見ると……見たことあるお店が結構あるよね~……ファストフード……コーヒーチェーン……あ、服屋も出店してるんだ! 普通にこの街だけでもずっと遊べちゃいそう!」


「実際、始まりの街から一歩も出ないって遊び方をしてる人も結構いたみたいよ?」


「ええ~~~! もったいない……でも人には人の楽しみ方があるから仕方ないのかなぁ……」


「そうだね~、私もそう思う」


「でもさ、そういう人たちにもこの“ゲームの楽しさ”っていうのを伝えられたらすごくいいと思わない?」


「……アマオーって時々野心家なこと言うよね?」


「そうかな? えへへ」


 いつのまにやらピンクの謎肉を食べ終え、特大の綿飴にかぶりつくアマオー。


「でもいいよね~。これだけたくさん食べても太る心配ないんだよね!」


「ほんとそれ。私も助かってる」


「でもちゃんとご飯は食べないとだめだよ?」


「うぐっ……チャントタベテマスヨ……」


「嘘だ~! 絶対いつものゼリーで済ませてるでしょ~!」


「え、栄養は足りてるし……」


~~~


「さて、それじゃ一旦ログアウトしよっか……」


「ええ~~~っ! もうちょっとだけ遊んでこうよ!」


「アマオーは実家暮らしなんだからちゃんと時間通りに行動しなきゃダメでしょ。じゃないと両親からVR禁止にされちゃうかもよ? 事実、大学入るまで触らせてもらえなかったんだし」


「うぅ……それもそうだね……ショート、来て」


「はいはいなんだぜ~!」


 自分のMENUに案内されながらログアウトの処理を行うアマオー。


「それじゃ、9時半にまたね!」


「了解。ちゃんとお風呂まで済ませときなよ~」


「零門もちゃんとご飯食べなよ~!」


 ログアウトの操作を終え、アマオーの身体は青白い光となって消え去る。1人その場に残された零門の目の前に、嘘夢が姿を現した。


「零門様もログアウトされますのよ?」


「いや、私は一人暮らしだから時間余裕あるし……少し行ってみたい場所があるの。案内してくれる?」


「了解ですのよ!」


~~~


 サーガワンの中心にそびえ立つ名も無き巨大な塔。サービス開始から7年経った今も詳細が謎に包まれているそれは、レベル100を超えたプレイヤーのみが登ることを許されている。

 とはいえ、何か特別なイベントが発生するというわけではなく、現状は街のランドマークにしかなっていないのだが。


 その最上階の展望台、零門は街を見下ろし黄昏れていた。


「ライム、今この街にいるプレイヤー達の人数を数えてもらってもいい?」


「わかりましたのよ! ローディンローディンローディンローディン……私が確認できた『イア様のお墨付き』(※世界観におけるプレイヤーの呼び名)の方達は零門様以外で17人ですのよ!」


「17人かぁ……少ないなぁ……」


 サーガワンは最初の街である以上、多くのユーザーにとっては用のない街だ。大半のプレイヤーはここよりもっと先の拠点にいる。だがそれを加味しても17人というログイン人数は少ないと言えるだろう。


 両手で頬杖しつつ、眼下の街を見下ろす零門。彼女の目には夜の帳の中でも賑やかな色を醸す町明かりが少しだけ空虚なものに思えた。


「まあでも……これはこれで……」


 展望台に吹きわたった心地よい風が肌を撫で、真っ白な髪をゆらゆらと揺らした。


――――――――――


 「世間がフルダイブ系VRゲームに求めるものがからに移り変わった」という言説がある。


 人々が真に欲しがったのは未知の世界を冒険したり、モンスターと戦ったりするファンタジーな体験ではなく、友達と話したり、食べたり、買い物したり、遊んだり……そんな現実と変わりのないものだとする言説だ。


 しかしその実態をこう言い表す者もいる




 




 現実は失敗してもやり直しはできない。戻れるスタート地点なんてどこにもない。これから先ずっと失敗したことと向き合って生きていかなければならない。

 だが仮想現実であれば失敗してもやり直せる。キャラを最初から作り直せばスタート地点に戻ることができる。


 人々が求めたのはそんな「やり直し可能な人生の実現」なのだと……


――――――――――


「ねぇ、ライム……前の私は……」


「どうかしましたのよ? 零門様……」


「うんうん、なんでもない。なんでもないよ。それじゃ、またあとでね」

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