第拾弐話 戦いは これから先も 続いてく

「やっぱりこっちに来るわよね……」


 毒牙を振り上げ突進を仕掛けるアクセルボア。零門にむかって一直線に駆けていく。


「でもそんなので私は捕まんないよっと!」


 零門は横跳びに突進を回避しつつ、わき腹に一撃を見舞う。


(手応えナシ……鱗で刃が弾かれた? しっかり当てないとまともなダメージは入らなさそうね……)


 アクセルボアを挟んで向こう正面からアマオーの声が飛ぶ。


「とりあえず一通り魔法当てて弱点探ってくよ!」


「OK! 敵の攻撃はこっちが全部引き受けるから!」


(私が引きつけてアマオーが攻撃する。「出来損ない」のお蔭で互いの役割ロールに専念できるのは非常にありがたいわね)


「ライム、上から敵の攻撃パターン見といて!」


「承知ですのよ」


「さてと……」


 刀をしまい、両手に丸盾バックラーを展開する。


「こんなのじゃ気休めにしかならないだろうけど、お手柔らかにね……!」


――――――――――


 戦闘開始から約7分が経過。

 アクセルボアは依然として零門を追いかけ回し、零門はその猛攻を捌きつつ、アマオーが隙を見て攻撃を加える状況が続いていた。


 相手はイノシシ。主な攻撃は牙を振り回すことと突進することに限られる。

 とはいえレベル15相当のモンスターの攻撃をレベル1のステータスで捌き続けるのは容易なことではない。一撃でもクリーンヒットすれば即死の状況下、零門は突進の射線上にアマオーが被らないように気をつけつつもその難題をこなし続けていた。


「それにしてもタフだなぁ……もうそろそろ弱った兆し位見せてくれてもいいのに……」


 アマオーの魔法攻撃が入り続け、零門も隙を見ては攻撃を叩き込んできた。これだけの時間、一方的に攻撃を加えられてなお、アクセルボアは弱ったそぶりを見せない。


「アマオー! MPはあとどれくらい保ちそう?」


「今のペースで瞑想(※30秒でMP10回復。リキャスト2分)無しだと残り3分くらい!」


「ジリ貧ね……」


 元よりミス一つで崩壊する綱渡り。いかに零門といえど、集中力には限りがある。


「零門様! ベロベロ突進が来ますのよ!」


「またあの気持ち悪いのか!」


 ベロベロ突進(命名:ライム)とは文字通り、口から舌をベロベロ出しながら突進してくるアクセルボアの行動パターンだ。この突進攻撃の厄介なところはある程度対象をホーミングしてくるということ。


「こんの……ッ!」


 丸盾を駆使してギリギリで受け流す零門。

 普通の突進とは違い、横跳びするだけでは回避しきれない。回避しつつも両手の丸盾で受け流すスタイルでなければ、とっくの昔に彼女のHPは0になっていただろう……


「ぷはっ……保ってあと一回ってところかしらね」


 ポーションでHPを回復しつつ、丸盾の状態を確認する。盾にはところどころに亀裂が入り、耐久値が限界に近いことを示していた。インベントリに大量の武器を入れている零門だが、盾の類い……特に今の自身のステータスで扱えるものはこの2枚の丸盾のみ。


「手を変える必要があるか……ライム、アクセルボア……は無理だろうからダッシュボアの図鑑データを見せて」


「今ですのよ?」


「お願い。早く」


「了解ですのよ! ろーでぃんろーでぃん……」


 零門の目の前にダッシュボアのモンスター情報が記載されたウィンドウが表示される。


「目だけじゃなく舌で相手の匂いを感知……ヘビ要素ね。って鼻は飾り?」


「零門様! 来ますのよ!」


「おっと!」


 普通の突進攻撃を横飛びで回避しつつ、分析を続ける。


「舌出しなら危なかったかも……それにしても舌出しながら全力運動とかよくできるわね? 舌噛んだりとか……あっ!」


 何か思いついたかのようにハッとする零門。ウィンドウを消し、ボロボロになった両腕の丸盾から再び刀へと持ち替える。


「どうせジリ貧だし狙ってみる価値はあるかな……!」


 舌を振り回しながら迫りくるアクセルボア。対する零門は居合の構えで迎え撃つ。


「ここッ!」


 アクセルボアが眼前まで迫ったところで二つのスキルを発動!

