第拾壱話 ああなんと 素晴らしきかな ファンタジー

 少女二人が立つは広大な平原と森の境目。


 零門とアマオーは今、ホブゴブリン率いるゴブリンの群れと相対していた。ホブゴブリンの指示で襲い掛かるゴブリン達を1対1体迎撃していき、残るはゴブリン4体とホブゴブリン1体。だが、エンカウント無しのシームレスマップにおける戦況はそんなに単純なものでもなく……


「零門様! ダッシュボアが3体こちらに接近中ですのよ! 推定30秒でこちらまで到達しますのよ!」


「OK! アマオー! ゴブリン2体そっちに流すから処理お願いね!」


「ゲギャッ!」「ゴギョッ!」


 投げ技のスキルを発動し、手近のゴブリン2体を後方へと投げ飛ばす。そしてゴブリンの行き先には杖を構えたアマオー。


「了解! サンダーアロー!」


 アマオーの杖先から放たれた電撃は瞬く間に空中のゴブリン2体を射抜き消滅させる。


 残るはゴブリン2体とホブゴブリン1体。零門は武器をナイフから刀に切り替える。


「ナイフだけじゃなくて刀も使えるの?」


「まあ、ね!」


 居合切りのスキルで飛び掛かるゴブリンの首を一閃。さらにそこから突きのスキルによりもう片方のゴブリンを串刺しにする。残るはホブゴブリンのみ……!


「零門、屈んで! ファイアーボール!」


 指示通りに屈んだ零門の頭上を火球が通過し、そのままホブゴブリンの顔面に炸裂する。


 怯むホブゴブリン。ここが勝機とにらんだ零門は、しゃがんだ姿勢のまま刀を構えスキルを選択。白い指示線をなぞるようにホブゴブリンの股下から頭の頂点まで一気に斬り上げる。


 判定は成功。斬り上げた跡が白い光を放ち、内側から激しい水飛沫が迸る。


「ゴガァ……」


 顔面弱点への火球と正中線真っ二つの斬撃によりホブゴブリンは倒れ伏した。


「おつかれ~」


「はい、おつかれ。といってももうすぐイノシシが3匹くるんだけど」


「ごめん、さっきのでMP切れたから瞑想するね。護衛お願いしま~す」


「はいはい。任されました」


 零門は刀を地面に突き立て素手の状態で構える。脳内で消費するMPの量を決定し、魔力が充満する右腕を大きく振りかぶる。


「凍てつけ!」


 そう叫びながら、魔力の充満した右腕を地面へと叩きつける。叩きつけた腕を起点に、扇状に広がっていく氷の領域。その領域は射程内のダッシュボア3体を瞬く間に捕らえその脚を地面へと縫い付けた。


 零門は刀を再び握ると、イノシシ2体を一刀両断、残る1体を突きで串刺しにして処理した。


「いいなぁ~! その魔法凄くかっこいいじゃん! ねえ、どうやって覚えたの? 何かのクエスト?」


「いや、これは後から覚えたとかじゃなくて私の種族特有の魔法で……」


 これは半魔が放つ魔法。世界観的には「原初魔法」と呼ぶ代物だ。人類が自由に行使するために理論づけたそれとは違う、ただただシンプルな魔力の変換。それは人ではなくモンスターの使う魔法に近い性質を持つという世界観的設定フレーバーを持つ。


(まあゲームのシステム的には「消費MPに対する威力が普通の魔法と比べて高い代わりに、極端にバリエーションが少ない魔法」ってだけだけど……)


「ふぅ~ん。あれ? 零門の種族ってヒューマンじゃなかったっけ?」


「あ! いや、それは、その……」


「これだから嘘を吐くのは良くないことですのよ……」


 フワフワと零門のそばに降り立った嘘夢が耳打ちする。零門もすかさず耳打ちし返す。


「だってだってだって~! 私アマオーにあんな姿見られたくないもん~~!」


「……ん~~、まあ、零門が教えたくないってのならいいけどね~」


「零門様は良いご友人をお持ちになりましたのよ」


 嘘夢はそう言うと、また頭上からの見回りに戻っていった。


「良い友人……ほんとにね……」

(苺花って地味にこういう所が鋭いし妙に気を利かせてくれるとこあるのよね……あんまり甘えないようにしないと)