 アクセルボアの突進は零門の体をすり抜け、そのむき出しの舌には一筋の剣閃が刻まれる。


 「影返し・刹那」……アサシンのジョブによって習得できるこのカウンタースキルの効果は刹那の猶予と一瞬の無敵判定。この猶予の間に敵に攻撃を当てることで無敵判定が発生し、敵の攻撃をすり抜ける形で無効化するスキル。もしも猶予の間に攻撃を当てられなければ即死、無敵時間が切れた直後に攻撃を受ければ即死の非常にリスキーなカウンタースキルだ。

 そしてこの攻撃猶予に重ねての居合い攻撃。突進をすり抜けた零門の背後で、スキルの成功判定が炸裂し、アクセルボアの舌が二股から三叉に裂ける。


「グビィィィ! ブギャァァァ!」


 舌を切り裂かれもんどりうつアクセルボア。零門はすかさずアマオーに指示を飛ばす。


「舌が弱点! 優先的に狙ってって!」


 返事の代わりに飛んできたのは指示通りに舌を狙った火球。激しく動き回る舌の動きを予想したかのように、見事に命中する。


「え、すご……狙ったのならちょっと神業過ぎない? 私も……!」


 零門も負けじと壊れかけのバックラーを展開し、投擲スキルで投げつける……が、見事に明後日の方向へ。


「……そっか、私の器用さDEX、今初期値だから……」


「その外し方は関係ありませんのよ……」


「切り替えるよ! せっかく光明が見えてきたところなんだから!」


 弱点を攻撃されてのたうち回っていたアクセルボアがようやく起き上がった。まっすぐに零門達を見据えて、何やら踏ん張るような動作をとる。


「零門様! 警戒してくださいまし! 観測したことのない攻撃パターンが来ますのよ!」


「わかってる! とりあえずアマオーと射線が被らないように……」


「零門~! こっちに集合~!」


 一瞬の逡巡。そしてその次にはアマオーの元へ零門は駆け出す。アクセルボアは零門に鼻の照準を合わせるようにのっしのっしと身体の向きを変える。

 合流して開口一番に零門は問いかけた。


「アマオー! 何か狙いでもあるの?」


「ふふふ、とっておきのが! コーリングバースト!」


 アマオーが杖を上に掲げ、意味深なワードを叫ぶ。杖の上に生じたのは紫黒の光を放つ球状の魔法陣。


「レルム・オブ・ブラックウィッチ!」


 その言葉と共に球状の魔法陣は降下していき、地面に触れた瞬間黒い光と共に拡散する。アマオー達の足元には紫黒の魔法陣が描かれ、ゆっくりと回転し続ける。その様を眺める零門の口からとある言葉がポツリと漏れ出た……


「え……なにそれ……?」


 魔法でもなければスキルでもない。それは零門が初めて目にするものだった。


「コーリングバースト……世界に遍在する呼び声の力に限定的に干渉し、秘めたる力を開放するとっておきの技ですのよ……!」

「いや…だから……何……?」


 嘘夢からの説明。だが零門は知らない。それは彼女が引退している間に新たに実装された新要素で……


「えっと……ゲージ技的なのだよ零門。使うのは私も初めて! この魔法陣の中にいる限り魔法の威力が大幅強化されるんだって!」

「う、うん。解説ありがとう……後でアップデート情報見とくね……」


 頬を張って集中力を取り戻す零門。アクセルボアへと向き直り、出方を見極める。


(微風…アクセルボアに吸い寄せられてる?……心なしかさっきよりも身体が大きいような……そしてあの鼻の動きは……!)


「アマオー! 風魔法! 相手の攻撃はたぶんブレス!」


「風神よ! 我が声を聴きたまえ!―――――」


 即座に詠唱を始めたアマオー。だがアクセルボアのブレス発射の瞬間が今か今かと迫っている!


「私だってコレ新要素の効果範囲なんだよね!」


 詠唱するアマオーの斜め前に陣取り、残ったなけなしのMPを右腕にすべて注ぎこむ!


「ブモアアアアアアァァァァァァ!」

「吹き荒べ!」


 アクセルボアの鼻から放たれる毒ブレス。それに対して零門は風属性魔法で迎え撃った!


 一瞬の拮抗。だが瞬く間に毒ブレスが零門の風魔法を飲み込みこちらへ押し寄せてくる。しかしそれは計算の内。零門はあくまで時間稼ぎであり、本命はその背後に控えてる!


「ウィンドカッター!」


 後方から飛び来るはゲージ技で大幅強化されつつフル詠唱で放たれた風の刃! 迫る毒ブレスを切り裂き進み、アクセルボアの顔面をザックリと切り裂いた!


「ブガアアアァァァ!!!」


「やった! 効いた! でもまだ倒れてないね」


「まったくタフにもほどがあるでしょ! 少しもったいないけど……!」


 MP回復用のクリスタルを砕き、消耗したMPを回復する零門。アマオーにも同じものを投げ渡す。


「いざという時に備えといて!」


「零門は!?」


「いい加減止め刺してくる! 吹き荒べ!」


 風魔法により辺りに残った毒霧を払い除け、下段に構えた刀と共にアクセルボアへと駆けていく。


「さあ、そろそろ年貢の納め時!」


 ブレスの反動で硬直状態のアクセルボアを逆袈裟で斬りあげると、容赦ない追撃を加えていく。だがそれでもアクセルボアは沈まない! 硬直状態が終わったアクセルボアはその鋭い牙で零門を串刺しにせんと頭を振り回す。


「いまさらそんな破れかぶれが!」


 己に向かって突き出された牙へと飛び乗る零門。さらに牙を伝ってアクセルボアの顔面へと到達する!


「片目貰うから! 燃やせ!」


「ブギャアァ!!!」


 アクセルボアの右目から特大のダメージエフェクトが迸る。牙から飛び降りた零門はさらに追撃を……


「あれ!? 右脚が……!?」


 動かない右脚を恐る恐る確認すると、粘着質の何か鼻から出たものを踏んでしまっていた。その正体について零門はあえて考えない。考えたくない!


「ブモアアアァァッ!」


 アクセルボアが残る片目で零門を見下ろす。そして今度こそ串刺しにせんと……


「くっ……!」


(どうする!? リキャストが完了してないから「影返し」は使えない! だったら……!)



「零門!?」

「零門様!?」


 悲鳴ともとれるアマオーと嘘夢の声。零門が拘束から脱したのを目の当たりにすれば当然の反応。


 とはいえ片脚無しでは機動力は0! どうするのか? こうするのだ!


「吹き荒べ!」


 足下に風属性魔法を放ち、自身を空高くまで吹き飛ばす!


「フガッ!? フガッフガッ!」


 突然視界から消えた零門を探して、アクセルボアは辺りを見渡す。既に片目は無く、さらにもう一つの感知器官である舌もすでに切り裂かれて機能していない! だからこそ彼女に気付けない!


「今度こそ、終わりだ!!!」


 アクセルボアの遥か頭上、零門は装備用のインベントリから巨大なハンマーを取り出す!


 それは高高度からの落下時に発動可能なハンマー限定の攻撃スキル。その名を……


「メテオ・スマッシュ!!!」


「ブギャッ!?」


 赤いエフェクトを纏った巨大ハンマーの一撃がアクセルボアの脳天を打ち抜き、地面へ叩きつけた。


 これまで数々の攻撃を耐え抜いてきたアクセルボアがついに倒れ伏したのだった。


――――――――――


「まさか自分の脚を斬り落とすなんてビックリしたよ……はい、ヒール」


「ありがとう。アマオー」


 アマオーの回復魔法によって、0になりかけていた零門のHPが回復する。


「回復しても脚は生えてこないんだ……」


「通常の回復魔法では失った四肢は戻りませんのよ! 直したいなら再生魔法が必要ですのよ!」


「要するにリスポーンするまでこのままってわけね……こら、アマオー。傷口を覗こうとしない!」


「ごめんごめん。ちょっと気になっちゃって……」


「全く……よいしょっと」


 片脚状態ながら零門は器用に起き上がる……が、バランスを取りきれず尻餅を突いた。


「……さて、これからどうしようかな……」


「私がおんぶして街まで運んであげるよ!」


「でもSTR足りてないでしょ?」


「大丈夫! さっきの戦闘で私のレベルは8に上がったから振れるポイントに余裕が……」


「魔法職がSTRって、アイテム所持数増加以外にほとんどメリット無いからね? 一時のノリで変な振り方すると後悔するよ! 私は大丈夫だから。槍とかを杖替わりにすれば歩けないこともないし、そもそも……って何この揺れ!?」


 重苦しい音とともに地面が揺れる。


「あれ? ショート? また出てきてどうしたの?」


「デカいのが来るんだぜ……」


「ちょっと待って何そのデジャヴ…」


 片や零門は顔を青くする。


「ローディンローディン……た、大変ですのよ! 零門様! アマオー様!」


「もしかして……!」


 片やアマオーは不安半分期待半分の面持ち。


「高レベルモンスター乱入の兆候ですのよ~~~!」


「「またぁ!?」」


 2人が息ぴったりに叫んだ瞬間、背後の地面が爆ぜるかのように吹き飛んだ。


「「……」」


 恐る恐る背後を振り向く2人。その目が捕らえたのは……


その名は「フルスロットルボア」


「率直に申し上げますのよ。討伐推奨レベルは45。今のお二人の状態では敵ですのよ」


「「……」」


「それでも挑みますのよ?」


 私とアマオーはゆっくりと起き上がりそれぞれの武器を構え言った。


「いや、まあ……ね?」


「何事も挑戦……だよ!」


「全く……ですのよ」


 そこにはもう言葉なんて不要だった。




「「 私たちの戦いはこれからだぁ~~~!」」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る