「それにしても次から次に来るね」


「しかも私ばかり狙って……ね」


 零門が戦闘を始めてから、既に30体以上のモンスターと遭遇している。アマオーのレベルもいつの間にか2から5へと上がっていた。


「うふふ~、零門はモテモテだね~」


「嫌味か!」


 原因は半魔の種族補正「出来損ない」。その効果は「モンスターからのヘイトを集める」というシンプルなもの。しかも効果範囲が広く、比較的遠くのノンアクティブのモンスターも参戦してくるというのが厄介な点だった。


「ねえ、そろそろ時間だし街に戻らない?」


「うん、そうだね。アイテムの調達もしておきたいし! ……あれ? ショート? いきなり出てきてどうしたの?」


「デカいのが来るんだぜ……! さっさと逃げ帰った方がいいんだぜ……!」


 そう言うとショートは再び魔法陣の中へと引っ込む。


 その直後、森の方で騒がしい物音が鳴り始める。


「零門様! アマオー様! 高レベルモンスター乱入の兆候ですのよ~~~!」


 そう叫びながら、ライムが私の肩に下りてきた。


「今のお二人には分が悪い相手ですのよ! 撤退を提案しますのよ!」


「だってさ。アマオーはどうする?」


「う~ん……どうせだったら挑んでみようよ! 負けたら負けたでいいからさ!」


「私も賛成。ごめんね、ライム。せっかく報告してくれたのに」


「パートナーの意思を尊重するのがMENUの務めですのよ。ではライムはライムに出来ることをやりますのよ!」


 直後、メキメキと木が倒れる音が周囲に鳴り響いた。それと共に森から見覚えのあるモンスターが飛び出してくる。


「あれは……ホブゴブリン? これが高レベルモンスターってこと?」


「いや、何か様子がおかしい……!」


 こっちに向かってこん棒を構え、威嚇する動作を見せるホブゴブリン。だが、襲い掛かってくる気配はない。それに何やら大きな傷を負っている。それも古傷なんかじゃなくついさっきできたような新しいもの。これが意味するのは……


「ブガアアアァァァ!!!」


「グギャッ!」


 森から突然飛び出してきたのは巨大なイノシシ型モンスター! その巨大イノシシは森から飛び出した勢いそのままにホブゴブリンを豪快に跳ね飛ばしたのだ!


「なるほど……登場演出ってわけね……」


 その巨体もさることながら、一際目を引くのが口から伸びる毒液滴る巨大な牙。その他にも、蛇のように長くしなやかな尾をもち、所々毛が剥げた部分からは斑模様の鱗が覗く。体には数多の古傷が見て取れるが、それは手負いの証明ではなく強者の証明に他ならない。


「ローディンローディン……出ましたのよ! モンスター名「アクセルボア」。ダッシュボアの上位個体ですのよ! 討伐推奨レベルは15!」


「レベル15!? 私は今5しかないよ!?」


「私なんてステータスだけならレベル1装備無し状態だし……! というかなんでこのエリアにそんなのが!?」


「さらに付け加えますと、アマオー様はもちろんのこと零門様も戦闘経験のないモンスターですのよ! それが意味する所……わかりますのよね?」


「わかってる……! ほぼほぼ推測とアドリブだけで攻略チャート組まないといけないってことでしょ!」


 アクセルボアは憐れな亡骸から2人の少女へと向き直る。まだまだ暴れ足りないと言わんばかりに鼻から蒸気を噴出し、ブルブルとその身を震わせる。


「……やる気満々ってわけね。上等……!」


「ふふっ、零門、凄くワクワクしてるね」


「えっ、そう?」


「うん! あのイノシシに負けないくらい!」


「えー……心外……」


 普段はあまり見せない親友の高揚した様子にアマオーも胸を高鳴らせる。ふと零門の脳裏をよぎったのはネヴァーエンドの大立ち回り。


「でもまあ……そうかもね」


(まあ裏路地で何故かクライムアクションやってたり、仕様悪用してくるお婆ちゃん商人の理不尽弾幕ゲーも別に悪くはないんだけどね……)



 遅ればせながら、このゲームの世界観はファンタジーに分類される。未知の世界を剣と魔法で切り開き、強大な敵に剣と魔法で立ち向かう。そんなゲームを人はこう呼ぶ。



「やっぱりゲームは『剣と魔法のRPG』でしょ……!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る